今年ふたつ目となるグランドスラム「USオープン」(アメリカ・ニューヨーク/本戦8月31日~9月13日/ハードコート)の女子シングルス決勝におけるある打ちそこないのフォアハンドのあと、大坂なおみ(日清食品)はほとんどの空っぽのアーサー・アッシュ・スタジアムのスタンドにいるコーチのほうに視線を向け、『何が起きているの?』とでも言うように手のひらを上に向けて見せた。

 数秒後にまたも気まぐれなフォアハンドのミスショットが出たとき、大坂はラケットを無造作に放り投げた。ラケットは少し回転し、コート上でかたかたと音を立てた。

 驚くほど調子はずれな土曜日の序盤に大坂はミスをし続け、自ら劣勢に陥っていった。しかしそれは彼女が突如としてそのテニスのレベルを上げるまでのことで、ビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)は出だしのレベルを保つことができなかった。

 こうして最後には第3シードの大坂が1-6 6-3 6-3で挽回勝ちをおさめ、フラッシングメドウで2度目のタイトル、そしてグランドスラム通算3勝目を挙げたのである。彼女は優勝を決めたあと、コートの上に静かに仰向けに寝そべり空を見上げた。

「私はただ、1時間もかけずに決勝に負けるのはすごく恥ずかしいことだと考えていた」と大坂はコメントした。それから状況が最悪になりかけていたときに、「可能な限り懸命にトライし、情けない態度をやめよう」と自分に言い聞かせていたのだと明かした。

 そして、その姿勢の変化は功を奏した。これ以前にUSオープン決勝で第1セットを落とした女子プレーヤーが勝者となったのは、25年余り前のことだった。それは1994年のことで、アランチャ・サンチェス ビカリオ(スペイン)がシュテフィ・グラフ(ドイツ)を相手にやってのけていた。

 流れが行き来する戦いだった。第3セットで大坂が4-1とリードを広げたあとにさえ、結果がどうなるかは分からなかった。彼女は次のゲームで4つのブレークポイントを手にしていたが、――もしひとつでも取っていたら5-1からサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップを迎えていたはずだった――アザレンカはたじろがなかった。

 そこを何とかキープしたアザレンカは、それからブレークバックを果たして4-3と追い上げたのだ。彼女は続くコートチェンジで、精神的余裕があるかのように立ってストレッチを行った。

 しかし大坂はコントロールを取り戻し、続く3ゲームを連取して決着をつけた。そしてついに決勝が終わったとき、彼女はその顔を手で覆った。

 表彰式でアザレンカが「今後も決勝で逢いましょう」と声をかけると大坂は微笑みを浮かべ、「実のところ、私はこれ以上決勝であなたと対戦したくないわ」とユーモアを込めて返した。「楽しめなかったから」。

 日本で生まれ、現在アメリカに住んでいる22歳の大坂は、2018年の同大会と2019年オーストラリアン・オープンのトロフィーに新たな優勝杯を加えた。2018年の大坂はセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)に対する混沌とした記憶に残る決勝で、輝かしいパフォーマンスを披露して栄冠に輝いていた。

 フラッシングメドウのメインスタジアムの2万3000を超える観客席は、完全に空っぽという訳ではなかった。新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックのために一般のファンは観戦を許されていなかったものの、大会で働いている人々は客席にいたため完全に静かだった訳ではなかった。観戦できた幸運な者たちの中には、大坂のボーイフレンドでラッパーのYBNコーデーの姿もあった。

「今の世の中は容易な時代ではないから、テレビを観てくれている何百万という人々の前でプレーできる機会を得たことを心から感謝しています」とアザレンカは表彰式でスピーチした。「残念なことに、彼らはここにはいません」。

 確かに通常はグランドスラム大会決勝を通して何度も鳴り響く雷鳴のような拍手喝采や歓声の不協和音はなく、選手紹介のときや最初のポイントの前、素晴らしいプレーのあともスタンドが沸くことはなかった。その代わりに数人から起こる礼儀正しい拍手が、そのような瞬間にアクセントを加えていた。

 この日の大坂は、2014年にオハイオ州で警官に殺された12歳の黒人少年タミル・ライスさんの名前が入ったマスクを着けてコートに現れた。大坂は大会を通し、暴力の犠牲者となった他の黒人たち――ブレオナ・テイラーさん、 エライジャ・マクレインさん、トレイボン・マーティンさん、アマド・オーブリーさん、ジョージ・フロイドさん、フィランド・カスティールさん――にもオマージュを捧げてきた。

「重要なのは、人々がそれ(黒人への不正な暴力)について話し始めるようにすることなの」と大坂は説明した。

 ここ1ヵ月の彼女は人種差別問題に注目を引き寄せる努力という意味で、テニス界の先頭に立っていた。先月に大坂はウィスコンシン州で起きた警官によるジェイコブ・ブレイクさん銃撃事件に抗議するため試合出場を拒否した他のアスリートたちに合流し、ウェスタン&サザン・オープン準決勝を棄権する意志を表明した。しかし大会が連帯意識を示すために大会を1日休止したため、大坂は結局その準決勝でプレーすることを決めていた。


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