全豪オープンで見た女子選手の中で誰がもっとも印象に残っているかと聞かれたら、劇的な優勝を飾ったアンジェリック・ケルバーでも、女王セレナ・ウイリアムズでもない。浮かんでくるのは、大坂なおみのシャイな表情だ。大阪で生まれアメリカで育った将来の女王候補。大坂なおみの実力は“本物”なのか?【2016年5月号掲載】

女王の資質を持った18歳

大坂なおみセレナ2世になれるか?

写真◎BBM、Getty Images

親はハイチ出身、母親は日本人。大坂なおみは97年10月、大阪で生まれた。1歳上に姉の「まり」がいる。

 3歳のときに家族でアメリカへ移住。その後、姉妹そろって父親の手ほどきを受けてテニスを始めた。父親にテニスの経験はなかったが、自宅から近い公共のテニスコートで古いボールを使い回しながら、テニスの楽しさを覚えていった。

 だが、あるときから楽しい時間が減った。姉になかなか勝つことができなかったからだ。それでも悔しい想いが成長の糧になる。やがて姉を追い越し、引き離していった。

 同世代の少女たちと比べても才能があるのは誰の目にも明らかだった。しかし、父親はジュニアの大会には出場させなかった。その方針もそうだが、黒人であり、父親がコーチを務め、姉より妹のほうがセンスがある…と来れば、まるでビーナス&セレナのウイリアムズ姉妹と同じ境遇だ。

 大坂がその名を世界に轟かせたのは2014年の夏。アメリカ・スタンフォードで予選を突破し、WTAツアー大会に初出場を果たしたときのことだ。406位の無名の日本人選手が、1回戦で19位のサマンサ・ストーサーを下したのだった。「新星16歳、みなぎるパワー」と当時の新聞は伝えているが、あれから2年半、今年の全豪オープンでついにグランドスラム初出場を果たして3回戦に進出。その力を世界中のテニスファンに知らしめた。

 こんな逸材をアメリカが放っておくわけがない。USTA(全米テニス協会)はフルサポートを約束し、強力なアプローチを仕掛けているという。しかし、これも父親の方針で、大坂をアメリカではなく日本で育てる覚悟を決めている。本人も日本のほうがいいと、その気だ。すでに日本代表のナショナルチームに選出され、ナショナルセンターで練習する機会も増えている。

 18歳という若さもそうだが、何よりもまだ未完成な部分が多く、のびしろに大きく期待できるというのが関係者たちの共通した意見。テクニックも、メンタルも、フィジカルも、鍛え方によってはまだまだ伸びるということだ。

 快進撃を続けた全豪オープンだったが、3回戦で元女王のビクトリア・アザレンカには1-6 1-6の完敗に終わった。しかし直後の記者会見で、大坂は笑顔を見せてこう口にするのだった。

「正直、負けてよかったかなと思う。勝って学ぶことよりも、失敗して学ぶことのほうが、多いはずだから」

 かつてグランドスラムの3回戦で敗れ、こんなコメントを残した日本選手がいただろうか。漂う女王の予感。大坂ならやってくれるかもしれない。

日本語は話せず、英語オンリー。それでも“日本人より日本人っぽい”雰囲気をもっている。目標は「世界1位と多くのグランドスラムタイトルを獲ること」、そして「東京五輪の代表になること」だ

大坂なおみに関する証言

大坂なおみに関する証言

岩渕 聡(元デ杯選手)

「僕のイメージではパワープレーヤーだったんですけど、(全豪では)パワーに頼らないでプレーしていた印象です。いざとなったらパワーも出せるんだけど、それを抑えてポイントを重ねるパターンが多かったように思います。ストロークで相手に振られたときの身体のバランスが非常によいです。男子っぽい動きというか、振られても耐えられるところが目を引きました。

 トップ10に入るとか入らないとか、そういう話が出てくる選手ですよね。時速200kmのサービスは打てと言われても打てるものではないですから。早い段階でトップ50に入っていくんじゃないですか。あとは今後、彼女がどういう環境を選び、そこでやっていくのか。サポート体制が重要になってくると思います」

植田 実(日本テニス協会GM、デ杯監督)

