杉田祐一&伊藤竜馬の“忘れがたきあの試合”

選手自身が過去を振り返り、記憶に残る試合を語ってもらう「忘れがたきあの試合」は、2015年10月号から不定期連載されたコーナー。ここでは特別編集として、第2回連載で紹介した杉田祐一選手(三菱電機)、第8回に登場した伊藤竜馬選手(北日本物産)の2本立てで紹介する。1988年生まれで日本のトップを走り続ける両者が振り返る一戦とは?【2015年11月号、2016年5月号掲載】

写真◎Getty Images

杉田祐一

スランプに陥った2007~08年シーズン

 08年に出場した『昭和の森フューチャーズ1回戦』。この大会をきっかけに僕は“長いトンネル”から抜け出すことができ、選手としての“強い芯”を手に入れることができました。

 この大会を迎えるまでの僕は、試合に出ること自体に恐怖を感じてしまうほどの状態。プロ1年目に世界ランクを400位台にすることができたものの、以降は結果が伴わず、2007年末には1000位まで落ち込むスランプを味わいました。プロで戦う自信、気力を完全に失っていたのです。2008年シーズンに入っても状況は変わらず、結果が出ない日々を過ごしていました。

きっかけは伊藤竜馬選手からの逆転勝利

 昭和の森フューチャーズは予選から出場。なんとか本戦入りを決め、1回戦で同い年の伊藤竜馬選手と対戦することに。彼は第1シード(当時357位)。2007年では2度の対戦、連敗を喫していました。自分よりもはるかに先をいく同期には負けたくない――強い気持ちで試合に臨みました。

 しかし、この試合も第1セットをタイブレークで落とす苦しい立ち上がりとなりました。当時の自分の状態から考えると、すでに試合を諦めてもおかしくない状況です。でも、相手は伊藤選手。ジュニア時代、プロ転向後もしのぎを削ってきた相手に連敗が続くわけにはいかない。折れかけた気持ちをなんとかつなぎとめ、目の前のプレーに集中しました。

 すると、第2セットと最終セットを奪い返すことに成功。不振続きで失いかけた自信、気力を取り戻すことができ、勢いに乗ってそのまま大会も優勝。肩の荷が下り、そこから4週連続でフューチャーズ大会を制覇でき、浮上のきっかけをつかむことができました。

 この経験をきっかけに改めて”試合に勝つ難しさ“、ひとつの試合が選手の方向性を正すことを学びました。伊藤選手との試合に負けていたらどうなっていただろう……今考えても想像がつきません。

 若い年齢でのスランプは修正が難しい反面、ひとつのきっかけで状況が一変します。伊藤選手に対してできた「無我夢中のプレー」。これはテニス選手としての”強い芯“になると気づかされました。あのタイミング、あの試合で伊藤選手と試合を戦わなければ気がつかなかった、思い出深い大切な試合だと感じています。

伊藤竜馬

五輪出場をかけた“負けられない戦い”

 “今の自分”につながる……まず、思い浮かぶのはロンドン五輪出場がかかった一戦、2012年釜山で行われたチャレンジャー大会の決勝です。当時の心境は「この大会に優勝できれば、(錦織)圭や添田(豪)君といっしょにオリンピックに出場できる!」というもので、期待感と同時にものすごい緊張感でいっぱいでした。

 大会前から気持ちは高ぶり、思いが強すぎたのかもしれません。どの試合も接戦に次ぐ接戦ばかり。2回戦から準決勝まで全試合フルセットにもつれるハードな戦いが続きました。一方で、ほかの大会より明確な目標がありました。オリンピック出場には優勝するしかない――どんなに苦しくても、どんなにいら立っても、心のどこかで冷静な自分がいて、「それでも勝つしかない!」と気持ちをうまく切り替えることができました。

「あ、今日はいけるな」

 迎えた決勝当日の朝、僕は面白い感覚を得ました。大事な一戦の朝は緊張から眠れなかったり、目覚めが悪かったりすることもあるのですが、こんな大事な朝なのに目覚めが本当によくて「あ、今日はいけるな」と思えたのです(笑)。

 根拠がないように思えますけど、目覚めがいい日の試合は、すべきプレーがシンプルに考えられることが多く、ある意味で開き直った状態に近いのかもしれません。

 決勝前には「ここまで来たら、この大一番を楽しまなきゃ損だ!」という境地にも達したくらい(笑)で、結果は6-4 6-3のストレート勝ち。当時の試合映像を録画していて、今でも試合前に観ることがあります。あのプレッシャーがかかる場面でも動きのキレがよく、思い返すと心では結構焦っていたはずなのに、プレーがイキイキしている。そんな昔の姿を観ながら「こういうプレー、メンタルで試合に臨めればどんな相手でも勝てる」と再確認できる大事な試合となっています。

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