シリーズ「家族の証言」は、そのタイトル通り、選手の家族に選手の小さい頃の話や思い出を存分に語ってもらって構成したもの。家族だからこそ知る、話せる、貴重なエピソードの数々は非常に興味深い。今回は守屋宏紀選手について、母・恵美さんが語ってくれた。【2012年9月号掲載】

守屋宏紀 ※プロフィールは当時のまま
もりや・ひろき◎1990年10月16日生まれ。東京都町田市出身。6歳でテニスを始め、全中で優勝、インターハイは3冠獲得。2008年12月にプロ転向、昨年の全日本選手権で優勝を飾る。2012年前期ナショナル男子Bチーム。世界ランク221位(2012年7月9日付)。北日本物産所属

「慌てず、焦らず、騒がず……。
小さい頃からそういう子でした」

テニスが大好きだった

 おとなしい子でした。2歳上のお姉ちゃん(友里加さん)が活発で目を離すとすぐにいなくなってしまうのとは逆に、宏紀は私のそばから離れませんでした。本当に手のかからない子でした。

 主人が家の近くのテニスクラブの会員でした。週末になるとプレーに出掛けるので、宏紀もお姉ちゃんと一緒に行っていました。それがテニスとの出合いです。お姉ちゃんが小学校に入学してテニススクールで習い始め、宏紀も一緒にやりたかったと思いますが、小学校に上がるまでは待っててね、と。聞き分けのいい子なので、それは理解してくれました。ずっと柵に手をかけてスクールを見ていました。

 スクールに入ったら、もうテニスに夢中でした。やりたくてやりたくて我慢していましたから、その分、喜びも大きかったと思います。他の遊びにはあまり興味がないというか、テニスがあればいいという感じでした。

 私が無理矢理にやらせたのは水泳です。4年くらい通わせましたが、おそらく渋々だったと思います。幼稚園の頃にサッカーをやらせようとしたこともありましたが、「僕はサッカーなんてしたくない。テニスがしたい」とやりませんでした。(サッカーは)自分が頑張っても負けるときは負けてしまう。自分の頑張り、責任が、そのまま結果につながるテニスの方が肌に合ったのでしょう。

 週1回のテニスが2回、3回と増え、テニスクラブも変わりました。レッスンが終わって帰ってくると遅くなって、最寄りの駅まで車で送迎していたんですが、その帰りの車の中で夕飯を食べさせていたんです。家に着いたら宿題をしてお風呂に入って寝るだけ。こんな生活は良くないなと主人と相談して、宏紀が中学校に上がるのを機にテニスクラブの近くに引っ越すことにしたんです。

 全小(全国小学生大会)は準優勝でしたが、大会の日程が修学旅行と重なりました。担任の先生からは「大会が終わってから(負けたら)来てもいいから、とりあえず申し込んでおきなさい」と言われたみたいですが、宏紀は「僕は行きません」と断ったみたいで。私にも先生から確認の電話がありましたが、本人がそう言っているならとていねいにお断りした記憶があります。

 私自身、当時は将来はプロにでもなるのかなというよりも、いつまでテニスを続けるのかなという気持ちの方が強かった気がします。正直言うと、あまり深く考えていなかったかもしれません(笑)。

4~5歳の頃。自宅近くのテニスクラブにて(写真◎私物)

昔から何も変わらない

 高校3年生のインターハイで3冠を獲得したときは、大学への進学がほぼ決まっていました。宏紀にすればプロという選択肢もあったと思いますが、現実的にまだ難しいという判断だったと思います。いろいろと悩んでいるようでした。ところが、ありがたいことに北日本物産の方で契約していただけることになり、思い切ってプロの世界へ飛び込むことになりました。

 私は大学でも何か学べるものがあれば学んでほしいと思っていました。ただ、本当は宏紀がプロでやりたいという気持ちが強いのは知っていましたから、これでよかったのかなと。宏紀から「プロになるよ」と言われたときは、私の方は「わかった」とそれだけでしたね。反対する理由がなかったですし、それは宏紀の人生だと思いましたから。

 全日本の優勝は主人と家族席で見ていました。やっぱりうれしかったですね。涙も出ました。ただ、うれしさという点では、最後のインターハイの団体戦で優勝したときの方が大きかったような気がします。本当に多くの方々が応援してくださっていたので……。

 プロになっても、全日本で優勝しても、本当に変わらない。自分のことは全部、自分でやるので私の出る幕がないんです。でも昔からそういう子でした。慌てず、焦らず、騒がずで、自分のやるべきことは黙々とやる子でしたから。

 高校生のときに母の日にエプロンをプレゼントしてくれました。プロ1年目のときはバッグを買ってもらいました。私の誕生日が母の日と近いので、それを兼ねてひとつのプレゼントですけど、その気持ちがうれしいですね。そう言えば、最近は犬が欲しいと言っています。帰ってきたときに戯れる相手がほしいんでしょうか。「あなた(遠征ばかりで)家にいないじゃない!」と断っていますけど。

 メッセージですか? ケガなく戦ってもらえれば……あとは自分の納得いくところまでやってほしい、それだけですね。

ウインブルドン予選は2回戦で敗れたが、着実に力をつけている。プロ4年目の21歳。勝負はこれからだ(写真◎菅原 淳)

※トップ写真は2018年中国・成都で撮影(Getty Images)

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