長谷川寛治_「テニスは長いスポーツである~工夫しよう努力しよう 」(全国高等学校体育連盟庭球部|昭和32年の言葉)

これは今から57年前、1962年(昭和37年)の話。当時の全国高等学校体育連盟庭球部長(初代)だった長谷川寛治先生が大会報告書の中に執筆したものである。当時の日本、高校テニスの様子がよくわかる内容だ。また長谷川先生は高校生プレーヤーに向けて、厳しくも熱い想いをぶつけている/『高校テニス100年史』(ベースボール・マガジン社発行)、『昭和32年全国高等学校庭球選手権大会報告書』(全国高等学校体育連盟庭球部)より

外来スポーツと戦争

 第二次世界大戦がだんだん烈しくなってきて、国家総動員ということになり、各方面にいろいろな統制が行われるようになってきた。

 スポーツもその例に洩れず、外来スポーツはやめて、日本固有の剣道・柔道・弓道・相撲などだけが奨励されて、野球やテニスなどの球技は中止ということになってきた。物資の不足、特に皮、羊毛、ゴム、綿花などの軍需品であり、国内ではほとんど生産されない物資の不足が一原因であって、テニスも純毛とゴムの割当配給がなくなったために結局は、テニス・ボールの製造禁止ということになった。昭和18年以後、種々な庭球大会も中止となった。

 物資の不足以外に思想的なものもあり、旧制中学校で英語をだんだん教育しなくなり、外来スポーツもだんだん制限するようになってきた。テニス用語なども日本語でなくてはいかんというようになって、ベース・ラインのことを低線、サイド・ラインのことを側線などと外来語を日本語に改めるようになってきた。つまり教育や思想をある一定の方向に指導しようとする意図も多分に織り込まれていたのであった。

 そして球技そのものの、投げたり、受けたり、打ったりすることが、柔道や剣道や柔剣道のように、直接、戦力に繋がるものがないというのである。しかもそのプレイする態度の中に決死とか、必死とか一発必中などの語で表現される精神力が不足しているとのことであった。

 物資がないとあれば、これはある程度致し方のないことであるが、体力的なこととか、精神的な面を、どうのこうのといわれると、一概に、一見しただけでそう簡単に結論は出しにくいのではないかと思う。

外来スポーツの良さ

外来スポーツの良さ

 外来スポーツだから悪いという人がいるが、我々テニス・マンはテニスというスポーツの良さを認めてこそプレイしているのである。テニスにも種々の良い点があるが、今ここで特に主張したい点は、その競技時間が長いことである。最少限に計算しても、1ゲームは4ポイントであるから、1セットは6-0で勝っても、24ポイント。5セット試合をストレート勝ちしても、3セットであるから72ポイントになる。以上は最少限のことであって、普通でも1時間半くらいはかかり、接戦にでもなれば、3時間も4時間もかかる。最初の2時間にどれ程負けていても、後半の2時間に勝てば、結局は勝利者となる。

 ラグビーでも試合時間は1時間半である。野球でもラッキー・セブンといって、6回まで負けていても、7回位で逆転勝ちがよくある。いや9回裏2死後からでも勝てる。外来スポーツの特色の一つは競技時間が長いことである。つまり長期戦であるからフロック勝ちというようなことが少なく、結局は実力あるものが勝つことになる。

国粋的なスポーツの良さ

国粋的なスポーツの良さ

 相撲・剣道・柔道などは試合時間が非常に短くて、1回勝負の場合が多い。巴投げか跳腰が決まれば、瞬間に勝負がつく。横面か小手がうまく入れば、そこにフロック勝ちのおこるチャンスが多い。相撲にいたっては、うまく注文をつけて、はたき込めば、それこそ一秒で勝負が決定することもある。したがって国技と呼ばれるものの多くは一発必中、必死の精神で体当たりをして、即戦即決的な体力、精神力を養って行く。それにも特色があるから大いに結構である。その武道の良い点を世界に紹介すれば、共鳴者も増加することと思う。

