スベン・グロエネフェルトの「コーチングの世界」(4) 親子関係とコーチのあり方

(※当時の原文ママ、以下同)現代最高のコーチのひとりに数えられるスベン・グロエネフェルトが、その経験から導き出されたコーチングの神髄をお伝えする。最終回のテーマは「選手とコーチと親」の関係性について。特に、日本の特徴についての考察には耳を傾ける必要がある。プロのテニスコーチに求められる役割は多様だ。(インタビュー◎ポール・ファイン)【2013年9月号掲載】

インタビュー◎ポール・ファイン 翻訳◎木村 かや子 写真◎BBM、AP、Getty Images

According to Sven Groeneveld

The World of Tennis Coaching

スベン・グロエネフェルト の「コーチングの世界」(4) 親子関係とコーチのあり方

Theme1|プロ選手の親についての考察

「プレーヤーが自立したときに、
親と選手の間に一般的な親子以上の
“いさかい”が起こることがある」

――プロツアーにおいて、選手の親や親類が選手のコーチをしていることについて、あなたはどう考えていますか。例えば現在はワルター・バルトリやトニー・ナダル、ピョートル・ウォズニアッキ、ユリ・シャラポワがいて、過去に遡ればジム・ピアース、メラニー・モリトロワ(マルティナ・ヒンギスの母)、また少し前のリチャード・ウイリアムズなど、研究対象はたくさん存在します。家族がコーチをすることの利点と問題点は何だと考えていますか。

「この議題は、昔から常にテニスというスポーツの一部だった。選手の家族によるコーチングは、かつてのフェルナンド・ベルダスコ、トミー・ハース、そしてもちろんラファエル・ナダルの例はあるものの、一般的には男子選手よりも女子選手の間で多く見られるものだ。

 その理由のひとつとして考えられるのは、テニスは個人スポーツであり、それゆえ若い女の子であっても、ツアーで戦うためには年に35週間も旅をすることになる、ということだ。そのとき両親には、娘に危険がないよう気を配る責任がある、ということなのだろう。

 そしてときに、それは親としての義務からコーチングへとすり替わっていくことがある。もしくは、プロコーチを雇うための費用がかからないようにするため、という財政的理由から、自らコーチをすることを選ぶ親もいるだろう。アディダスのプログラムが提供しているサービスのひとつに、私たちのコーチング・スタッフが、選手の親が子供たちをコーチングするのを助ける、というものもあるんだ」

――親が選手のコーチになることで生じる問題点は何でしょうか。

「プレーヤーがより成長し、自立したときに、親と選手の間に一般的な親子以上の“いさかい”が起こることがある。そういったいさかいは、一般的な親子関係の中でも起きることだが、プロテニス選手はメディアにおける露出度が高いアスリートであり、常に批評の対象となっている。そして、もちろんそのいさかいは、普通の選手とコーチの間に起こり得るいさかいよりも激しく、解決が難しいものでもある。

 確かにある親や親類は、他の親よりもすぐれたコーチである場合もある。だから、私は親が選手をコーチングすること自体に反対はしない。しかし、そのときにはアディダスが提供しているような何らかのサポート・システムが背後にあるべきだと思う。かつてエレナ・ドキッチやマリー・ピアースに起きたように、親のコーチングが有害なものとなり、挙句の果てにWTAツアーが不当な行為を繰り返す父親を追放した件もあることだしね」

――現在はコーチではありませんが、例えばリー・ナと彼女の夫など、夫婦がコーチとプレーヤーという関係についてはどう思いますか。

「プロとしてテニスをプレーすることからくる緊張感や重圧への対処は、容易なものではない。だからもし結婚のような、コート外での強い絆があれば、非常にストレスがかかった状況の中でも感情が表に出てくる。遠慮がない間柄である以上、それは当然のことだ。しかし、コーチとしてはこういった類の振る舞いからは離れていたいし、私個人としても選手が100%テニスに集中している状況の方が望ましいね」

