福井烈の本音でトーク_第31回ゲストは鈴木大地さん(88年ソウル・オリンピック100m背泳ぎ金メダリスト)

(※原文まま、以下同)1988年ソウル・オリンピック水泳100m背泳ぎで、鈴木大地さんが見せたバサロキックはあまりにも有名。予選レースの結果を受け、決勝レースで得意のバサロキックを通常の21回から27回へ増やし、その作戦が功を奏して見事栄冠を手にした。あのときの感動は今も多くのスポーツファンの心をとらえてやまない。あれから12年。鈴木さんは今、指導者としての道を歩んでいる。【2001年1月号掲載号|連載31回】

鈴木大地さん

すずき・だいち◎1967年3月10日、千葉県生まれ。順天堂大学大学院体育学研究科修了後、同大学スポーツ健康科学部講師を経て、98年2月から2年間、アメリカのハーバード大学にコーチ留学、今年2月に帰国した。1988年ソウル・オリンピック・水泳100m背泳ぎで金メダルを獲得。その際のメダル獲得への秘策としてとった 「バサロキック」はあまりにも有名。メダル獲得時の記録、55秒05の日本(アジア)記録は、この12年間破られていない。現在は順天堂大学水泳部監督として後進の指導に当たっている。

福井烈プロ

ふくい・つよし◎1957年福岡県生まれ。柳川高校、中央大学を経て、1979年にプロ転向。過去、史上最多の全日本選手権優勝7回を数える。10年連続デ杯代表、9年(1979〜1987年)連続JOPランキング1位の記録を持つ。1992〜1996年デ杯日本代表チーム監督。現在は、ナショナルテニスセンターの運営委員長を務める。ブリヂストンスポーツ所属。本誌顧問

もう少し完璧に追い求めてみたらどうなるだろう……そういう好奇心が、次への挑戦になる(鈴木)

福井 昨年のUSオープンの会場で何回か姿をお見掛けしていたんですが、なかなか声を掛ける機会がなくて…。

鈴木 いえいえ、こちらこそ(笑)。

福井 テニスはおやりになるんですか?

鈴木 少々(笑)。テニスは最初、大学の授業でやったんですが、その後、アメリカでの研修期間中にやったりしました。テニスは社交スポーツですし、友だちも増えるので、やっていました。

福井 アメリカはJOCの在外研修プロジェクトで、2年間、コーチ研修に行っておられたんですよね。その話はちょっとあとでさせていただくとして、今はシドニー・オリンピックが終わったばかりなのでその話をさせてください。僕もテニスの監督としてシドニーに行っていましたが、残念ながら結果は残せませんでした。あの中にいると、ほかの競技の日本人の様子というのはなかなかわからないものなんですが、日本に帰っていろんな映像を見ると、日本の水泳陣がすごくがんばったんだなあと思いました。専門家の鈴木さんはどう見ていらっしゃるんですか? もうちょっとやれたんじゃないか、あるいは上出来だとか、素直な気持ちを聞かせてください。

鈴木 そうですね。金メダルこそなかったんですが、銀が2個、銅が2個の合計4個メダルを取りました。複数のメダルを取るということは水泳では久々なんですね。ですから金こそありませんでしたが、成功というふうにとらえております。

福井 実力通りということですか?

鈴木 ほぼ期待通りの結果と言っていいと思います。

福井 話が遡りますが、水泳のオリンピック代表の選手選考会についてうかがいたいんですが、テニスの場合はソウル・オリンピックから正式種目にカムバックして、選考会はその頃、アジア地区、アメリカ地区というように地区予選を行っていました。ご存知の通り、テニスの試合は年間いろいろありまして、そうなるとそこにオリンピック予選が入るとスケジュール的に非常に厳しいということで、予選は無理ということになりました。そこで通常使用している世界ランキングで選ぶことになったんです。そういうことからテニスでは一発勝負の代表選考会はありません。ところが水泳ではその方法をとっていて、今いろいろな問題が起きていますね。トライアルか、セレクトかといったところは、鈴木さんはどうお考えですか?

