「ウインブルドン」(イギリス・ロンドン/本戦7月2~15日/グラスコート)の女子シングルス決勝。

 7回を数えるウインブルドン優勝を含め、すでに23のグランドスラム・タイトルを獲った者にしては、セレナ・ウイリアムズ(アメリカ)の言葉はキャリアを始めたばかりのテニス選手のように響いた。

 土曜日にオールイングランド・クラブで行われた女子シングルス決勝でアンジェリック・ケルバー(ドイツ)に3-6 3-6で敗れたあと、セレナには先を見つめる準備ができていた。

「2ヵ月前には自分がどこにいるのか、どこまでいけるのか、どうすればいいのか、どんなふうにすればカムバックできるのか分からなかった。道の終わりに明かりを見るまで、本当に長い道のりだった」とセレナはコメントした。彼女は昨年の9月に娘を産み、それから血栓を伴う体の問題に対処しなければならなかった。

「だから、この2週間は本当にそれを見せてくれた――大丈夫、私は戦える、ということを。明らかに、私はグランドスラム大会の長いラウンドで競うことができる」と36歳のセレナは続けた。

「私はコートに出て行き、そこでグランドスラム大会で優勝する候補のひとりであることができる」

 セレナが長い期間、世界1位だった時期がある。それは、それほど昔のことではない。彼女は4つのグランドスラム大会で続けて優勝し、1年の間にそのすべてを制する真の「グランドスラム」にあと一歩と迫った。彼女は大会にエントリーするたびに、優勝候補だった。

 セレナは、この2週間を通して調子を取り戻しつつあるように見えていた。来たる6週間に何らかの後退がない限り、彼女は8月末のUSオープンに、優勝候補の一角として臨むことになるだろう。

「あなたはきっと、間もなく次のグランドスラム・タイトルを獲得するわ」と今や3つのグランドスラム・タイトル保持者になったケルバーは言った。

「私は心から、そう確信している」

 もしセレナが、あとひとつグランドスラム・タイトルを獲得すれば、マーガレット・コート(オーストラリア)が持つ全時代を通しての最多優勝数「24」に並ぶことになる。セレナは、プロ化以降の時代で言えば、すでにもっとも多いグランドスラム・タイトル獲得数を誇っている。彼女は2017年オーストラリアン・オープンで優勝することにより、シュテフィ・グラフ(ドイツ)を1つ追い越していた。

 そのとき、彼女はすでに妊娠しており、これが1年以上にわたる産休前の彼女の最後の大会となった。それは部分的に、難産に続いて起きた一連の健康の問題のせいでもある。彼女はその時期のことを、「4度の手術したあと、もう数を忘れてしまったわ」と説明していた。

 セレナは5月のフレンチ・オープンまで、グランドスラム大会に出場しなかった。全仏での彼女は3試合をプレーしたが、4回戦を前に胸部の筋肉の故障のために棄権することを余儀なくされた。回復のために短いオフ期間を取ったあと、彼女は復帰後4大会目にあたるウインブルドンに出場した。大会中は肺塞栓症への用心のため、血流をよくする効果のある特別な圧縮レギンスを身に着けて戦った。

「私はただ、すべての母親に言いたいの。私はカムバックするため、こうも長い困難を潜り抜けた。本当に難しかったけれど、でも私にできるなら、皆にもできる、と私は感じている」

 土曜日のセンターコートで、セレナは何人かの有名な友人たちの応援を受けていた。

 その友人のグループには、プロゴルファーのタイガー・ウッズ、ボーグ誌の編集長アナ・ウィンター、F1ドライバーのルイス・ハミルトンの姿があった。そしてロイヤルボックスの前列には、サセックス公爵夫人、メーガン・マークルがいた。

 この大会とこの日について、娘のオリンピアには何を話して聞かせるか、と尋ねられたセレナは、「そうね、幸せな物語だと思うわ」と微笑みを浮かべて言った。

「たぶん私は、エンディングを変えるでしょうね」(C)AP(テニスマガジン)

※写真は準優勝のプレートを掲げるセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)
撮影◎小山真司/テニスマガジン

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