穂積絵莉(日本住宅ローン)の居る浜松オープンの会場は、どこか、いつもと異なる景色に映る。 
 2013年のシングルス準優勝者が、この大会に出るのは2014年以来のこと。当時、世界ランキングも200位を切り、戦いの主軸を海外に移しつつあった20歳は、この年を最後に賞金総額2.5万ドルの浜松を卒業する。コートサーフェス(種類)が、国際大会では希少な砂入り人工芝であることも、彼女の足が遠のいた理由の一つだった。

 その穂積が5年ぶりに浜松オープンに出場した訳は、雑駁に言ってしまえば、ランキングが落ちたからにほかならない。ダブルスでは、昨年のフレンチ・オープン準優勝を筆頭に輝かしい結果を残した彼女だが、シングルスのランキングは下降線を辿っていた。最高時には144位を記録したその数字が、現在は443位。不慣れな砂入り人工芝は可能な限り避けたかったが、シングルスでの本戦出場が可能な大会となると、ほかに選択肢はなかった。

 僅か1年半前には、グランドスラムのセンターコートでダブルスの決勝を戦っていた彼女が、今は学生やジュニアも出場する、“世界の登竜門”的な下部大会で汗を流す。ともすれば違和感を覚える状況ではあるが、今の彼女はその事実を、あるがままに受け入れているという。

 「変なプライドを持っていても仕方ない。今のランキングが、そのまま自分の実力だと今は思えますから」

 柔らかな声色で、彼女はそう言い、長く伸びた髪をゆらす。

 ただし、「今は思える」ということは、以前はそう思えなかったということだろう。その件について質すと、彼女は素直に「去年は違った」ことを認める。

 「今年は、ケガやダブルスを優先した時期もあったので、ランキングが落ちても仕方ない部分もあった。でも昨年は、シングルスにも出ているのに、勝てないことが多かったので……」

 ダブルスでは多くの成功も手にしたため、なおのこと「同じテニスなのに、なんでシングルスは結果が出ないの? どうしてこうも、単複で成績がかけ離れるの?」と自らに問い続けた。1年前の今頃が、精神的も最も辛い時期だったはずだ。

 それらの葛藤を経て、今の穂積が現状を受け入れられている訳は、進むべき道が見えてきたことが大きいだろう。この2年半ほど、プレースタイルを模索しコーチも幾度か変えてきた穂積だが、今季はふたたび、ジュニア時代から2017年初頭まで師事した梅田邦明コーチと転戦している。かつて二人で目指した、「高い軌道のボールも用いた、確率の高いテニス」の実現を、今はより高い次元で目指している最中だ。

 毎週、刻一刻と変わるランキングに追われながら、町から町へと転戦するのが、テニス選手の日常である。常に、不安は付きまとう。だからこそ、「目の前のことを、一つずつやるしかない。先のことを考えるだけ、時間がもったいないです」と彼女は言った。

 不確かな未来などに、心を砕く暇はない。

 テニスコートがある限り、例えどこであろうとも、そこは穂積絵莉が馴染む景色だ。

※写真は穂積絵莉(日本住宅ローン)
写真提供◎浜松ウイメンズオープン実行委員会
撮影◎てらおよしのぶ

著者◎内田暁:浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。


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