鈴木 難しい問題なんです(笑)。

福井 はい(笑)。その問題はテニスにもあることで、例えば世界の大きな大会に派遣するジュニアを選ぶときなど、一発勝負で選ぶのか、それともセレクトするのかっていう問題が必ず出てきます。これはどの競技も永遠の課題と言うこともできると思います。

鈴木 水泳の場合は、これまで一発勝負という形でやってきたいきさつがあります。ところが、それで解決しない問題もあるわけです。ここが本当に難しいところで。一応、公平さを保たないといけないわけで。我々がテニスなどと違うのは、水泳という記録競技の中にオリンピックの勝負、これはものすごい大きな成功か失敗かの評価を問われるところなんですね。そうすると、いざというときに力を出していけるかどうかが問われるわけです。ということは、そういう点を考えると、一発勝負がよろしいんじゃないかということになります。でも、これはちょっと難しい問題です。

福井 確かに(一発勝負の)1回で実力を出せないと、本番でも力を出せないという意見があるのもわかるような気がしますね。水泳の話題でもうひとつ…今回、話題になったのが、科学の発達といいますか、全身を覆うような水着の話題がありましたよね。

鈴木 ええ、そうでしたね。

福井 あれはどの程度、速くなるものなのか。テニスなら、ラケットがウッドから今使っているグラファイトやチタンなどに変わるというようなことになると思いますけど、その違いはスピードを大きく変えていきました。

鈴木 そうでしたね。水泳では今年、“鮫肌”というように言っていますが、全身を覆うような水着が出てきました。これはメーカーのデータなんですが、同じ実力の選手ふたりのうち、ひとりが鮫肌を着ることによって、その違いはどうかというと、7%から8%くらい水の抵抗が減るということらしいんですね。それが記録に換算するとどれくらいに相当するかは僕にもわからないんですけれども、従来の水着と鮫肌の両方を着たことのある選手に言わせれば、「大地さんの時代にもこれがあったらよかったのにね」ということを言います。やはり記録の短縮に影響しているんじゃないでしょうか。

テニスは今、各クラブ、各学校とコミュニケーションをとることが課題。

テニスは今、各クラブ、各学校とコミュニケーションをとることが課題(福井)

福井 日本の開発のレベルというのは?

鈴木 トップクラスだと思います。

福井 僕は中央大学の出身で、最近のことですが、水泳部の練習を覗いたことがあります。そのとき、選手の体をロープで前からグッと引っ張って泳ぐトレーニングを見たんです。

鈴木 ええ、あります。

福井 僕は今まで後ろからロープで引っ張って泳ぐ、抵抗をつけて泳ぐトレーニングは見たことがあったんですが、中央大学で見たのは、体を前から引っ張っていて、それは世界記録のスピードを体感するということらしくて、正直なところ驚きました。

鈴木 ええ。それは我々の業界でアシステントトレーニングと言って、要するに神経に働きかけるといいますか、早く泳ぐということはどういうものなのかを体感させる練習なんです。水泳は単調なスポーツですから、いろいろと練習方法を開発して、試行錯誤しながら、いい方向へ持っていこうとしているのが現状なんです。

福井 すごいですね。トレーニングもどんどん進化しているんですね。ところで、どんなスポーツでもそうですけど、トップレベルに到達するためにはいわゆるプロジェクトチームを組んでいかないとむずかしいと各競技で言われています。鈴木さんはアメリカに1年間行かれて、そういうことについて、指導のシステムとか方法をどのように感じられましたか?

鈴木 システムについてですが、我々は日本で大学の教員をやっていて、大学の授業と、部活動の指導者という2つの仕事をやっています。厳密に言えば研究もやらないといけません。ところが向こうは、教員は教員、コーチはコーチと、完全に分かれていて、そこのところが全然違うと思いました。これは教員の話なんですけど、またクラブコーチはクラブコーチで、プロフェッショナルとしてやっています。その辺のところがまだまだ日本は整っていないと思いました。

福井 今、世界では各競技とも低年齢化が進んでいて、テニスでも女性で言えば 16歳で世界一になったりして、もう10代でなければなかなか活躍できないという感じになってきています。ところが、水泳もそうだと思っていたんですが、鈴木さんが書かれたある文章を読んだところ、どうやらそういうことでもなさそうですね。

鈴木 ええ、ピークというのが変わってきたんです。もちろん10代でチャンピオンになる選手もいるんですが、あるいは30代近くになってチャンピオンになる選手も、世界記録まで出す選手も最近は出てきました。非常に選手層が広がってきています。これはいいことだと思います。

福井 その選手層が広がった理由は?