ラファエル・ナダルと叔父でありコーチであるトニーとの関係は親・親類がコーチを務める理想形か

ドキッチをはじめ、コーチである親がトラブルを生んだ例もある

Theme2|プライベート・コーチとアカデミー

Theme2|プライベート・コーチとアカデミー

「他の仲間と刺激し合うことで
成長の速度が加速する。
一方で、選手はそれぞれ
違った形で成長していく」

――ジュニア期における育成やトップ選手のコーチングにおいて、プライベート・コーチとアカデミーの役割の違いは何でしょうか。それぞれの長所と短所は何であると考えていますか。

「私は、この双方を組み合わせた連携の体制を築くことが最良だと思っている。なぜなら、テニスは個人スポーツではあるが、グループ練習の中で他の仲間たちと相互に刺激し合うことによって、成長の速度が加速していくからだ。テニスは個人スポーツであるがために孤独なスポーツだ。それだけに、練習においては他のジュニアたちとつながりをもつ必要があるんだ。一方で、選手たちはそれぞれ違った形で成長していく。だから、それぞれ個別に注意を払うことが非常に重要だ。つまり、理想的な状況はグループ・トレーニングとプライベート・トレーニングの双方を行うことだろう。

 また、この判断は選手がキャリアのどの段階にいるのかによっても変わっていく。当然ながら、キャリアが進んだ段階になればグループ形式の練習はより少なくなるだろう。しかし、かつてアンドレ・アガシやジム・クーリエが言っていたように、ボロテリー・アカデミーの強みは、彼らや他の選手たちが毎日行っていた非常にレベルの高い練習試合であり、そういった環境の中で毎日揉まれていたことで、彼らはよりタフになっていった。これは非常に健康的なアプローチだ」

――選手が情熱を保ち、かつハッピーであり続けるようにするために、どのようにして練習を楽しいものにしているのですか。

「もし年に35~40週間、ひとりの選手と練習をするのならば、バラエティに飛んだトレーニングを導入した方がいい。その中で私がもち込める確かなものは、私の人間性だ。人間としての私は非常に安定していて、感情の起伏が激しいタイプではないと思っている。しかし練習の間は、定めたゴールに至ろうとする中で、多くのバラエティを導入する。

 プレシーズンにおけるトレーニングであれ、大会中のトレーニングであれ、すべての練習、トレーニングには目的があるべきだ。だから、私たちの目標を達成するために、いくつもの違ったエクササイズを使う必要がある。

 例えば、クロスのフォアハンド、ダウン・ザ・ラインのフォアハンドを上達させることを目的としたフォアハンド強化ドリルには、様々な種類がある。バラエティに富んだ練習、トレーニングを行うと、選手をより集中させ続けることができるんだ。

 しかし同時に、選手は反復練習をする必要もある。例えば、もしストロークのテクニックを変えようとしているときなどには、必ず多くの反復練習をしなければならず、それはそんなに楽しいものではない。それでもテニスは、反復のスポーツなんだ」

相互刺激を得られるグループ・トレーニングと選手の個性に合わせた個別トレーニング。双方が組み合わさったトレーニングこそが理想形だ

Theme3|日本における選手・親・コーチ

Theme3|日本における選手・親・コーチ

「日本でのコーチングの発展が、
日本テニスの新たなる段階へのドアを開き、
日本人選手たちの成長を可能にした」

――かつて日本のテニスクラブでコーチをしていた経験から、日本のテニス選手、選手たちの親、そしてコーチたちをどのように評価していますか。

「私が実際に日本で働いていたのは、とても昔のことだ。それよりも現在、私は森田あゆみのコーチと近しい状態で働いている。

 私が日本で働いていたときのコーチの役割は、教育者であり権威者としてのものだった。つまり、あまり民主主義的なものではなかったんだ。しかし、あゆみのコーチである丸山淳一コーチは、そのキャリアを通して多くの経験を積んでいる。あゆみが大きな目標を達成することをサポートする、という彼自身の探求の中で、より民主主義的な姿勢や立場をとっている。

