アメリカ・ワシントンDCで開催されている「シティ・オープン」(ATP500/7月30日~8月5日/賞金総額214万6815ドル/ハードコート)の男子シングルス3回戦。

 アレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)とミーシャ・ズベレフ(ドイツ)の兄弟にとって、これはいろんな意味でいつものプロフェッショナルツアーの日々と同じものだった。彼らはその日もいつもと変わらず、一緒にウォームアップを行った。

 弟のアレクサンダーが前年度覇者、そして第1シードとして臨んだワシントンDCでひとつだけ違っていたのは、この練習のあと、ふたりのズベレフがATPツアー本戦で初めて対戦したということだったのである。

 兄ミーシャを6-3 7-5で倒して準々決勝進出を決めたあと、アレクサンダーがあんなふうに対戦相手を抱擁したことは一度もなかった、と言っても間違いではないだろう。そして兄のミーシャは敗戦後にもかかわらず、こんなにも満面の笑みを浮かべたことは一度もなかった。またその前に、複雑な感情に対処しなければならなかったことも。

「多くの、さまざまな感情だった。第一に、幸福感。僕は誇りに思っていた。コイントスを行って、一緒に写真を撮り、それからベースラインの方に歩いていったとき、僕は涙をこぼさないようにするのが大変だったんだ。何故って『ついにこれは実現したんだ』と感じていたからだ」とミーシャは言った。ミーシャは数週間のうちに31歳になるが、弟のアレクサンダーはまだ21歳だ。

「(子供の頃から)将来、グランドスラム大会決勝のような舞台で対戦するところを想像しながら、裏庭のミニ・テニスコートで対決し、ずっと一緒にプレーしてきたわけだからね」

 この試合は、ふたりが10年以上前に夢見ていたウインブルドン優勝杯を賭けたズベレフ対ズベレフではない。とはいえ、スタジアムの角席の前列に座っていた彼らの父、アレクサンダー・シニアにとっても、それはやはり特別な瞬間だった。母親もまた観客席にいた。

「そこにいることを、ただ楽しんだよ」と父アレクサンダーは言った。

 ズベレフは準々決勝で、第7シードの錦織圭(日清食品)と対戦する。錦織は、第9シードのデニス・シャポバロフ(カナダ)を7-6(1) 6-3で倒して勝ち上がった。

 その日は雨による3時間半の遅れから始まった。すべてが終わったときには日付も変わり、金曜日の午前3時となっていた。

 アンディ・マレー(イギリス)は93位のマリウス・コピル(ルーマニア)を6-7(5) 6-3 7-6(4)で倒し、3試合連続でのフルセットの戦いに勝ったあと、タオルに顔をうずめてすすり泣いた。彼らの試合は午前0時まで始まらず、マレーは試合後、金曜日の準々決勝のために回復するのがいかに不可能であるかを訴えて、不平を述べた。

 1月に腰の手術を受けたあと、マレーは今、本来の調子を取り戻そうと奮闘しているところだ。彼は準々決勝で、19歳のアレックス・デミノー(オーストラリア)と対戦する。

 そのほかの準々決勝では、第3シードのダビド・ゴファン(ベルギー)が第10シードのステファノス・チチパス(ギリシャ)と、第16シードのアンドレイ・ルブレフ(ロシア)はデニス・クドラ(アメリカ)と対戦する。

 第2シードのジョン・イズナー(アメリカ)は木曜日に行われた2回戦で、ワイルドカード(主催者推薦枠)のノア・ルビン(アメリカ)に4-6 6-7(6)で敗れていた。ルビンは同じ日に3回戦もプレーしなければならず、彼はそこでルブレフに3-6 2-6で敗れた。

 ズベレフ兄弟は予選で2度、もっとも最近では2014年に対戦したことがあったが、ツアーの本戦で対戦したことは一度もなかった。彼らの木曜日の試合は、2年前のジェラルド・メルツァー(オーストリア)&ユルゲン・メルツァー(オーストリア)以来の兄弟対決だった。

 この試合の力学、進行の過程は、通常の試合とはやや違っていた。というのも、ズベレフ兄弟は互いのコート上での強みと弱みを知り尽くしている。ふたりはお互いに、あまり感情を見せようとしていなかった。そしておそらく観客もどちらを応援すべきか分からずにいたがゆえに、スタンドの観衆からの応援も、あまりなかった。主審は通常のように名字を呼ぶ代わりに、ファーストネームをつけてコールした。アレクサンダーの場合はニックネームを使い、「ゲーム、サーシャ・ズベレフ」といった具合に。

 ふたりの兄弟が試合中にもっともふれあったのは、第2セットで雨による15分の中断があったときに、ふたりが試合を再開すべきかについて少し言葉を交わしたときだった。そして最後のポイントでアレクサンダーが短いショットを打ち、ミーシャはそれを追ったが、返球をネットにかけた。ミーシャは走った勢いに乗ってネットの向こう側まで行ってアレクサンダーに歩み寄ると、弟を長いこと抱擁した。

 彼らは少し言葉を交わし、それから一緒にコートから出ていった。ミーシャは、アレクサンダーの首筋を後ろからつかんでいた。

「ビッグな日だ」とミーシャは言った。「ビッグな試合だった」。

 弟のアレクサンダーは世界3位で、ミーシャは42位だ。アレクサンダーは右利きで、ミーシャは左利き。アレクサンダーは身長198cmでベースラインプレーを好み、ミーシャは191cmでネットプレーを得意とする。

 テニス界にはこれまでも、例えばウイリアムズ姉妹やマッケンロー兄弟のような、いくつかの有名な兄弟姉妹がいたが、同じ家族の出のふたりが揃ってプロスポーツの最高レベルに至るというのは、そう頻繁に起きることではない。6月にふたりのズベレフがフレンチ・オープン3回戦に至ったとき、彼らはパリでそこまで勝ち進んだ39年ぶりの兄弟だったのである。

 この兄弟はダブルスでペアを組むこともあるが、彼らはこの日の対戦のあともダブルスの試合に出場した。ズベレフ兄弟は、互いに対決したあとに別のコートに移動し、雨に何度か中断させられたその試合で第1シードのオリバー・マラック(オーストリア)/マテ・パビッチ(クロアチア)を6-1 6-4で下す中、ハイファイブを交わし、こぶしを突き上げ合ったのである。(C)AP(テニスマガジン)

※写真は2016年のオーストラリアン・オープンでのアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ/左)とミーシャ・ズベレフ(ドイツ/右)
MELBOURNE, AUSTRALIA - JANUARY 18: Alexander Zverev of Russia poses with his brother Mischa Zverev during day one of the 2016 Australian Open at Melbourne Park on January 18, 2016 in Melbourne, Australia. (Photo by Vince Caligiuri/Getty Images)

This article is a sponsored article by
''.