小柄な身体が、コート上で軽やかに飛び跳ねる。
 
 小気味よくボールを相手コートに打ち込み、ウィナーを決めては満面の笑顔を見せ、ミスしたときは文字通り地団駄を踏んで悔しがった。
 
 まだあどけなさを残すその姿や表情は、まるでテニスを始めたばかりの少女のように、新鮮な喜びにあふれている。果たして、今年20歳を迎えた山口芽生(橋本総業ホールディングス)は、「テニスがすごく楽しいんです!」と顔中に笑みを広げた。

 彼女がテニスに恋したのは、5歳の頃だったという。テレビで見た実写版『エースをねらえ!』が、始まりのときだった。

「私も、あれをやりたい!」

 必死にねだる幼い我が子を、両親は、「もうすぐ引っ越しだから、新しい町で始めましょう」となだめた。結果として、そのタイミングも引っ越した先も、彼女を、より深くテニスの道へと誘う。新居の隣には、テニスクラブに通う同じ年の男の子が居て、彼と一緒に通うようになったそのクラブは、プロ選手が輩出する名門だったのだ。そのときから今も変わらず、埼玉県の“Fテニス”が彼女の拠点である。

「フェンスまでぶつけるほどにボールを打とう!」

 コーチの声に合わせて、全力でボールを叩いた時に全身を駆けめぐった高揚感と楽しさは、今も変わらず彼女の中に脈動する。

 とにかくテニスが大好き、ボールを打つのが楽しい――そのときの少女が、そのまま大きくなったような選手が、山口だ。
 
 ジュニア時代には、これといって目立った戦績は残していない。今大会の1回戦で対戦した、第8シードで同期の本玉真唯(島津製作所)は、「こーんなに上の存在だった」と、山口は手を目一杯に空へと伸ばす。それでも彼女もコーチたちも、目先の勝利に捕らわれて、目指す方向性を変えることは無かったという。ドロップショットなど新たな技も体得しつつ、彼女がテニスに魅入られた原点である「ボールを打つ喜び」をすくすくと伸ばし、今大会ではITF2.5万ドルクラス大会で初のベスト4入りを果たした。

 テニスをはじめた時と同様に、彼女が無垢に目指すのは、子供の頃にテレビで見て胸をときめかせた、フレンチ・オープンのセンターコートだ。

 テニスの楽しさをコート上で目一杯体現しながら、夢へとまっすぐに進んでいく。

※写真は山口芽生(橋本総業ホールディングス)
写真提供◎浜松ウイメンズオープン実行委員会
撮影◎てらおよしのぶ

著者◎内田暁:浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。


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