フレンチ・オープン決勝を完全にコントロールするという、慣れ親しんだ位置に立ったラファエル・ナダル(スペイン)は、突然、不安にかられることになった。彼は2セットを先取し、第3セットもワンブレークしていたが、そこでラケットを持つほうの左手の中指がつり、まっすぐにすることができなくなったのだ。サービスをフォールトしたあと、ナダルはゲームの途中にもかかわらずベンチに向かうという、常軌を逸した行動に出た。

「厳しい瞬間だった」とナダルはのちに言った。「本当に怖かったよ」。

 観客席でナダルを見守っていた、叔父で元コーチのトニーも非常にナーバスになっていた。「問題を抱えることになるかもしれない、と思ったからだ」とトニーは言った。「でも最後には、それほどたいへんな問題ではなかった」。

 グランドスラム大会において、ほかの誰もができなかったようなやり方で君臨したこの場所で、ナダルが不安を感じるというのは稀なことだった。ナダルは結局のところ、そう深刻ではなかった不都合に対処して、第7シードのドミニク・ティーム(オーストリア)を6-4 6-3 6-2で下す中、見事なまでの優位性を誇示しつつ、記録更新となる11度目のフレンチ・オープン優勝を果たした。

「彼がここで11度優勝したのには理由がある」と、初めてのグランドスラム大会決勝を経験した24歳のオーストリア人、ティームは言った。「それは間違いなく、スポーツ界で一人物が成し遂げた、最高の成就の一つだ」。

 ティームは2005年に、19歳のナダルが初のグランドスラム優勝杯をパリで勝ち獲ったシーンを、テレビの前のソファから眺めていた。彼はそのとき11歳だったという。その勝利は、2008年までの連覇開始ののろしであり、ナダルはさらに2010年から2014年、そして今回の2連覇をそれに加えた。

 USオープンでの3タイトル、ウインブルドンでの2タイトル、オーストラリアン・オープンでの1タイトルを加えると、ナダルは合計「17」のグランドスラム・タイトルを獲得したことになる。彼より上にいるのは、「20」のタイトルを持つロジャー・フェデラー(スイス)のみだ。この2人のスターは、ここ6つのグランドスラム大会でタイトルを分け合っている。

 またこの勝利で、32歳のナダルはフェデラーの前に立ち、世界1位をキープできることになった。

 日曜日の試合前、興味をそそることになった要因は、ティームが2017年5月のローマと先月のマドリッドでナダルを破り、ここ2年でナダルをクレーコート上で倒した唯一の男となっていたことだった。

 しかし、ナダルがキャリアを通し、86勝2敗の戦績を誇るフレンチ・オープンは、やはり同じではなかった。

「君はここ数年のうちに、きっとここで優勝するだろう」とナダルは試合後、ティームに言った。ほかの多くの選手に対してならーーおそらくナダル以外だったら誰に対してでもーーティームは勝負をより面白いものにできていただろう。彼はナダルの最速記録より時速40kmは速い、最高220kmのサービスを叩き込み、それを7本のサービスエースに変えたが、同時に5本のダブルフォールトもおかした。

 しかし、ティームの最大の武器は、なんといってもをグラウンドストロークだった。彼がグラウンドストロークを打つときは、体全体をボールにぶつけるがゆえに、足が地面を離れる。あたかもすべてが、彼の白いラケットのひと振りの力強さにかかっているとでもいうように。最終的にそれは34本のウィナーを生み出した(これはナダルより8本多い)が、また、42本のアンフォーストエラーもおかした(ナダルより18本多い)。

 そのグラウンドストロークは、少しの間は機能していたのだ。

 正確に言えば第1セット4-4、15-15までは、ということになるだろう。ナダルはこのゲームでサービスをキープして5-4とし、ティームは実質上、自らの4本のミスによって、次のゲーム、そしてセットをナダルに献上してしまった。

 ティームはボレーをネットにかけて、フォアハンドをサイドに外し、次のフォアハンドはネットにかけて、最後はまたもフォアハンドをアウトした。「本当にひどいミス」と、ティームは試合後に認めていた。

 そんなわけで突然、ナダルは比較的簡単に5ゲームを連取して、第2セットでも3-0とリードした。その頃までには、ナダルは最高の調子を見つけ出しており、1本のフォアハンドのダウン・ザ・ラインは完璧にライン上に乗り、ティームは肩を落として、ぶつぶつつぶやくことしかできなかった。また、もう一本のフォアハンドのウィナーはコーナーに突き刺さり、ティームはコーチに向かって叫んだ。

 それは湿気がある曇りの午後のことであり、気温は24度、湿度は70%ほどだった。第1セットの途中で、ナダルのTシャツはあまりに汗で濡れ、体に張り付いていた。この気候も、決勝が始まって2時間ほどが経ち、第3セット2-1となったときにナダルに起きた、手のケイレンに関係していたかもしれない。

「手や指を動かすことができなかった」とナダルは言った。「指を思うように動かせなくなっていたんだ」。

 叔父のトニーは、ナダルの前腕のテーピングがきつすぎるのではないかと考えた。最初にプレーを止めたとき、ナダルはテープを外し、それで血のめぐりがよくなったと後に話している。次のエンドチェンジで彼は医師によって塩の錠剤を与えられ、左前腕にトレーナーによるマッサージを受けた。ブレークの間、水をがぶ飲みしたナダルは気分が良くなった様子で、ほとんど無敵の、間違えようのない彼らしいテニスへと戻っていった。

 その少しあと、彼は慣れ親しんだ優勝杯を掲げ、涙を流していた。

 その数時間前、ナダルとティームがウォームアップしていたとき、フィリップ・シャトリエ・コートのアナウンサーの轟渡るような声が2人の履歴の詳細を読み上げていた。ナダルの紹介の際には、彼がフレンチ・オープンでこれまでに何度タイトルを獲っているかが、年代を追って告げられていった。

 観客たちは、2005年の優勝の紹介には、まず礼儀正しい拍手で反応した。2008年の優勝を紹介するあたりでは、声がそれに加わり、その声はどんどん大きくなっていった。2017年の優勝に至る頃には歓声になった。そして、その長いリストに今、2018年のそれが加わったのだ。

「もし7、8年前にーー僕がここで、ふたたびトロフィーを手にしているーーと言われたら、僕は君に、それはほとんど不可能だと返していただろう」とナダルは言った。「でもご覧の通りだ、僕らは今ここにいる!」。(C)AP(テニスマガジン)

※写真は感極まるラファエル・ナダル(スペイン)(撮影◎毛受亮介)

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