鈴木 やはり…若い人たちの活躍はこれまで通りなんですけど、問題はその上の方の人たち。上の方の人たちが、今は水泳でプロの形でお金を稼ぐことが認められてきて、賞金レースだとか、スポンサーがついたりだとか、「そういう形で食べていけるようになってきました。それから…トレーニングの改善ということもあると思います。私たちの頃は、毎日毎日全力で練習していたんです。ですが、今は毎日全力をだすことはしません。軽い負荷で行うトレーニングも効果的だということがわかってきたのです。つまり、身体的にも、精神的にも余裕を持って、楽に継続できるようになってたんだと思います。その辺が競技生活が長くなった理由ではないでしょうか。

福井 鈴木さんはアメリカでの2年間の生活で、もちろん水泳の勉強に行かれたと思いますが、昨年はUSオープンをご覧になったりとかいろいろな競技を見て勉強なさっていたと聞きました。そこで我々も勉強させていただきたいと思うんですが、テニスと水泳をご覧になって共通点などはありましたか?

鈴木 ええ、そうですね。子供の頃にクラブでやっていくという形は、共通するのではないかと思います。それと、もう少し踏み込んだ話をすれば、プロアマ、いろんな競技がありますけど、最後は人間のプライドを掛けた戦いなのかなと僕は思いましたね。何々オープンで優勝すれば、何千万円というお金が入ってくるのかもしれませんが、その試合だけを見ると選手がプライドを掛けて戦っている。それはスポーツ全部に共通しているものなのかなって思いました。あの、逆に僕からもお聞きしたいんですが…水泳もテニスもクラブでがんばるというところで同じだと思うんですが、例えばテニスクラブなど一貫指導システムなどは、すでに構築されているんじゃないですか? その辺はいかがですか?

福井 そうですね、以前は確固たるものがなかったんですが、今は新しく作り出しているところです。テニスの現状は、テニスクラブ、学校の両方から強い選手が出てきている状況で、運よく、偶然に、強い選手が出てきて、さらに強くなっていったというのが現状なんです。システマチックにその選手を強くしようと、育てて出てきた選手ではありません。その辺りが今の問題で、各クラブ、各学校ともっと早い段階でコミュニケーションをとりながらやっていかないといけないと話し合っているところなんです。

鈴木 なるほど、そうですか。

福井 実は松岡修造君は小学校の頃、水泳の記録保持者で、神尾米さんも水泳をやっていました。水泳は全身運動ですよね。軽く泳げばストレッチ効果があって、全身の筋肉を使いますから、バランスという点からもすごく体にいいです。だから子供の頃、水泳をやっていて強くなったテニスの選手というのはすごくたくさんいるんです。泳ぐこと、走ることもそうですけど、それはすべての競技の基本という気がします。

ジュニアには大いに失敗してくれって言いたい

ジュニアには大いに失敗してくれって言いたい。それは誰がどう教えようと、自分で学んでいく経験にはかなわないので(鈴木)

鈴木 ひとつ今、言われたことでストレッチ効果とおっしゃいましたけど、僕も水泳をすごくおすすめします。例えばテニスの練習をされたあとに、クーリングダウンとして泳ぐとか。サッカーの選手も陸上の選手も、今は結構水泳をやるんですよね。自分の専門の競技をやったあとに、水の中に入ってクーリングダウンするという、それは科学的にもいいことじゃないかと思います。故障も減るんじゃないでしょうか。そうしたことからも、日本はテニススクール、スイミングスクールというものだけではなく、もっと総合的なスポーツクラブを作ってほしいですね。

福井 そうなんですよ。クラブでたくさんいろんなスポーツが経験できるように。子供たちはいろいろ経験して、中学校くらいからひとつの競技にしぼっていけるような環境です。

鈴木 いいですね、それ!

