コーチの視点でテニス上達を目指せ!「プロファイリング」_クリス・ケイチェル第2弾

この技術特集は、2018年11月上旬に全国5ヵ所(大阪、福岡、富山、福島、千葉)で開催された「第31回TTCテニス指導者のためのスポーツ科学セミナー『The EYE~テニス指導の着眼点はどこか~』」から千葉会場・吉田記念テニス研修センター(TTC)での内容を一部抜粋したものです。複数回に分けて掲載します。指導するのはオーストラリアのレイトン・ヒューイット(元世界1位)やエレナ・ドキッチ(元世界4位)を育てたことでも知られるクリス・ケイチェル。これまでに指導者として数多くの賞を受賞し、 世界のシンポジウムでスピーカーも務めているケイチェルは、現在、オーストラリアテニス協会のクレーコートおよび育成部門のマネージャーを務める一方、同協会ハイパフォーマンス・コーチングコースの監修も行っています。世界のテニスの情報を集約し、時代ごとに求められるテニスを追求、また指導者の着眼点に重きを置いて指導者育成に努めています。【2018年3月号掲載】

取材協力◎吉田記念テニス研修センター(千葉)通訳◎稲葉洋祐(TTC)構成◎編集部 写真◎榎本郁也、小山真司、毛受亮介、Getty Images 

共催◎東北テニス協会、関東テニス協会、北信越テニス協会、関西テニス協会、九州テニス協会、 (公財)吉田記念テニス研修センター、(公財)日本テニス協会 公認◎(公財)日本テニス協会、(公財)日本プロテニス協会 特別協賛◎アメアスポーツジャパン(株) 後援◎(公財)日本テニス事業協会)

講師◎クリス・ケイチェル

Chris Kachel◎オーストラリア出身。プロとして8年間プレーし、ATP最高ランキ ングは単73位、複19位。1991年からオーストラリアテニス協会、AIS(オーストラリア国立スポーツ研究所)で指導し、以降プライベートコーチや中国テニス協会(フェド杯チーム)に従事した経歴も持つ。オーストラリアのレイトン・ヒューイット(元世界1位)やエレナ・ドキッチ(元世界4位)を育てたことでも知られる。これまでに指導者として数多くの賞を受賞し、 世界のシンポジウムでスピーカーも務めている。現在はオーストラリアテニス協会のクレーコートおよび育成部門のマネージャーを務める一方、同協会ハイパフォーマンス・コーチングコースの監修も行っている。世界のテニスの情報を集約し、時代ごとに求められるテニスを追求、また指導者の着眼点に重きを置いて指導者育成に努めている。

学習環境
コーチングとは、変化と学習を意味する世界共通語である(CNN)

着眼点1 ポジティブな学習環境とは

 選手の学習環境を設定する上でコーチが理解しなければいけないことは、次の3つと考えます。

□その選手は見て学習することが得意なのか

□その選手は聴いて学習することが得意なのか

□その選手は触れて学習することが得意なのか

 どの選手も1つではなく、だいたい2つ以上の感覚を持って学習します。

 コーチは選手に対し、明確で簡単な指示を出さなければいけません。多くの言葉を羅列するより、簡単な指示のほうが吸収はいいです。反対に情報過多になると選手は消化不良を起こします。

 選手の将来像をイメージした、将来への見通しも大切です。その反対が、勝つことのみに焦点を置く、結果至上主義のコーチングです。いいコーチは進化の過程を重視し、結果重視ではないと私は考えます。

 選手には、常に明瞭な思考(澄みきった思考)を持たせるようにします。混乱を招くような考え方を与えてはいけません。

 バランスは大切です。子供たちがテニスだけにとらわれないように、友達と遊ぶ機会や映画を見ることもあっていいでしょう。人生においてバランスのとれた状況をつくってあげることが大切です。その反対がプレッシャーを与えることです。結果至上主義で、常にプレッシャーがかかる状況で生きていく環境は劣悪と言わざるを得ません。

 ポジティブな学習環境に選手はとどまり、戦い続けることをするでしょう。反対に、結果のみ、勝つことのみに焦点を置いた環境では、脱落する選手もたくさん出てくると思います。

 コーチがフォーカスしなければいけないこと。それは楽しい、楽しませることに焦点を置いたコーチングです。子供たちがクラブに来て、練習したい、と意欲的になる環境をつくります。今日は月曜日だ、練習しなきゃいけない、というようなだらだらやる環境は絶対によくありません。

 コーチはジュニアの成長を意識します。それは勝つためにすべてを費やすことではなく、成長と結果であれば、必ず成長を優先します。次のステージへの架け橋となるのがコーチです。