国粋的なものと外来的なもの

国粋的なものと外来的なもの

 同時に試合時間が長時間にわたる外来スポーツにも良さはある。一見したところ、だらだらと戦っているようにみえるけれども、1、2秒で、2、3分で終わる試合のような緊張さが、1時間も2時間も、いや4時間も続くはずがない。したがって体力や精神力や技術などの自己の力を長時間にわたって、うまく配分していかねばならない。長期戦であるから、緊張と弛緩をとをうまく配分することが大切である。このようなスポーツをプレイしている民族には持久戦的な民族性が培われているのではなかろうか。

 瞬間的決戦である武道などを主とする日本人の多くは、この度の真珠湾の攻撃によって、この戦争に勝ったと思っているのではなかろうか。実際のところ、はたき込みが、美事なお面が決まったのである。

 しかし野球でいえば、1回の表にホームランを1本か2本打たれたのであって、後9回も攻めるチャンスが残されている。テニスでいえば、第1セットを2-0か3-0でリードされた位のもので、おや敵も少しはやるわいと思いこそすれ、これで敗けたなどとは決して思っていない。日本は確かにリードはしているが、今後が大切だと僕は思うが君はどう思うか。

 また、テニスは個人競技だと君たちはいうが、茶道や華道を習ったから、碁や将棋をやったから利己主義になったようにも思わない。いわゆる国技にももちろん、良い点は多々ある。と同時に世界の多くの人々にプレイされ、親しまれている各種のスポーツにもそれ相応の良さがあるものだと説明したのであった。

 現在は柔道や華道も広く世界に流行するようになる、柔道はオリンピック種目にまで発展する世の中に変わってきた。と同時に日本でもテニス人の層が年々増加してきたことは喜ばしいことである。

技術・体力・精神力

技術・体力・精神力

 長いスポーツであるテニスをプレイするに当たっては、先ず技術の向上をはかることが肝要ではあるが、長時間にわたって、その技術を十分に生かし得る体力と精神力もまた必要であることはいうまでもないことであろう。また、無意味な、だらだらした長時間にならないようにルールがあり、コート・マナーがあることにも注意してほしいと思う。

「理由なくしてプレイを中断してはならない」とは最も重要なルールの一つである。ゲーム中に例えばサーティ・オールの時に、先輩か、先生か、コーチか知らないが、のこのことコートの中へ入ってきて、何事かを指示しているなどはルールを犯したことになる。試合中にコーチなどはしないのが、テニスの原則である。チェンジ・コートでもないのに、度々汗を布いたり、水を呑んだりしないようにすることもマナーの一つである。ルールはもちろんのこと、マナーをぜひ守ってほしいものである。

 長時間にわたって1人で(ダブルスは2人で)プレイをしなければならないから、技術的にも難しいことはいうまでもない。しかも、技術・精神力・体力が自然に一体となって、醸しだされるテニス人格を完成していくには余程の工夫と努力が必要である。工夫と努力ということについて次に考えてみよう。

指導ということ

指導ということ

 戦後の若いテニス人は技術その他からみても駄目である、なっていないとの声をよく耳にする。しかし考えてみると、若い世代がよくないということは、先輩というか、指導者と言われる人たちがよく指導していないのではないかと、いう点も反省してみなければならないと思う。事実、今の若いテニス人は技術的なことや、マナーなどの最も、基本的なことを知らない人が多いようである。知らない理由は教えられていない場合が多いのではないかと思う。テニスをプレイし始めた当初に、テニスの技術だけでなく、テニス全般についてよく指導することが最も必要なことであるように思う。

 しかし一方から考えると、教えてもらっていないから知らないで通るものでもない。先輩たちのプレイなり、行動をみてよいところをとり入れればよいし、解らない点があれば聞けばよい。ところが、テニスはプレイするが、人のよいところをとり入れようとする若いテニス人は少ないようであるし、本も読んでいないようである。高校庭球大会などの時に注意をし、印刷物を渡してあるが実際その通りにする人が少ない点からみれば、折角、無料で渡した印刷物ですら読んでいないのかも知れない。