グロエネフェルトはアディダス・プログラムの一環として、森田あゆみ&丸山淳一コーチと働く機会が多い。森田の能力、丸山コーチのオープンで民主的なアプローチを評価している

 私が日本にいたときは、組織構造における問題もあり、日本のコーチングは非常に権威的・独裁主義的なものだった。現在におけるコーチングは、よりオープンになる必要があるし、同時に経験と専門知識をもった国際的なコーチを迎え入れる必要があると思う。そうすれば、よりすぐれたコーチになるために、日本のコーチたちが世界水準の考え方やコーチング方法をシェアすることができるからね」

――選手たちの親についてはどうでしょうか。

「日本では、ジュニア選手の親たちが子供たちの育成に大いに介入している。親がチームの中で大きな発言権をもっているんだ。コーチは“親の役割”について、彼らを教育する必要がある。選手の親に求められているのは、あくまで『チームのサポートをする』という役割だ。

 もし、親自身が選手たちのコーチになりたいのであれば、チームの中で、どういったことが彼らの役割なのかをはっきりと明確にしておかなければならない。いったい誰がコーチなのか、親なのか、それともプロのコーチなのか。各々の役割が非常に明確にされ、そして、各々がその役割をはっきりと自覚していなければならないんだ。

 多くの親が、常に多くの問いや疑問を抱えていることは間違いない。しかし、親がいつもコーチに質問をしたり、その疑問をぶつけてきたりするとは限らない。なぜなら親たちは、『たぶんプロのコーチは、より多くの知識を備えている』と感じてはいるが、同時に、コーチが言うことを完全には信じていないか、受け入れることができていないからだ。心のどこかで『自分の子供のことは、自分が一番よくわかっている』と思っているからだ。

 そして、そのことがチームのバランスの崩れを生み出すことになる。コーチと親の関係は改善されなければならない。コーチは親に対し、問題のある部分についてはっきりと告げる必要があると思う」

――日本のプレーヤーについてはどう考えていますか。

「日本のプレーヤーという観点から言えば、彼らはより自立し、自分が経験したり感じたりしたことについてもっと口に出し、もっと言葉でコーチに伝えるようにする必要があるだろう。日本の慣習の中では、自分をさらけ出したり、自分の考えを説明したりするのは非常に難しいことなのだな、と私は感じた。日本では目上の者、権威者に対しての慣習的な敬意があり、一般的には上に立つ者に言われたことをそのままやってしまう傾向がある。

 まだツアーでプレーしているクルム伊達公子や、かつてプレーしていた松岡修造は、いずれも明らかに強い性格、個性の持ち主だった。この2人に限らず、飛び抜けた成功を収めた日本人アスリートは皆、強い性格と個性を備えている。彼らは、その性格、個性を養うことを許されていたのだろう。そして、彼らはそのことを可能にする、ある種のサポート・システムを謳歌していたのだと思う」

――日本テニス界は過去20年にわたり、個人スポーツであるテニスにおいて、その望ましく必要な個人の自立を許す形で発展を遂げてきたのでしょうか。

「そう思う。現在、プロツアーには、男子も女子も多くの日本人プレーヤーがいる。言うまでもないが、男子では錦織圭、添田豪、伊藤竜馬が、そして女子では森田、クルム伊達、土居美咲がいる。こうした変化のおかげで、今後もより若いプレーヤーたちが頭角を現し、名を挙げていくことができるようになるはずだ。そうした発展を、男子と女子の双方のツアーで見ることができるのは本当に素晴らしいことだよ。

 ただし、権威あるコーチが規律を教え込む必要がまだあるかもしれない。また、規律を教えるという仕事は親にも課せられている。そしてなにより、コーチが洞察力と決断力をもって、プレーヤーが自分の個性のためのスペースをより必要としているのか、あるいは確固たる指導と方向性を必要としているのかを、はっきりと識別しなければならない。いずれにしても、日本でのコーチングの発展が、日本テニスの新たなる段階へのドアを開き、日本人選手たちの成長を可能にしたんだ」