 日本にも同じ状況があるかわかりませんが、オーストラリアでは親が子供に多くのポイントを取らせようと様々な遠征に連れていくことをします。そうすると子供は実力以上のランキングとなり、今度はポイントをディフェンドしなければいけない状況に陥るのです。そういったポイントを追う、ランキングを上げるということは、育成において邪魔になるものです。私がもし責任ある立場にいて、そうしたことの全権をもっているのであれば、ポイントシステムは排除したいくらいです。

 テニスプレーヤーには二通りいて、ただテニスをする選手と、テニスを競技する選手がいます。私たちが指導する選手はグレート・コンペティター(競技者)であってほしい。どんなボール、どんな状況でも、相手と競技できる選手を育てることが目標です。

選手が不快に感じているということは、受け入れようとしているということ ──これが学習

 何か新しいことを取り入れるとき、人はしっくりいかず、不快に感じます。不快に感じるということは、それを受け入れようとしているということです。私たちコーチは、その不快なゾーンへ導くことをしていきます。なぜなら、試合では予測のつかない、不快な状態が続くからです。日頃から、不快に感じるところまで練習をしなければいけません。

選手のモティベーションベストになるという意欲があるかどうか

選手育成
選手のモティベーション
“ベストになる”という意欲があるかどうか

着眼点2|良いモティベーション

 ここまでの話で、私が選手育成に強いこだわりをもっていることは伝わっているのではないでしょうか。

 選手にとっての良いモティベーションとは。それは低年齢の選手にも見ることができ、12、13歳、もしかするともっと低年齢の選手にも見られることです。それは「ベストになる意欲があるかどうか」です。それぞれにとってベストになるために必要なことをすべてやる、ベストになる準備ができているということが、モティベーションがあると定義しています。

 そのほか、ハードワークを厭わず、嫌がらずに一つひとつ努力できることや、負けに対する反応において、良いモティベーションがある選手は、敗戦からもしっかり学ぶことができます。そういう選手は負けても心配することはありません。敗戦を分析するお手伝いをしてあげることで、さらに強くなっていくでしょう。

 着眼点3|堅実な基礎

着眼点3|堅実な基礎

 技術はさらに武器にしていくことが大切です。それと同じくらい大切なことが、弱点も、弱点にならない程度までしっかりと鍛え上げることにあります。

 表に挙げたことは、私が考える基礎とゴールです。コーチは、それぞれが見ている選手のそれぞれのゴールを書いてください。ゴールは、短期的でも長期的でもいいです。テニスは、トレーニング、試合、それに対する結果を分析するというサイクルがあり、ずっと繰り返して行っていきます。その中に様々なゴールがあっていいと思います。

 すでにやっていると思いますが、選手の育成、進化の過程は必ず記録しましょう。見ている選手がひとりだろうと、10人だろうと、全員分を記録する必要があります。人数が多いと仕事の量は膨大になりますが、とても大事なことです。考えたことはすべて書きためろ、ということが私からのメッセージです。

着眼点4|精神的に苦しい状況下での対応力

着眼点4|精神的に苦しい状況下での対応力

 テニスは、毎回良い状況があるわけではなく、苦しい状況も多々あり、その苦しい状況下の対応力が問われます。

 それを鍛えるため、習慣(ルーティン)が大切です。想定外の状況に対してうろたえない、驚かないこと。テニスコートで起こることには、想定外のことが多くあります。そうした局面に対応するために、日頃の練習からそのような状況を意図的につくり出します。例えばミスジャッジをするなど、心理的に揺さぶりをかけ、感情のトレーニングをすることも、試合での対応力に関して非常に有効です。

 対応力に関してもう一つ大事なことは、常にポジティブなイメージを持つということです。スコア的にどんなに劣勢であろうと、精神的に行き詰まっていようと、そのとおりに頭を垂れてしまうのはよくありません。どんなときも頭を上げ、胸を張った姿勢を意識します。ラケットの持ち方ひとつをとっても、ラケットヘッドをだらんと下げるのではなく、ラケットヘッドは持ち上げて歩きます。それをどんな状況でもやるようにしてください。

着眼点5|すぐれたジュニア選手の特徴

着眼点5|すぐれたジュニア選手の特徴

 すぐれたジュニア選手には何があるのでしょうか。①話を聞き、②努力し、③学び続ける姿勢があります。競争心があり、いま行われている試合に全力を注ぎ、今を楽しむことができます。集中力が散漫であったり、周囲ばかり見ている選手には、まず自分の目の前で起こっていることに集中するよう指導する必要があります。