指導は根気よく

指導は根気よく

 しかし、考えてみると、印刷物を渡しただけで、その通りに、誰しもが行なうのであれば、指導の必要もなく教育する必要もない。統計やいろいろな印刷物だけで、つまり事務的な手続きだけで、指導や教育ができると思えば大きな誤りである。いわゆる、手をとって教える式の、実際に当って、その場、その場についてよく指導することが大切だと思う。指導や教育は根気よくやるべきものであろう。

 いくら親切に、丁寧に教えてもらっても、教えられる人の心掛けというか、受け入れ方も大事であることはいうまでもないことである。そこで、根本的なことは、まず自分で工夫し、努力することが肝要であると思う。

工夫と努力

工夫と努力

 清水善造が熊谷一弥とともに、大正10年(1921年)にデ杯の決勝をアメリカ合衆国と争った時に、球聖ティルデン(ビル・チルデン)を2ポイントまで追い込む大熱戦をやったことは有名な話である。

 清水のテニスの特色は脚が非常に速く、しかも疲れを知らない体力であった。コート上のどこに落ちた球をも根気よく、返球する清水のテニスを、清水の足の下をコートが回転しているとまで、評したものである。この脚力は、彼が中学時代の5年間に、毎日毎日駆足で峠を上下して通学した時に、培われたものである。

 コートの上でラケットを持って一生懸命にテニスを練習するだけでなく、通学時を利用して、テニスが強くなるように努力したのであった。一日中に5里(20km)の道を駆足すればテニスが強くなるとはいわない、また清水のテニスは脚力だけでもない。テニスはそんな簡単なものでは決してない。彼のこの工夫心というか、努力心とでもいうかこれが大切であるといいたいのである。

時代に応じた工夫を

時代に応じた工夫を

 こんな話をすると、今の若いテニス人の中には、今は学区制だから、学校まで5里もないというかも知れない。また時代が変って、電車やバス・汽車のある便利な世の中になったから、通学時に駆足もできないというかも知れない。

 世の中は確かに便利になって、進歩したから5里の駆足のできる学校へ通学せよという馬鹿な指導者はいないと思う。とすれば、次の問題として、では電車か、汽車で通学している途中で、なにか工夫しているかということを聞きたい。

 時津山は、省線に乗って空席があっても決して腰を掛けないばかりか、吊り革も持たないそうである。この方法はテニスにも一脈通じるものがあると思うが、若いテニス人でこれを実行している人が何人あるだろうか。重ねていっておくが、電車の中で立っているだけで角力やテニスが強くなれないことは、いうまでもないことであるが、このちょっとした工夫や努力が大切であるということである。

環境に応じた努力を

環境に応じた努力を

 また、この頃の校舎のおおくは3階建位になっているだろうと思う。そうすれば、この階段を、爪先で、駆足で、十分間程上下すれば、脚などの下半身の大した鍛錬になることは判り切ったことであるが、果たして何人の人が実行しているだろうか。

 蛍光灯の普及している今日に、蛍の光や雪の反射で勉強せよというのではない。次々と立派な本が売り出されている現代に本を写し書きして読書せよというのでもないのである。時代の移りとともに工夫や努力のしかたも変わるもの。したがって便利なものをどしどしと利用して、現代に応じた工夫を、また、各個人の環境に応じた努力をすることが最も大切であると思う。自分の打球姿を撮影してもらってフォームの研究をする。8ミリや16ミリで撮影して研究すれば一層有効。テレビも利用できる。

 しかし、新しい創意はなかなか、むずかしいものであるので、新しい努力の仕方が考え出せなかった場合は、本を読むとか、先輩に当時の苦心談を話してもらうとかして、そこからなんらかのヒントを得るように努力をしてみるのだ。ヒントさえも得られなければ、読んだ通りに、聞いた通りにまず実行してみて、その中から新しいものを引き出すように努力してほしいものである。

※写真は1972年(昭和47年)のインターハイ会場となった福島県いわき市営平庭球場(撮影◎BBM)

※一部読みやすく修正を加えています。(編集部)

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