福井 と、いつもこの対談でそういう話になるんです(笑)。

鈴木 ははは(笑)。拝見しています。

福井 日本のスポーツが変わっていくようになるといいですね。水泳界のこれから、展望と言いますか、もちろん今回のすばらしい活躍は言うまでもないことですが、僕はまだまだもっと活躍できるんじゃないかと思いますが、鈴木さんはどんなふうに考えていらっしゃるんですか?

鈴木 やはり水泳は金メダルを取って、初めて本当の意味で評価される競技と言いますか、そういう競技なので、それは過去も今もそういう形で。ですからやっぱり金メダルを目標にしていくことになります。今、水泳界全体の目が世界にグッと向いているところなんですね。だから非常に高い意識でやっていけるような気がしています。そういう高い目標さえあれば、実力がついていって上がっていくんじゃないかと思うんです。来年は水泳の世界選手権がありますし、これが2004年のオリンピックにつながっていくと思います。今年、本当に盛り上がりましたから、もっともっと行けるんじゃないかと思うんです。

福井 鈴木さんはこれから世界的な選手を育てるという方向で進まれるんでしょうか?

鈴木 今年、初めて強い選手を作りたいなと思いました。だから今は地道に行きたいと思ってます。指導者としてがんばります。

福井 そういう意味でも、またぜひ情報交換をさせてくださいね。

鈴木 ぜひぜひ、こちらこそよろしくお願いします。

福井 最後に金メダリストの鈴木さんにうかがいたいんですが、力を発揮するスポーツ選手というのはどんな選手だと思いますか?

鈴木 そうですね…ひと言で言うと、自分を持っている選手って言うんですか。日本だと、ときとして変わっている人というふうにとらえられてしまう場合があるかもしれませんが、アスリートとして、自分を持っている自分を貫いていける選手が力を発揮する選手だと思います。だから、ときに楽しむようなことも必要でしょうし、また、羽目を外したり、あるいは緊張したりすることも必要でしょう。そういう意味で、人にとらわれることなく、自分自身を押し出せる人がそういう選手になるんじゃないでしょうか。

福井 鈴木さんは、自分を貫く中でも、楽しむことも大切、けれども捨て身でいくことも大切というような言葉を文章にされているのを拝見しましたが、その両方をジュニアが受け入れるのはなかなか難しいような気がします。.

鈴木 そうですね。でも、だからこそ私はジュニアには大いに失敗してくれって言いたいんです。それは誰がどう教えようと、自分で学んでいく経験にはかなわないので、だからこそジュニアにはいろんな経験をしてもらって、そこから何かを学んできてほしいと思います。

福井 まずは捨て身でいきなさいと。

鈴木 そうですよ。まずは失敗してでも…その後、成功があれば失敗とは呼びませんから。私は常に全力で戦っていって、課題を見つけていければ、また次はこうしてみようという欲が出てくると思うんです。いつだって100%やったと言うことはなかなかできないと思うんですね。テニスもそうでしょうけど、あそこでああしておけばよかったというようなことって、必ずあると思うんです。だからそのことに対して、もう少し完壁に追い求めてみたらどうなっていくのかなっていう好奇心…それが次に繋がっていくんじゃないでしょうか。

福井 なるほど…ありがとうございました。また勉強させてください。

鈴木 こちらこそ(笑)。

対談を終えて

 鈴木大地さんのお話は、サバンナに降り注ぐスコールのように私の中に染み渡ってきました。雄弁ではあるけれども物静かで、理路整然と語られるひとつひとつのお話が、新鮮な驚きを私に与えてくださいました。

 日本中が驚愕し、感動したソウル・オリンピックでの金メダル。その勝利のために仕掛けた大きな賭け。バサロキックという未知の世界への挑戦。対談前に胸躍らせて読んだ鈴木さんの秘話を思い、ご本人の口から発せられる言葉のひとつひとつに、裏づけされた独自の理論や、冷静な分析力を感じ、今またあの金メダルの感動が、もっともっと大きな渦となって蘇ってきました。金メダリスト偉大なり。

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