かつて、ウインブルドン決勝で敗れて泣いているところをケント公爵夫人キャサリンに慰められ、テニスファンの心をつかんだヤナ・ノボトナ(チェコ)が49歳で亡くなった。

 WTAの発表によれば、ノボトナは長期にわたるガンとの闘いの末、19日の日曜日に母国のチェコで亡くなった。彼女は「家族に囲まれ、安らかに息を引き取った」とWTAは言った。また彼女の家族は、チェコ共和国もCTK通信社に、彼女の死が事実であることを認めた。

 ノボトナは現役時代、唯一のグランドスラム・タイトルを1998年ウインブルドンで獲得した。1993年、1997年は決勝で敗れていただけに、悲願の優勝だった。彼女は1991年にオーストラリアン・オープンの決勝でも涙をのんでいた。

画像: 1997年ウインブルドン決勝、マルチナ・ヒンギスにフルセットで敗れる 5 Jul 1997:  Jana Novotna of the Czech Republic reaches for a forehand return during the Women's Singles final against Martina Hingis of Switzerland at the Lawn Tennis Championships at Wimbledon in London. Hingis won the match in three sets 2-6, 6-3, 6-3. \ Mandatory Credit: Gary M Prior/Allsport

1997年ウインブルドン決勝、マルチナ・ヒンギスにフルセットで敗れる
5 Jul 1997: Jana Novotna of the Czech Republic reaches for a forehand return during the Women's Singles final against Martina Hingis of Switzerland at the Lawn Tennis Championships at Wimbledon in London. Hingis won the match in three sets 2-6, 6-3, 6-3. \ Mandatory Credit: Gary M Prior/Allsport

 ついに、ノボトナが待ち焦がれたグランドスラム・シングルス・タイトルをつかんだのが1998年だったとしたら、彼女がウインブルドンの観客の心をつかんだのは、その5年前のことだ。彼女はフルセットの厳しい戦いの末、第3セットでも大きなリードをふいにし、結果的にシュテフィ・グラフ(ドイツ)に敗れた。

 失望を隠すことができず、ノボトナは表彰式でイギリスのケント公爵夫人の肩を借りて泣き、夫人に優しく慰められた。ケント公爵夫人はそこでノボトナに、「あなたがいつの日か優勝することはわかっていますよ。心配しないで」と言ったのだ。

 ノボトナは最終的にその5年後、決勝でナタリー・トージア(フランス)をストレートセットで倒してウインブルドン優勝を遂げた。当時、29歳だった彼女は、初めてグランドスラム・タイトルを獲得した年齢がもっとも高い選手となった。

 ノボトナの目から涙が溢れたが、このときには喜びの涙だった。ケント侯爵夫人は、今回は彼女を祝福するために変わらずそこにいた。

画像: 1998年ウインブルドン優勝 4 Jul 1998: Jana Novotna of the Czech Republic is congratulated on her victory after the 1998 Wimbledon Championships played at Wimbledon, London, England. \ Mandatory Credit: Gary M Prior/Allsport

1998年ウインブルドン優勝
4 Jul 1998: Jana Novotna of the Czech Republic is congratulated on her victory after the 1998 Wimbledon Championships played at Wimbledon, London, England. \ Mandatory Credit: Gary M Prior/Allsport

 ウインブルドン主催者であるオールイングランド・クラブは、「彼女はあらゆる意味で真のチャンピオンだった人物であり、彼女の1998年の栄冠は長く記憶にとどまることでしょう」とノボトナへ賛辞を贈った。「ウインブルドンの皆の心は、彼女の家族、友達とともにあります」。

 一方、同胞のチェコ人で、グランドスラム大会優勝歴4回の元トップ選手であり、ノボトナが優勝したウインブルドンで彼女のコーチを務めていた、ハナ・マンドリコワは、「言葉を見つけることができない。ヤナは素晴らしい女性であり、彼女が苦労の末、ウインブルドンで優勝することができたことを、うれしく思っている。こうも若い人が亡くなるというのは、本当に悲しいこと」と話した。

 14年間のプロ生活の中で、ノボトナは24のシングルス・タイトルを獲得し、1997年にはキャリアハイの世界ランク2位を記録した。シングルスでは1回だが、ダブルス、ミックスダブルスでは合計16個のグランドスラム・タイトルを獲得したダブルスの名手でもある。

 また、1988年ソウル五輪のダブルスで銀メダル、1996年アタラン五輪のシングルスで銅メダル、ダブルスで銀メダルと、計3つの五輪メダルを獲得。1988年にはチェコ・チームの一員としてフェドカップにも優勝し、2005年にはテニスの殿堂入りも果たした。

 1999年の引退後はテニス界にとどまることを望み、ノボトナは解説者、コーチとしてテニスと関わり続けた。彼女は2年前のインタビューで、「私はもうテニス依存症なの。一日でもテニスから離れるのは、もう最悪よ!」と語っている。

 現在のチェコ・フェドカップ・チームのメンバーたちは、「ノボトナは来られるときにはいつも観客席から私たちを支えてくれていた。彼女がいなくなってしまったことを寂しく思う」と言った。

「ヤナは、彼女を知る機会のあった誰にとっても、コート内外でインスピレーションを与えてくれる存在だった」とWTAのCEOスティーブ・サイモンは言った。「彼女の星は常に、WTAの歴史の中で輝き続けることだろう」。(C)AP(テニスマガジン)

※トップ写真はヤナ・ノボトナ、1999年ウインブルドンで撮影
Jana Novotna, sticks her head out of the window to see if the rain had stopped, during a no play day at the Wimbledon Championships June 29, 1999. (Photo by Glenn Campbell)

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