準々決勝で勝ったとき、ネットに歩み寄る対戦相手の姿を見て、彼女は「おやっ?」と不思議そうな顔を見せた。

「スコアを勘違いしていて……勝ったことに気付いていませんでした」

 よくあることなんです――井上雅(テニスラウンジ)はそう明かすと、少し恥ずかしそうに笑う。もっともその「よくあること」は、試合に入り込んでいる“よいサイン”でもあった。

 奈良くるみ(安藤証券)や土居美咲(ミキハウス)と同い年の井上は、それら同期のライバル同様、ジュニア時代から世界を舞台に戦ってきた。17歳のときには、ウインブルドン・ジュニアでベスト4にも進出。華やかなグランドスラムの舞台は、それまで「大学進学も視野に入れて、勉強と両立していた」少女に、プロの道を歩むことを決意させた。

画像: 井上雅(テニスラウンジ)(写真提供◎大会実行委員会、撮影◎てらおよしのぶ)

井上雅(テニスラウンジ)(写真提供◎大会実行委員会、撮影◎てらおよしのぶ)

 ただ両親は、そんな娘の選択に、最初は異を唱えたという。特に井上にテニスを教えた父親は、その道の厳しさを知るからこそ反対した。

 一方の井上には、それまでどこか「やらされている」と感じていたテニスが、自ら選んだことで「自分の意志でやっている」と思えるようになる。矛盾するようだが、父に教えてもらったテニスでプロになることは、彼女の小さな反抗期であり、親離れのときであったのかもしれない。

 プロ転向後、一足飛びとはいかないものの着実に成長の階段を上っていた井上が、グランドスラム予選出場も見えてくる200位台に達したのは2年前。ところが、そこからもう一歩を踏みだすときになり、長いトンネルへと迷いこんだ。昨年は6ヵ月間で3勝しか出来ない時期もあり、「もうやめよう」との想いに襲われたと明かす。

 そんな彼女にふたたびテニスのよろこびを与えてくれたのは、キャリアの原点でもある父親だった。久しぶりに父親とボールを打ち合うと、「しっくりときて、楽しかった」。プレースタイルも、勝っていたころの「自分から早いリズムで攻める」テニスに徹することを心に決める。すると迷いが消え、徐々に結果もついてきた。苦しい時期を乗り越えた今、彼女は「精神的にも今が一番安定している」と笑顔で断言する。

 天候不順に襲われた今大会、1日でシングルス2試合を行う厳しいスケジュールのなか、井上は準決勝で第4シードの清水綾乃(Club MASA)を破る。このときはカウントを間違えることもなく、自身初のITF2.5万ドル大会決勝の瞬間を、満面の笑顔とガッツポーズで祝福した。

 親に導かれて始め、プロになったあとは自らのために続けてきたテニスを、彼女は今「応援してくれる人たちの想いに応えたい。両親や、サポートして下さる“テニスラウンジ”の方たちに恩返ししたい」との思いでプレーしていると言う。

「自分が頑張ることで、周りの方たちに力を与えたい」

 その想いを胸に、決勝戦のコートへ向かう。

レポート◎内田暁(大会オフィシャルライター)

※10月21日(土)に行われる予定だった単複決勝は雨天により中止となり、22日(日)に順延となった。

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