 試合の全要素について、プロ意識を持つこともできます。その中にはアンフォーストエラーも含まれますが、アンフォーストエラーに対する反応を見ればその選手の意識がわかります。いい選手はミスをしても無反応で、大げさな態度は見せず、せいぜい素振りをして逆のサイドへ行くくらいです。いい選手はコート内外で落ち着いているもので、自信にあふれています。

 すぐれた選手は試合の始まりから終わりまで集中力が一定で、高い状態で終わりを迎えることができます。そうではない選手は、上がったり下がったり波があります。コーチは、選手の集中力が初めから終わりまで一定となるように指導します。これが実はとても難しいことです。
私はタレント発掘の仕事をしているときに、ボールを追うのを諦めて2バウンドをする、0-40でゲームを捨てる選手にはすぐにバッテンをつけます。

着眼点6|よいコーチになるために必要なこと

コーチの役割と責任
コーチはすべての選手に対してフェアでポジティブであること

着眼点6|よいコーチになるために必要なこと

 よいコーチになるために必要なこと。

 よいコーチはコミュニケーション能力に長けている人で、良い聞き手になります。まず聞いて吸収し、それに対して応えられる人がいいコーチです。
 私たちは選手からリスペクト=尊敬を得なければなりません。そのためには絶対に正直でなければならないでしょう。ときに批判を受けたり、様々な意見やアドバイスを言われることもありますが、そういうものに対してオープンに、建設的に受け入れる姿勢を持っていなければいけません。

 私がみなさんにアドバイスできることは、まず自分自身でいなさい、今のままでいい、ということです。こういうふうにならなければいけないとか、自分とは違う人格の人になる必要はないです。
それから、自分の仕事を失うことを恐れてはいけません。しっかりとした知識を身につけ、信念を持ち、自身のコーチ哲学を持っているなら、自信を持って突き進んでください。

 私は立場上、何人ものコーチをクビにしてきた経験があります。私が思うコーチの基準、期待度に満たないからです。でも、そのとき大事なことは、私が望んでいるものの基準をしっかりと示し、それに満たないからだということも、しっかり示しました。あるコーチはポケットに手を突っ込んだままコートに現れました。また、あるコーチはずっとスマホをいじっていました。そういうコーチには1回目は警告を与え、2回目はグッバイです。

 選手やスタッフから尊敬されていることが大切です。また、危機に対しても落ち着いて対応できることも非常に大切です。例えば選手の親御さんなどから意見や批判があったときに、感情的にぶつかり合うのではなく、まずその意見を自分の胸に入れ、そして一旦冷静になってロジカルに分析してから対応するようにします。売り言葉に買い言葉にならないように、感情論で戦うことをしないことです。

 落ち着きがあって堂々としていること。みなさんにとってもっとも難しいことの一つが、このような同業のみなさんが集まった中でプレゼンテーションをしたりすることでしょう。でも、その中で発表する経験をして、経験を重ねるほど、やりやすくなっていきます。

 私たちは人間で感情があり、それぞれ好みもあります。ですが、私たちはコーチで、すべての選手に対してポジティブかつ公正であることが重要です。私たちはテニスコート上でも、人生においても、選手にとってお手本となる意識を常に持つようにしてください。

 

着眼点7|ゲームスタイルの種類とタイプ毎に有効な戦術

ゲームスタイル&シチュエーション

着眼点7|ゲームスタイルの種類とタイプ毎に有効な戦術

A カウンターパンチャー
B アグレッシブベースライナー
C オールラウンダー(オールコートプレーヤー)
これまではこの3つしかありませんでしたが、今は次のゲームスタイルも加わりました。
D ネットラッシャー/ サーブ&ボレー
E ビッグサーバー

プロファイリング

 以下に私が考える各タイプの特徴を挙げます。このように分析することをプロファイリングといいます。そしてこのセミナーでは、コーチのみなさんに数人ごとのグループをつくってもらい、A、B、Cタイプのプレーヤーに対して、それぞれ「どのような戦術を用いれば有効か?」を考えてもらいました。その意見も参考にしてください。

プロファイリング|A|カウンターパンチャーに対してどのような戦術を用いるのか?

A|カウンターパンチャーに対してどのような戦術を用いるのか?

プロファイリング|B|アグレッシブベースライナーに対してどのような戦術を用いるのか?

B|アグレッシブベースライナーに対してどのような戦術を用いるのか?

プロファイリング|C|オールラウンダーに対してどのような戦術を用いるのか?

C|オールラウンダーに対してどのような戦術を用いるのか?

(第3弾に続く)

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