[浜松ウイメンズオープン] マッチレポート⑥ シングルス決勝「穂積絵莉 vs P・バドーサ」(大会提供レポート)

○28穂積絵莉(日本住宅ローン)7-6(1) 4-5 Ret. ●1パウラ・バドーサ(スペイン)[1]
 
 試合開始直後にパウラ・バドーサ(スペイン)が3ゲーム連取した時、決勝戦のコートを囲む客席に立ち込めたのは、「やっぱり、トップ100選手は強いな」という感嘆や、穂積絵莉(日本住宅ローン)を応援するファンにとっては、落胆に近い感情だった。バドーサの高速サーブが叩き込まれる度に、観客の間からどよめきの声が漏れる。95位対443位というランキング差が、そのまま、スコアにも反映されるかに思われた。

 だがコートに立つ穂積の皮膚感覚は、それら周囲の空気感とは、まったく異なっていたという。

「試合前の5分間のアップのときと、試合のときに打つボールにギャップがあったので、その差に戸惑った」

 穂積が明かす「ギャップ」とは、アップ時には低い弾道で直線的に打ち込まれたショットが、試合では高く弾むスピン系になったこと。立ち上がりは、その戸惑いがミスにも繋がったが、3ゲームを終えた時点で、相手のプレーを見極めたとの手応えもある。

「自分のプレーは悪くない。相手を動かしていけば、こちらに分がある」

 それが、コートに立つ当人の思いだった。
 
 果たして直後のゲームから、穂積の反撃が始まる。まずはラブゲームでサービスキープすると、続くゲームでは、フォアで相手を振り回した。圧巻は、このゲーム終盤から、続くサービスゲームにかけての5ポイント連取。ボレーから豪快なスマッシュにつなげてブレークすると、ドロップボレー、フォアのクロス、さらにはスウィングボレーにドロップショットと、硬軟自在のプレーで世界95位を完全に圧倒した。そこからは一進一退の攻防となるが、相手が覚えた精神的な圧迫感は、一つの際どいジャッジを巡って、怒りとなり主審に向けられる。度重なる暴言によりポイントペナルティを受けたとき、バドーサは完全に心の制御を失った。その機を逃さぬ穂積は、8ポイント連取で畳み掛ける。タイブレークも相手を圧倒した穂積が、第1セットを逆転でものにした。

 これで主導権は、完全に穂積の手に。ただ、精神的に崩れたかに見えながらも、一つのきっかけで息を吹き返すのがトップ選手の強さであり、テニスという競技の怖さだ。

 第2セット第2ゲームで穂積が2度のブレークチャンスを逃すと、続くゲームをバドーサがブレーク。そのゲームを境に流れは反転し、バドーサが5-1と大きくリードを広げた。

 スコアや流れを考えれば、このセットは諦めて、ファイナルセットに気持ちが向かってもおかしくない状況。だがここでも穂積は、「まずは1ゲームを返せば、相手は嫌な気分になる。次のゲームをブレークすれば、さらにイライラするだろう。そうなれば、何か変化が生まれるかもしれない」と考えた。それは、これまで自身が幾度も直面してきた、「最後の数ポイントを取る難しさ」に起因した類推でもある。

 穂積が予測したその「変化」は、いささか意外な形で現実し、最終的に試合を決する。第8ゲームで転倒し足を捻ったバドーサは、穂積が4-5とした時点で、棄権を申し出たのだ。

 ただこの棄権も言ってみれば、穂積の追い上げが引き出したものである。その点に関しては穂積も、「トップ100の選手に勝てたのは、すごくうれしい」と、素直に勝利を受け入れた。

 当初は、出るべきかどうか迷っていた浜松オープンではあるが、結果としてこの大会は、穂積に多くをもたらした。

 ランキングポイントもさることながら、ここ最近取り組んできた「緩急を用いて、前にも出るテニス」と、「最後まで諦めず、常に目の前のポイントに集中する」というプレーとメンタル両面の課題を、実践できたことが大きい。そして何より重要なのが、「1トーナメントを勝ちきった」ことだと穂積は言う。

「例えどんなレベルの大会でも、最後に勝って終われる一人になるのは凄いこと。毎日、対戦相手も自分のコンディションや天候も違うなかで、6日間で5試合戦ったことが一番評価できる」

 かくして「トーナメントを勝って終われる一人」となった穂積は、表彰式の直後には会場を飛び出し、オーストラリアに向かう飛行機に乗った。勝利の余韻に浸る間もなく、勝った者ほど、直ぐに次の戦いが待つ……それが、ツアーを転戦するテニス選手の宿命だ。

 「今年中に、200位台にランキングを戻したい」

 その目指す地点へと、まだまだ戦いは続いていく。

※写真は穂積絵莉(日本住宅ローン)
写真提供◎浜松ウイメンズオープン実行委員会
撮影◎てらおよしのぶ

著者◎内田暁:浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。

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