松岡修造

クルム伊達や松岡は強い性格・個性の持ち主であり、コーチを含めた周囲はその性格・個性を養える環境をつくっていたのでは、とグロエネフェルトは考える。そして、そのことこそが、日本の選手とコーチに求められる資質のヒントとなる

Theme4|オレンジ・コーチ&PTCAとは

Theme4|オレンジ・コーチ&PTCAとは

「コーチの能力と地位の向上により、
テニスというスポーツ自体を
向上させることができる、
と信じている」

――あなたは『オレンジ・コーチ(www.orangecoach.com)』の共同オーナーです。オレンジ・コーチとはどのようなもので、現在のテニス界にどのようにフィットしているのでしょうか。

「プロのテニスコーチの役割を確立させ、地位を向上させたいという私の野望から『オレンジ・コーチ』は発生しているんだ。プロのテニスコーチたちが、ウェブで自分の履歴や資格をインプットして公開するプラットフォームを用意し、それを通じて職を探したり、コーチを探している相手に雇用できるコーチ候補としての自分をPRしたりする、というものだ。かつてはクローズなものだったが、最近はサイトをよりオープンなものにしている。

 23年前にこの仕事を始めて以来、どんな正式な常設コーチ団体も、コーチ協会も、コーチ組合も、コーチの実りやコーチを助けうる事柄に大きな注意を払っていなかった。常にプレーヤーがすべてであり、もっとも重要なものだったんだ。かつて、そして今も、コーチは自分が指導する“プレーヤーの成績”によってのみ、その存在を認識され、評価されている。彼らがこのスポーツにもたらしている目に見えない部分や、絶対的な能力によって認められることは少ない。私は、コーチたちの能力と地位を向上させることによって、テニスというスポーツ自体を向上させることができる、と信じている。

 そして、この『オレンジ・コーチ』は、テクニックや戦術のアドバイスだけではなく、プロコーチのキャリアのプランニングや、彼らが名声を築くことをサポートすることによって、コーチの地位向上に尽力しようというものなんだ。だから、ロバート・ファンデンブートと協力し、『オレンジ・コーチ』の共同創設者になったとき、コーチに対する単なる職探しのプラットフォームをつくるということにとどまらず、常にコーチを気遣う、ということが重要な点だった。

 具体的に言えば、コーチたちが最良のコンタクトを得られるようにし、彼らに契約の条項について、あるいはコーチとしての能力向上についてのアドバイスを与える。私たちは、可能な限り多くのコーチたちと接触し、彼らがコーチとして、また人間として成長する機会、キャリアにおける新たなチャレンジを探す機会を与えたいと願っている」

――あなたはまたPTCA(プロテニス・コーチ協会)の創設者のひとりでもあります。

「PTCAは、プロツアーを回るコーチたちを援助することを目的とした、どちらかというと労働組合のような組織だ。全米プロテニス協会(USPTA)や、プロテニス・レジストリー(PTR)、GPTCA(グローバル・プロフェッショナル・テニスコーチ協会)がやっているような、育成の仕事はしていない。プロコーチの組合のようなものなんだ。プロツアーのコーチが法的問題や道徳的・実用的問題を抱えてPTCAをたずねてきたなら、私たちは解決するには何をすればいいかを彼らにアドバイスする。

 またPTCAはプロフェッショナルのテニスコーチが持つべきレベルの基準を設ける。PTCAを通し、私たちは野心に燃えるコーチたちが、プロコーチへの道を切り開く際の土台とすべき、基準値を生み出すことができる。簡単に言えば、PTCAはツアーを巡るプロコーチや、プロプレーヤーといっしょに働いているコーチたちのスタンダードを保護するために創設されたんだ」

『オレンジ・コーチ』がテニスコーチの能力・地位の向上、さらにはテニスというスポーツの向上に結び付くとグロエネフェルトは考えている

続きを読むには、部員登録が必要です。

部員登録(無料/メール登録)すると、部員限定記事が無制限でお読みいただけます。

いますぐ登録

Pick up

Ranking of articles