錦織圭「されど戦いは続く」_2019年USオープンレポート

第7シードから臨んだ10度目のUSオープン、20代最後のグランスラム大会は3回戦敗退に終わった。準備不足だったのは明らかで、前哨戦も未勝利となれば、予想できた結果と受け入れるしかないだろう。----補足◎錦織はこの試合を最後に戦列を離れ、右肘の故障のため手術を受けた。治療、リハビリの時間を過ごし、2020年USオープンに挑む。【2019年11月号掲載記事】

文◎武田 薫 写真◎毛受亮介

故障からの準備不足で崩れた戦術
フェデラーとの時間が新たな旅立ち

USオープンの会場には、練習コートとプレスレストランの間にちょっとしたテラスがある。そこで中国テレビ局の取材を終えたマイケル・チャンがロッカールームに引き揚げて行った。小脇に2本のポールを抱えて――。

 錦織圭は、練習コートのネットに2mほどのポールを2本たてかけ、軌道の位置を確認しながらサービス練習を繰り返していた。その風景が、錦織の現状を示していた。サービスの感覚がつかめないまま大会を迎えていたということだ。

 20代最後のグランドスラム、10度目のUSオープンは、ラケットバッグに疑問符を詰め込んで始まった。

 ここまで、決して悪いシーズンだったわけではない。開幕戦のブリスベンでツアー12勝目を挙げ、グランドスラムはオーストラリア、ロラン・ギャロス、ウインブルドンとベスト8を確保してきた。昨年からメジャー5大会連続のベスト8進出で世界ランクはトップ10を維持し、8月には5位に達している。同世代のミロシュ・ラオニッチやグリゴール・ディミトロフらと比べれば、むしろ円熟と受け取っていい上々の結果だったが、期待が膨らむほど小さな疑問が大きく見えてくる。

 全仏で5セットマッチを2試合、特にブノワ・ペールとの2日間にまたがった3時間55分の激闘で右腕を痛めた。大事を取ってハレを欠場し、ウインブルドンは昨年に続いて8強までコマを進めて順調な回復に思えたが、そこから藪の中に入った。

 長いヨーロッパ遠征を終え、USオープンに向かう8月のアメリカンシリーズは、ツアーファイナルを目指す錦織にとって大事だ。得意のハードコートに戻り、USオープンはグランドスラム大会の中でもっとも成績が良く、2014年の準優勝、3年前と昨年のベスト4の実績がある。しかし、右腕の状態を考慮して最初のワシントンを欠場。8月8日のモントリオールの初戦でリシャール・ガスケに7-6、2-6、6-7で敗れた。3勝7敗と分の悪かったガスケはともかく、8月14日のシンシナティでは初対戦の西岡良仁にストレート負け……。

 たまたまその日、IMGアカデミーのジミー・アリアス・ヘッドコーチが大阪の江坂テニスセンターで全日本ジュニア選手権を視察していた。アカデミー出身の2人の対戦に「西岡にチャンスがある」……。西岡が好調とはいえ、それを上回る錦織の情報は届いていなかった。前哨戦が2試合だけ、1勝もせず臨むのは初めてだ。

 8月23日午後、USオープン会場と滞在先のホテルで会見が開かれた。ルイ・アームストロング・コートでファンを前に行われた公式会見で体調に関する質疑はなく、ホテルではこう話している。

「体調は戻りました。まったく問題なくフロリダで一週間しっかり練習できました」

 ツアープロが故障を真っ正直に打ち明けることはないが、表情から元気さは感じられなかった。体調は戻っていたが、大会の公開練習でポールを立てなければいけないほど準備は整っていなかった。

 1回戦の相手、予選勝ち上がりのマルコ・トゥルンヘリッティが第2セットの途中で棄権。幸先のいいスタートだが、この際、相手のことは問題ではない。2回戦のブラッドリー・クランは世界ランク108位、左のビッグサーバーだ。第1セットを6-2で奪ったが、錦織のファーストサービスの確率は35%。それでも先行できたのは、相手の確率が27%……。続く3回戦の相手が今を時めくアレックス・デミノーとなれば、そうはいかなかった。

 第1セットからサービスは不安定だ。ファーストの確率は54%でポイント獲得率は33%。サービスゲームを3度ブレークされているが、第7ゲームをラブゲームで落とし、直後の第8ゲームは逆に0-40から3本のブレークポイントを逸した。デミノーはオーストラリアでもっとも期待され、デ杯監督のレイトン・ヒューイットが手塩に掛ける20歳。スピードと駆け引きに長け、ラリーが長引けば錦織だが、平均3.77本と短くまとめられてしまった。

高いディフェンス力で錦織のミスを引き出したデミノー。錦織のショットに最後まで食らいついていった

「デミノーのディフェンスの質が良かったのはちょっと意外でしたね。体勢が崩れてからでも深く返してきた。自分のサービスゲームが簡単ではなかったので、リターンゲームに余裕がなかった。ファーストがもう少し入っていれば良かったんですが」

敗戦を受け入れて記者会見に臨む。大会後の世界ランクは8位に

 しっかり守られ、しっかり攻められ、錦織には無理な力が入って、60本のアンフォーストエラーの山を築いた。

 昨年はベスト4。今年は3回戦敗退でポイントを大きく失うものの、ランキング降下はさほど大きくはない。敗因も明確だから、大きなショックはないだろう。楽天オープンからのアジア・スウィングで巻き直しを図るが、打ってつけのニュースが飛び込んだ。

 10月14日、ロジャー・フェデラーとのエキシビション・マッチが有明で開催されることになった。フェデラーの日本でのプレーは、2006年の楽天オープン以来。シーズン中のイベントに異論もあるようだが、38歳にしてなお健在のフェデラーとの交流は、今年の暮れに30歳になる錦織にとって大きな刺激であり、貴重な経験になるだろう。今年もグランドスラム制覇の夢は果たせなかったが、常に新たな旅立ちを求めるのが、テニス人生だ。

開幕前日の練習風景。右肘の違和感は残ったままだった

ビッグ3の壁は依然分厚いが、下からの突き上げも激しい。ますます厳しくなる男子ツアーにおいて、錦織がグランドスラム優勝を成し遂げる日はいつになるのだろうか

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