レシーブ力を下げるサービスのバラエティと騙し

相手レシーバーを混乱させ、レシーブ力を下げるために、サービスに多様性を持たせて相手の裏をかく「10」の方法を紹介しよう。しかしその話を始める前には、あるふたりの若いテニススターのライバル関係について触れたいーーベッカー対アガシーー彼らの間にあったひとつの失言が、ひょっとしたらテニスの歴史を変えたかもしれないのだ。それはサービスとリターンに関係する、不思議な、しかし本当の話である。(文◎ポール・ファイン)【2018年6月号掲載記事】

文◎ポール・ファイン 構成◎編集部 写真◎小山真司、毛受亮介、Getty Images

Paul Fein◎インタビュー記事や技術解説記事でおなじみの、テニスを取材して30年以上になるアメリカ在住のジャーナリスト。多くのトップコーチ、プレーヤーを取材し、数々の賞を獲得している。執筆作品はAmazon.comやBN.comで何度も1位となった。テニスをこよなく愛し、コーチとしても上級レベルにある。Paul Fein’s Tennis Confidential(http://www.tennisconfidential.com/)

Variety and Deception in Serving

「テニスで成功するための秘訣、スパイス、エッセンスは多様性、多才さである」 ビル・チルデン(テニス史上最初のスーパースター、1919年3月、アメリカ・ローンテニスマガジンにて)

「僕にとっていつも重要なのは、正確に入れることができるサービスの種類をたくさん持つことだ 」 ロジャー・フェデラー(グランドスラム優勝20回)

あるひとつの失言がテニスの歴史を変えた!?

 これから紹介する不思議な、しかし本当の話は、ふたりの若いテニススターのライバル関係によるものだ。

 1988年から89年にかけてボリス・ベッカー(ドイツ)は、アンドレ・アガシ(アメリカ)との3度の対戦のすべてに勝利した。アガシは素晴らしいリターンをもつ選手だが、ベッカーは凄まじいサービスを打ち続けて、すべての対戦で試合を支配した。

ボリス・ベッカー

 そこで、賢明なアガシはスコアを振り返り、このときは、さらにベッカーのプレー映像を見返すことにした。何時間も研究するうちに、アガシはベッカーのサービスに〈あるパターン〉があることに気づいたという。ベッカーはサービスのトスの直前に、いつも舌を出す癖があった。その舌が左のほうへ動くと、サービスは外側へ切れていく傾向があった。舌が中央にとどまるときのサービスはセンターへ。アガシの方法論は、第二次世界大戦でドイツ軍のエニグマ(暗号機)を破った連合国軍のデコーダー(暗号学者)ほど洗練されたものではなかったが、同じくらい有用ではあった。

アンドレ・アガシ

 ベッカーのサービスを読むという勝負を分ける重大な情報を手にしたアガシは、3連敗後はベッカーに8連勝した。連合国軍と同様、アガシも自分が手にした情報を極秘にしなければならなかった。

「彼のサービスゲームをブレークすることに問題はなかった。でも、“自分がいつでもブレークできる”ということを隠すのには苦労したよ。彼が舌を口の中に隠してしまわないことを祈っていたんだ」と、のちにアガシは振り返った。

「彼の癖については、ボリスが引退したあとに初めて教えたんだ。たしか、オクトーバーフェスト(ドイツで開催される世界最大規模のお祭り)でいっしょにビールを飲んでいるときだった。彼はあまりのショックに椅子から転げ落ちたよ。そしてベッカーは、“いつもアガシに負けたあとは家に帰って妻に、僕の考えを読まれているようだ”と話していたという。でも、僕の頭の中ではなく、舌の動きを読んでいるだけだったとはね」と驚いていた。

 この話は、どのようなサービスを打とうとしているのか、特にその方向を相手にわからないようにすることが、どれだけ重要であるかを教えてくれる。パワーの量とスピンの種類も相手にわからないようにし、変化させるべきだ。

1967年生まれのベッカー(左)と1970年生まれのアガシ(右)。ふたりは現役中に14度対戦。1988年の初対戦から3戦はベッカーが勝ったが、その後の11対戦は1995年のウインブルドンを除き、1999年の最後の対戦までアガシが10勝を挙げた

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