「もっとメディアが取り上げてもいい選手なのにと、ずっと思っていました。あのサービスのスピードは日本女子、いや世界でもなかなか出せる選手は見当たらない。ただ、パワーばかりに目がいきがちですが、非常に粘り強さもある。淡泊に見える部分があるかもしれませんが、しっかりと意志を持ってプレーしています。

 まだまだ持っているものの半分も出せていない。本人も自分のプレーをよくわかっていない部分もある。それでも、この位置まで来たことが驚きです。ファンから愛される選手だと思いますし、周りが協力してくれる雰囲気を持った選手。これからいろんなことを身につけていけば、どんな選手になるかとすごく楽しみです」

坂本正秀(WOWOWテニス解説者、JTA公認S級エリートコーチ)

「スポンジのような吸収力があり、成長のレベルが早いです。時速200kmのサービスもすごいですが、柔らかさも持っていて、そこに注目しています。一番の魅力は、ボールをギリギリまで身体に引きつけて打つことができる才能があること。だからパワーが出るのであって、それはセレナ・ウイリアムズの特徴でもあり、非常に似ている部分だと感じました。バックハンドの逆クロスは破壊力抜群です。

 全豪では予選を突破しての本戦入りでしたが、勝って当然というメンタルの強さ。自分のテニスができれば誰が相手でも勝てるという自信が見てとれました。できればネットプレーを練習してほしいですね。ダブルスにも積極的に出場するなどして、シングルスに活かしてほしいと思います」

杉山 愛(スポーツキャスター、元プロテニスプレーヤー)

「前から結果などは気にしていたものの、じっくりと見る機会がなかったのですが、今回の全豪でやっと見ることができて……いや、しびれました。今まで日本選手であれほどのパワーを持つ選手というのはいなかったですし、単にパワーがあるだけではなく、そのパワーをしっかりとボールに伝えられている。想像していた以上に守備力もあって、以前は攻撃力が前面に出ていたと思いますが、今回(の全豪)は攻守のバランスがよく、とても我慢強く戦っている印象を受けました。練習の成果が出ているのでしょう。

 今は勢いもあるし、ノンプレッシャーで戦えていると思うのですが、これからですよね。いろんなタイプの選手がいて、研究もされてくると思いますので、次第にハードルも上がってくると思います。でもそれを経験し、またクリアしていくことによって実力もついてくるはず。とにかく魅力的な選手であることは間違いないです」

クルム伊達公子(プロテニスプレーヤー)

「日本人選手が欲しいと思っている身体能力は十分に兼ね備えているが、まだ使い切れていない印象。経験を積んで、その能力の高さを活かすテニスができれば、大いに化けるでしょう。現時点ではパワーに頼り過ぎていて、自身のアドバンテージを活かしきれていない。サービスを鍛えればさらによく、これからはフィジカルも鍛えないといけないし、すべてにおいて勉強し、経験を積むことが重要だと思います」

福井 烈(元デ杯監督、日本オリンピック委員会理事)

「全豪でのプレーは驚きました。つなぐボール、打つボール、そのメリハリが効いていて、すごくプレーの精度が上がっていました。特にリカバリーショット。以前は相手に攻められたときの返球に対して強引に打ったり、身体のバランスを崩してミスが出ていたんですが、その部分のレベルが非常に上がっていました。

 エースをとれるパワーが魅力ですが、今後は安定感も求められるでしょう。セレナ・ウイリアムズもパワープレーヤーの印象が強いですが、勝つときは攻守のバランスのよさが光ります。打つときは打ち、つなぐときはつなぐ――ポテンシャルの高さ、可能性はすごく感じる選手です。今が一番、伸びている時期で、そういう意味でも、この一年がすごく大切になると思います」

丸山淳一(森田あゆみプロ専属コーチ)

「あれだけのファーストサービスを打てる日本女子は彼女だけ。あのサービス、肩の強さは大きな武器ですよね。ただ、パワーでボールにスピードは出てますが、本当の意味で身体の使い方、バイオメカニクス的にすごく優れたところを発揮してのボールではないので、まだショットのクオリティーは上がるかなと思います。技術的なのびしろは、すごくあると感じます。

