これからの1年で見るテニス界の景色は、果たして、それまでの7年間と異なるものになるだろうか――?
 
 1年前のちょうど今頃、彼女はそんな想いを胸に、“ラストイヤー”を歩み始めた。
 
 田中優季(安藤証券)が、プロテニスプレーヤーとしてのキャリアに幕を引こうと決意したのは、昨年10月の全日本選手権時。ところが、所属先(メインスポンサー)である安藤証券の社長に、「もう1年やってみたらどうか」と勧められて心が揺らいだ。

 田中は既に引退後は、安藤証券に残り、テニスを中心に様々なスポーツイベントや、アスリートに関わる職に就くことを決めている。

 「ならば、そのような視座を持ちつつ、プレーヤーとしてツアーを回ってみたら得られるものがあるのでは?」

 それが、社長からの提言だった。

 もちろんその提案は、田中にとって魅力的に響いただろう。だが同時に、迷いがなかった訳ではない。

 ひとたびコートに立てば、勝ちたいというアスリートとしての本能が、何にも勝るだろうことは予測がつく。とはいえ、1年後に別の道へ進むことが決まっている自分に、果たして、死にものぐるいで勝利を求める他の選手たちと同じコートに立つ資格があるのだろうか……?

 それでも悩んだ末に、彼女は“プレーヤーとしての最後の1年”を選び取る。

 日本で開催されているテニスの大会を、もっともっと盛り上げたい。テニスにさほど興味が無かった人たちも、会場に気軽に足を運び、心から楽しめるイベントを作りたい――。

 心に抱くその新たな夢を実現させるためにも、踏み出した道である。

 皮肉なことに……と言うべきか、あるいは必然だろうか、これが最後の1年と定めて以来、自分のテニスに変化が現れたことに田中は自覚的だった。

 これまで捕らわれていたランキングなどを気にしない分、テニスに真っ直ぐに向き合える。するとラケットが伸びやかに振り抜けて、攻めるテニスができるようになってきた。それに伴い、結果も残せるようになる。今年5月の久留米開催ITF6万ドル大会では、予選から5連勝で本戦準決勝まで勝ち上がった。

 しかし、攻撃的になりつつあるプレースタイルは、田中にある種の問いを突きつけもする。

 これらの結果が、プレッシャーから開放されたがゆえに得たものであることは、重々分かっている。ただその変化を受け入れてしまえば、勝利のためにすべてを捧げ重圧と戦ってきたこれまでの7年間を、否定することになってしまうのではないだろうか?

 果たして今のテニスは、本物か? これを正しいとしてよいのか?

 それが、ここ最近の彼女の胸を圧してきた葛藤だ。

 その葛藤をも、当然のものとして受け入れた感のある今の彼女は、今大会の初戦でも、井上雅(テニスラウンジ)相手にしびれる接戦を勝ちきった。

 この浜松オープンを含め、プロテニスプレーヤー・田中優季が戦う大会は、残り3つ。

 目にした新たな景色を胸に焼き付け、最後の旅路を踏みしめていく。

※写真は田中優季(安藤証券)
写真提供◎浜松ウイメンズオープン実行委員会
撮影◎てらおよしのぶ

著者◎内田暁:浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。


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