USオープン(8月26日〜9月8日/アメリカ・ニューヨーク/ハードコート)に戻るや大坂なおみ(日清食品)にとって、すべてはよりよい感じを帯びるようになった。

 シンシナティの最後の試合で彼女に途中棄権を強いた膝の故障は、もはやそう痛みはしないという。先月には、プレーを楽しんでいないとまで彼女に言わせたテニスに関する失望は“穏やかさ”に置き換えられたようだ。

 フラッシングメドウに帰ってくるとき、彼女はチャンピオンだ。そしてあらゆる意味で彼女は自分の庭にいる。

「ええ、親しみのある感じ、馴染んだ感じを覚えるわ」と大坂はコメントした。

「それは、私が昨年ここで優勝したからじゃない。それは子供の頃からこのコートでボールを打っていたからなの。私はかつてここで練習していたのよ」

 3歳のときにニューヨークに引っ越した日本人の大坂にとってそのトレーニングのすべては、緊迫し波乱に満ちた決勝でセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)を倒して初のグランドスラム・タイトルを獲得したときに実りを結んだ。

 試合直後は、大坂にとって感情の闘いだった。勝利の高揚感に、審判カルロス・ラモスと口論するセレナの乱心を目にした悲しさが混ざり合った。ラモスは試合中に、コーチングを受けたとしてセレナに警告を与えた。そのことがセレナを逆上させて、事は見苦しい事態に発展していったのである。

 月曜日に始まるUSオープンの第1シードである大坂は、その夜の出来事をもはや過去のこととした。彼女は大会前の記者会見で、セレナとの関係について語ることを拒否した。セレナはのちに、大坂に謝ったのだと言われている。

 それを別にして、彼女はそのとき以来、テニス面で多くの厳しい時を過ごしてきた。

 USオープンでタイトルを獲得した勢いと実力を次のオーストラリアン・オープンでも優勝することで裏付け、WTAランキングで世界1位になったのだから間違いなくスタートはそんなふうだった訳ではない。しかし21歳の大坂は、フレンチ・オープン3回戦で敗れ、ウインブルドンでは初戦で敗退した。

 それからトロントでハードコート・シーズンを始める前に、1ヵ月の休息をとった。そのオフ期間が終わる前に大坂はソーシャルメディアへの投稿で、「人生で最悪の数ヵ月を過ごし、オーストラリアン・オープン以降はプレーすることを楽しめていなかった」と書いている。

 しかしそれ以来、状況は変わったと彼女は言う。

「休息の期間をとり、気持ちをリラックスさせて、自分が好きなことをやるのを楽しまなければということに気づいたの」と大坂は明かした。

「私はテニスが大好き。ときどき好きじゃないように感じることがあるけれど、毎朝目覚めて、もしテニスをプレーしなかったなら、その日に何もしなかったかのように感じるの」

 彼女はそれ以降、出場した2大会で準々決勝に進出したが、ウエスタン&サザン・オ―プンでは膝の違和感のため第3セットの出だしでプレーをやめなければならなかった。彼女は故障の内容について詳しく明かさなかったが、しばらくするとプレーできるようになり、順調に回復していると説明した。

 そして膝の痛み同様、テニスに関するフラストレーションもやがて減っていくだろう。


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