「USオープン」(アメリカ・ニューヨーク/本戦8月27日~9月9日/ハードコート)の女子シングルス準決勝。

 セレナ・ウイリアムズ(アメリカ)は試合の出だし、ちょっとばかりぐらついていた。しかしそれは、最初の6分間を通してだけだった。それが彼女が木曜日の夜に、最初の2ゲームを落とすのにかかった時間だった。

 続く時間をセレナは、特にネットではほぼ完ぺきなプレーを披露し、13ゲーム中12ゲームを取った。こうしてセレナは、第19シードのアナスタシア・セバストワ(ラトビア)を6-3 6-0で倒し、フラッシングメドウで9度目、グランドスラム大会全体では31度となる決勝進出を決めたのだった。

「ボレーの能力を磨くために、大いに練習を積んできたの。ダブルスでも何度か優勝したことがあるから、ボレーのやり方は知っているわ」とセレナは笑いながら言った。

それから、「いつもの私は、試合後の握手をするためだけにネットに向かうけどね」と決めの文句を言い添えた。

 あと1勝で、セレナは7度目のUSオープン・タイトル、グランドスラムのシングルスで24回目の優勝を勝ち獲り、全時代を通してテニス史上最多となるマーガレット・コート(オーストラリア)のグランドスラム・タイトル獲得数の記録に並ぶことになる。コートは、そのタイトルのいくつかを、グランドスラムがまだアマチュアの大会だった時代に獲得していた。

 土曜日の決勝で、セレナは第20シードの大坂なおみ(日清食品)と対戦する。20歳の大坂は、グランドスラム大会決勝に至った最初の日本人女子選手となった。

 大坂は、木曜日に直面した13本のブレークポイントをすべてセーブし、前年の準優勝者で第14シードのマディソン・キーズ(アメリカ)を6-2 6-4で倒した。

 コート上のインタビューで、あれほど多くあったブレークポイントのピンチをどうやって回避することができたのかと聞かれた大坂は、笑いながら「あまりよい意味に思われないかもしれないけど、私はただ『なんとしてでも(決勝で)セレナと対戦したい』と思っていたの」と答えた。

 なぜか?

「なぜって、彼女が“セレナ”だからよ」と大坂は言った。「なんでそんなことを聞くの?」。

 セレナは、これ以前に出場した2度のUSオープンにおいて、準決勝で敗れていた。年間グランドスラム達成がかかっていた2015年はロベルタ・ビンチ(イタリア)に、2016年にはカロリーナ・プリスコバ(チェコ)に敗れた。

 1年前、セレナは大会中に娘のオリンピアを出産したため、USオープンを欠場した。その後、彼女は血栓を伴う健康の問題に対処しなければならなかった。

 2月にツアーに戻ったセレナは、5月のフレンチ・オープンでグランドスラムに帰還したが、胸の筋肉の故障のため4回戦を前に棄権することを余儀なくされた。

 復帰後2度目のグランドスラム大会だったウインブルドンで、彼女は準優勝した。そして今、タイトルを獲るためのチャンス、そして37歳の誕生日まであと数週間というときに、グランドスラム大会のシングルスで優勝した最年長女子プレーヤーとなるためのチャンスが、ふたたび訪れた。

「正直に言って、本当に信じられないわ。1年前、私は子供を出産したあと、文字通り、病院で命の危機にさらされ、生きるために戦っていた」と、声を震わせながらセレナは言った。

「だから、毎日コートの上に立つたびに、私はこのスポーツをプレーするチャンスを手にしていることに、すごく感謝している。だから、どの試合で何が起ころうと――準決勝、決勝と――私はすでに勝ったように感じている」

 セバストワはこの日、28歳にして初のグランドスラム準決勝の舞台に立った。彼女はアーサー・アッシュ・スタジアムでまったくミスのないプレーを展開し、2-0とリードを奪って好スタートを切ったが、形勢はすぐに逆転された。

 天気予報が雨と強風を予告していたため、スタジアムの屋根は試合開始の数時間前に閉じられた。そのため人々の叫びと拍手喝采は、会場いっぱいに轟き渡った。試合前の紹介の間、最初のゲームでサーブをするためセレナがベースライン上に立ったとき、その後は彼女がポイントを取るたびに、観客がセレナのために大声を上げた。そして、その機会は数えきれないほど訪れた。

 ウィナーの総計? セレナは、ウィナー数で31対10と対戦相手を大きくリードした。そして、セバストワが多用したドロップショットも、効果的に機能しなかった。彼女はドロップショットをネットにかけるミスショットで、第1セットだけで3ポイントを失っていたのだ。

「第1セットのいくつかのブレークは、相手に少し運があったと思うわ。それから、彼女はどんどん調子を上げていった。彼女が先行してしまったときには、対抗するのは難しい」とセバストワは言った。セバストワは2013年に一度引退しながら、2015年にツアーに復帰していた。

「そして第2セットを通し、彼女は集中し続けていた」

 セレナにとってのカギは、ちょっとした新案にあった。それは可能な限りネットに出る、というものだ。

 セバストワはスピードとアングルを頻繁に変え、準々決勝ではその戦法が、前年度覇者のスローン・スティーブンス(アメリカ)を倒すのに功を奏した。ベースラインからの長すぎるラリーを避けるため、セレナと彼女のコーチであるパトリック・ムラトグルーは、セバストワにプレッシャーをかける方が有効だと考えた。そして、その作戦は機能した。

 セレナは、ネットに出た際の28ポイントのうち24本を取ったのだ。それに加え、彼女の通常のパワフルなベースラインゲームと、時速194kmにも及んだ常に素晴らしいサービスがあるのだから、セバストワにはなす術がなかった。

「こんな遠くまで、こんなに早くこれるなんて」とセレナは、試合後ファンたちに向かって言った。

「私はまだ始めたばかりのところよ、みんな」

 一方の大坂は、素晴らしいキャリアの第一歩を踏み出し始めたところだ。彼女は2009年以降のUSオープンで決勝に進出した最年少プレーヤーであり、これまでツアーレベルの優勝は1度しかない。それは今年、WTAツアーでもっともレベルの高いプレミア・マンダトリー大会の、ハードコートで実現していた。

 彼女は日本で生まれたが、3歳のときにニューヨークに移住し、現在はフロリダをベースとしている。彼女のコーチを務めるサーシャ・バインは、かつてセレナのヒッティングパートナーだった。

「ママ、やったわ。愛してる。ありがとう」

 コート上のインタビューで大坂はこう言い、観客席では母親の環さんが両手の親指を突き出し、それから拍手した。

 セレナに直接メッセージを送るよう促された大坂は、くすくす笑いながら、恥ずかしそうに顔を覆って「愛してるわ」と言い、それから、「みんなを愛しているわ」と言い添えた。(C)AP(テニスマガジン)

※写真はセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)
NEW YORK, NY - SEPTEMBER 06: Serena Williams of the United States celebrates victory following her women's singles semi-final match against Anastasija Sevastova of Latvia on Day Eleven of the 2018 US Open at the USTA Billie Jean King National Tennis Center on September 6, 2018 in the Flushing neighborhood of the Queens borough of New York City. (Photo by Matthew Stockman/Getty Images)

This article is a sponsored article by
''.