久々に訪れた浜松オープンの会場は、下地奈緒(早稲田大学)にとって、矛盾を抱えた思い出の地だ。
 
 3年前に出場したとき、彼女はまだ、沖縄尚学高校の3年生だった。インターハイでのダブルス優勝が評価され、ワイルドカード(主催者推薦枠)を得ての参戦。そのとき、パートナーや大会スタッフとともに会場近くのマンションに“下宿”した日々は、楽しく刺激的な記憶として、その後も彼女の心で温かな光を放つ。

 「私の所属先は、“プリオール○○○号室”です」

 早稲田大学進学後も、滞在したマンションの部屋番号を口にして、大会関係者たちを柔らかな気持ちにさせていた。

 同時に大学生になった今、彼女にとってこの大会の予選は、居るはずではない場所でもある。

 大学の最高峰を決める“全日本大学対抗テニス王座決定試合”――。

 それこそが彼女が居るべき場所であり、現に過去2年間、この時期に戦っていた大会だからだ。昨年も王座を制し、13連覇という無類の強さを誇っていた大学テニス界の雄。その早稲田が今年は、関東リーグ戦で上位2校に入れずに、優勝はおろか同大会への出場権さえ逃していた。

 「いつかは負ける……記録が途絶えることは分かっていたけれど、それが自分たちの代で起きるなんて……」
 
 あのときのことを思い出すと、今でも彼女の目は潤む。リーグ戦が終わってからしばらくは、テニスの情報に触れるたびに、心に黒いもやが掛かった。

 そのもやを払ってくれたのは、言ってみれば、彼女のテニスの原点だ。

 リーグ戦の約2週間後に行われた国体で、下地は沖縄県代表としてコートに立つ。その彼女たちのコーチとしてベンチに座っていたのは、沖縄尚学の平良和己監督だった。

 「いつも話すと、心が落ち着く」というその恩師の助言を耳にすると、高校時代に培った、「頭を使って組み立てるプレー」が蘇る。それは、152cmの小柄な彼女が築き上げてきた、「キツイし難しいけれども、ポイントを取るとうれしい」テニスだった。
 
 テニスの楽しさを思い出し、今年3年ぶりに戻ってきた浜松オープンで、彼女は予選2試合を勝ち抜き、本戦への切符をつかみとる。その予選初戦で当たったのは、奇しくも早稲田のチームメイトの清水映里(早稲田大学)。練習試合などでは「いつも接戦になるけれど、最後に競り負ける」という同期のエースに、今回は競り勝って勢いを得た。
 
 ITFツアーの大会(国際テニス連盟主催の国際試合)に出場したのは3年ぶりで、シングルスの本戦に勝ち上がったのは、これが初。

 「今はテニスが楽しいから、誰が相手でも楽しみです!」
 
 そう言い初々しい笑みをこぼす彼女が、今大会の期間中に滞在するのも、思い出の“プリオール○○○号室”だ。

著者◎内田暁:浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。

※写真は下地奈緒(早稲田大学)
写真提供◎浜松ウイメンズオープン実行委員会
撮影◎てらおよしのぶ


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