「テニスのバランス」をバランス指導のスペシャリスト、マーティ・スミスが徹底解説する PART1


 オーストラリア生まれでトップジュニアとして活躍、カレッジプレーヤーを経て、現在は全米でもっとも有名なニューヨーク・アスレチッククラブのテニスディレクターを務めるマーティ・スミス。彼はテニス指導において非常に重要なのが「バランス」だと言っている。そのスミスに対し、同じくテニスコーチで、 ジャーナリストでもあるポール・ファインが「バランスとは何か?」と質問を投げて、深く掘り下げていったロングインタビュー前編。テニスの上達を考えるとき、技術と戦術の重要性を挙げることはあっても、同列で「バランス」を挙げる人は少ないだろう。この特集を読むと、その考え方をあらためることになるかもしれない。(テニスマガジン2020年11月号)



指導◎マーティ・スミス

インタビュー◎ポール・ファイン 写真◎getty Images、キルステン・ナビン


「テニスでミスの最大の要因となる単独のものは、バランスの欠如です」(ニック・サビアーノ/2003年の著書『マキシマムテニス』より)


「スイングはバランスによって、よりパワフルになって安定し、しかも省エネでできるということが根底の考え方にあります。そして動き、コートカバー能力においても重要な役割を果たすのです」(マーティ・スミス/2017年の著書『アブソルート・テニス』より)


「フットワークは完璧な体重移動とバランスをとる方法です」(ビル・チルデン/1924年の著書『マッチプレー&スピン・オブ・ザ・ボール』より)




通、コーチやティーチングプロが「どのようにエリート選手は生まれるのか」という話題をすると、多くがストロークや戦術の話になります。そのときボディバランスに注目することはほとんどなく、その重要性に見合うだけの評価をすることがないのです。

 そういうコーチたちの中で異質だったのが、レジェンドコーチであるウェルビー・ファンホーンです。彼は自分が受け持ったテニスの初心者に対して、いつもフットワークとバランスを教えていました。ファンホーンの愛弟子と言われるティーチングプロのマーティ・スミスは今、その“バランスの看板”を受け継いでいます。

 「スイングはバランスによってよりパワフルになって安定し、しかも省エネルギーでできるということが根底の考え方にあります。そして動き、コートカバー能力においても重要な役割を果たすのです」とスミスは主張しています。

 そのスミスは、元NCAA南部カンファレンス優勝者で、プレーヤーであり、ニューヨーク・アスレチッククラブで26年間、テニス部門の理事を務めています。


フォアボレーの正しいラケット位置とバランスを指導するマーティ(左)

 スミスがいま取り組んでいる内容は、非常に理に適っています。この100年でテニスのショットは、プロから一般プレーヤーまですべてのレベルにおいてパワーアップしており、より速く動くことがこれまでにないほど重要視されています。

 実際、俊足とされたビヨン・ボルグは、「テニスの試合は短いスプリントを1000本走るようなもの」と表現したことがあるくらいです。ツアーの試合は、シャトルラン(素早い方向転換を繰り返すダッシュ)を100本くらいしているようなものです。オールタイムレジェンドであるロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチ、シュテフィ・グラフ、ジュスティーヌ・エナンはみな、まばゆいばかりのスピード、素晴らしいアジリティ(敏捷性)と、並外れたバランスを備えているのは偶然ではないはずです。

 その中でもフェデラーは、これらのアスリートの特質を新たなレベルに引き上げています。コート上を流れるように動き、さらに飛んでいると言えるほど“芸術的”な印象をつくり上げたのです。


フェデラーのフォアハンドはまるで“バレエのよう”。バランスのとれた動き

 実際、このスイスの“マエストロ”が35歳で8度目のウインブルドン・タイトルを獲得したとき、元チャンピオンのジョン・マッケンローは「フェデラーは私が見てきた中でもっとも美しい選手。彼の動きはもっとも美しく、華々しい。私は彼をテニス界のバリシニコフ(ロシア出身の世界的バレエダンサー)と呼ぶことにしよう」と表現しました。フェデラーの“バレエのような”バランスのとれた動きは、いつでも力みのないショットの枠組みを提供しています。

 ここで紹介した選手、それ以外のスター選手の秘密は、スミスが2017年に書いた指導書『アブソルート・テニス(Absolute Tennis/テニスをプレーする最高かつ次世代の方法)』(New Chapter Press出版)の中で分析されています。総頁数319ページという辞書のようなぶ厚い本には、あらゆる手段が講じられています。もしかしたら、それはスミスがバランスについて深く扱ったものの中で、もっとも価値のある宝物かもしれません。

 52歳のオーストラリア生まれであるスミスに対するインタビューは、テニスのバランスを非常にわかりやすく説明するとともに、包括的な内容となっています。選手やコーチはそこから、なぜ素晴らしいバランスがテニスの成功に欠かせないのかを学ぶことができるはずです。

――なぜあなたは著書『アブソルート・テニス(究極のテニス)』の中で、一章丸ごと割いて、しかもわざわざ第一章でバランスについて書いたのですか? その重要性をより強調しようとしたのでしょうか?

スミス 私はこの本を論理的に進行する形にしたかったのです。テニスはとてもアスレチックなスポーツなので、「バランス」「キネティックチェーン(運動連鎖)」「動き」を扱った章からスタートするのが理に適っていると感じました。

 私は、テニスのトッププレーヤーを生み出す方法ではヨーロッパの哲学、考え方を支持しています。つまり、ジュニアの選手はクロストレーニング(筋力、持久力、瞬発力などが偏らないように複数のトレーニングや運動を組み合わせる方法)を行い、小さい頃に様々なスポーツを経験することでバランスや動きを最初に学び、その後、10代に入ってから何時間もかけてコート上でボールを打つという順序です。

 私の本は構造上、運動の原則からスタートして、次にストローク、戦術に進み、最後に心理学となります。身体をどのように動かす(動かせる)のかを理解せずに、ストロークで自分のポテンシャルを最大限に発揮することはできません。下手なストロークでは戦術的なオプションは限られてしまい、柔軟な動き、ストロークへの自信、戦術的な知識がなければ、選手は集中してよいアイディアが浮かぶよりもイライラが募ってしまいます。私のゴールは、読者のスキルを短時間で向上させるために、テニスは順序立てて学ぶべきものだと理解させ、テニスをより楽しんでもらうことなのです。

異例!? テニス指導書の 第一章が「バランス」で始まる

 加えて第一章を「バランス」にしたのは、それが非常に重要な基礎であり、そこから上手なストロークが生み出され、そのほかのプレーの概要も浮かんでくるからです。

 私の師であるファンホーンは、絵画を例に私に教えてくれたのです。ストロークが「絵」ならば、バランスは「枠組み」。バランスはストロークの安定感と構造を高めてくれるものであると教えてくれました。バランスが悪いと、必然的にストロークのパワー、正確さ、継続性は失われてしまいます。

 私をいつも困惑させるのは、特にボールも人も動くようなバスケットボール、サッカーのようなアスレチックなスポーツでは、バランスを強調するのに、多くのスキルが組み合わさり、運動量が多く、展開の早いテニスのようなスポーツでバランスが軽視されがちな点です。

 テニスは、適度なスピードでスイングをしても、ラケットフェースの角度がわずか2度ズレただけでオフショットになってしまいます。非常に繊細な競技で、バランスは自分の精度のレベルに大きな影響を与える要素なのです。だからこそ私は本の中で論理的な進行を求め、第一章を「バランス」にすることで、あまり注目されていなかったポイントへの認識と評価を高めることができると考えました。

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