 日本の環境で育ってないので、テニスに対する考え方が日本人的ではない部分はあるでしょう。日本人のメンタリティーをプラスしてやっていくのか、逆に日本人としてのメンタリティーを注入せずにやっていくのか。彼女の将来に大きく影響していく部分だと思います。下(の大会)でポイントを取ろうなんて必要はないので、上(の大会)にぶつかっていったほうがテニスも伸びるし、結果も出る選手だと思います」

大坂なおみのサービス、バックハンド、フォアハンド

サービス|Service

時速200㎞を記録する
大坂の最大の武器

 以前は力任せに打っていた印象があるが、全豪ではコントロールを重視し、明確に意図を持って打ち分けていた印象が強い。サービスのフリーポイントを増やしたいのは当然だが、サービスからの組み立てでポイントを奪うパターンができると大きい。ファーストサービスの使い方、それ以上にセカンドサービスの精度が今後の課題になる。

バックハンド|Backhand

ボールを引きつけて打つ
破壊力抜群のショット

 坂本氏が(前述)指摘するように、ぎりぎりまでボールを引きつけ、そこから素早いスイングでパワーを生み出している。相手が大坂のフォアハンドを避け、バックハンド狙いでくることが多いため、このショットの安定感は必須。甘いボールがきたら、強打できるだけの破壊力は身についた。スライスを自在に操ることができれば、さらに幅が広がる。

フォアハンド|Forehand

トップ選手にも打ち負けない
パワーに安定感が加わる

 ボールの勢いで押し切ろうとしていた部分があったが、攻守を見極め、より的確なショットを選択できるようになった。特にディフェンス面での成長が大きく、振られて後手に回ってミスではなく、そこからイーブンに戻せる力がついた。緩急の使い方を意識し、ポジションを落とさずに前で叩けるようにもなったことも成長の証。

大坂なおみ使用アイテム/DATA/年表

大坂なおみ使用アイテム

(注)記事掲載時のまま

Racket|ヨネックス『E ZONE DR 98』

String|ヨネックス『POLYTOUR PRO 130』(メイン)、『AERON SUPER 850』(クロス)

Wear|アディダス『Wアディゼロ タンク』『Wアディゼロ スコート』

Shoes|アディダス『アディゼロ ウーバーソニックW』

大坂なおみDATA

「前はただボカスカ
打っていただけ。今は我慢して、
ちゃんとコートに入れることを
一番に考えている」

生年月日/1997年10月16日(18歳)

身長・体重/180㎝69㎏

出生地/日本・大阪府大阪市

家族構成/父・レオナルド、母・環、姉・まり(プロ)

憧れの選手/セレナ・ウイリアムズ

好きな食べ物/焼肉&エビフライ

大坂なおみ年表

1997年10月

大阪で生まれる

2001年

アメリカに移住

2012年3月

米・フロリダ州ITF大会(2.5万㌦)に初出場、予選1R敗退

2012年7月

米・インディアナ州ITF(1万㌦)で初のWTAポイント獲得

2012年10月

1016位で世界ランキングに初登場

2013年5月

米・テキサス州ITF(2.5万㌦)で準優勝

2013年9月

WTAツアーの東レPPOテニス予選出場も1回戦敗退

2014年7月

WTAツアーのスタンフォード大会で当時19位のストーサーを下して準優勝

世界ランキングは406位から272位へジャンプアップ

2014年10月

大阪のWTAツアー(JAPAN WOMEN’S OPEN)で2回戦進出

2015年5月

岐阜のカンガルーカップ(ITF5万㌦)で準優勝、トップ200入り

2015年6月

グランドスラム初挑戦、ウインブルドン予選は1回戦敗退

2015年8月

USオープン予選は2回戦敗退

2015年10月

WTAライジングスター・インビテーショナルで優勝

2015年11月

タイのWTAツアー(12万5000㌦)で準優勝

2015年12月

豊田ITF(7.5万㌦)ベスト4、143位でシーズン終了

2016年1月

オーストラリアン・オープンで予選を突破してグランドスラム初出場、3回戦に進出

2016年2月

メキシコ・オープン8強入りで自己最高106位を記録

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