広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第2回_スポーツとは何か?
あなたはスポーツマンシップの意味を答えられますか? 誰もが知っているようで知らないスポーツの本質を物語る言葉「スポーツマンシップ」。このキーワードを広瀬一郎氏は著書『スポーツマンシップを考える』の中で解明しています。スポーツにおける「真剣さ」と「遊び心」の調和の大切さを世に問う指導者必読書。これは私たちテニスマガジン、そしてテニマガ・テニス部がもっとも大切にしているものでもあります。テニスを愛するすべての人々、プレーするすべての人々へ届けたいーー。本書はA5判全184ページです。複数回に分け、すべてを掲載いたします。(ベースボール・マガジン社 テニスマガジン編集部)
第1章|スポーツマンシップに関する10の疑問
その1 スポーツとは何か?
…遊びであり、競争です。
Key Word
文明化、暴力の抑制、遊び、自由意志、競争、ルール
「スポーツとは何か?」この問いに答えられますか
「スポーツマンシップ」という言葉について知ろうとするとき、まず明らかにしておかなければならないことがあります。それは「スポーツとは何か?」。これが明らかにならないと、「スポーツマンシップがなぜ必要なのか」とか「スポーツマンシップとはいったい何か?」という問いには答えようがありません。
私たちはなぜスポーツをするのでしょうか。なぜ子供たちにスポーツをさせようとするのでしょうか。ここでも「スポーツとは何か?」について立ち止まって考えなければなりません。言い換えれば、「スポーツの本質とは何か?」ということです。
一部の娯楽がスポーツ化した
スポーツの本質を考えていくと、その答えを得るには、人類学、社会学、心理学あるいは哲学など、非常に広範囲な領域にまで触れなければなりません。したがって、過不足のない同答を求めるのは困難なので、ここでは大雑把な回答を示しておきましょう。
スポーツとは、歴史的に言うと、近代になって一部の娯楽がスポーツ化されたものと考えられています。ここでいうスポーツ化とは“文明化”とほぼ同義語で、その特徴は暴カを抑制することです。そのためにルールが誕生し、フェアプレーという考え方が採用されたのです。
勇気や荒々しさを競い合う
たとえばサッカーについて振り返ってみましょう。英国では19世紀の前半、パブリックスクールでボールを蹴り合うフットボールというゲーム(サッカーの原型)がとても流行っていました。ただし当時の目的はゲームを楽しむことというよりも、むしろ勇気や荒々しさを競うものでした。
そのころのルールの中に、「靴の先に鉄などの金属を仕込んではいけない」というものがあります。これは、金属で蹴ると相手が大変なケガをするからですが、ということは、そのころのフットボールでは、相手を蹴ってもいいことになっていたのです。また相手を手でつかんで投げ飛ばすことも許されていました。
スポーツで紳士を育てる
このような状況下では当然ケガも多く、上級生が下級生をいじめる場にもなっていたので、ラグビー功のトマス・アーノルド校長が、「手をいっさい使ってはいけない」「相手を蹴ってはいけない」などのルールをつくり、野蛮なものから、立派な振る舞いを身につける教育的なものに変えていったのです。
つまりアーノルド校長は「スポーツは紳士(gentleman)を育てる場」にふさわしいと考えたのです。そこで野蛮なゲームではなく、弱い者いじめをしないでフェアプレーを貫き、立派な行いをすることが“スポーツ”だという考えが誕生して、広まっていきました。
文明化の一環としてのスポーツ
産業革命が進行すると、都市化と文明化が進み、社会的にも野蛮な行いが嫌われるようになっていきました。同時にスポーツでゲームを楽しむという考え方がだんだん広まっていき、パブリックスクール各校もそれを採用していきます。そして1863年にロンドンで各校の代表者が集まって、フットボールの団体(FA)を作り共通のルールを定めました。それがサッカーのルールの始まりです。つまりサッカーの「手を使わない」という一番基本的なルールは、元をたどれば暴力を避けることをきっかけに成立したのです。
重要なのは、19世紀になって文明化の一環として、野蛮な暴力を避けるためにスポーツが再定義され、近代スポーツとなり、そのためにルールやフェアプレーという考え方が生まれたということです。
遊びは人生の一部
スポーツでは「ゲームをプレー(play)する」などの言い方がよく使われます。また、ゲームの参加者のことをプレーヤー(player)と呼びます。これを見てもわかるようにスボーツは“遊び(プレー)”の一形態です。
遊びは、本来的に仕事とは違って強制されたものではなく、自由意志に基づいて行うものです。「強制されて遊ぶ」のは不可能です。ですから、遊びにとって重要なのは、勝敗という結果ではなく、遊ぶことそのものを楽しむという点です。快楽が得られるから、遊ぶのです。
遊びは、単に実人生から逃避することとはまったく違い、私たちが生きることそのものの一部だとして、高名な人類学者ヨハン・ホイジンガが人類をホモ・ルーデンス、
つまり遊ぶ人と定義づけました。
遊び=スポーツではない
もちろん遊びとスポーツとは、まったく同じものではありません。スポーツではない遊びもあります。児童がジャングルジムのまわりをただぐるぐる回ったり、近所を走り回ったりするのは、大変なエネルギーを使いますが、それはスポーツではありません。
親が子供に「外で遊んでおいで」と言ったりする場合、たいていは何か特定のスポーツを想定しているわけではないでしょう。
競争とルール
ではスポーツと単なる遊びとはどこが違うのでしょうか。スポーツは確かに遊びの一種ではありますが、そこには単純に楽しむというだけでなく、かなり真剣な要素が存在します。
釣りや乗馬のような活動が、競争ではなくあくまで気晴らしのために行われる場合、つまりルールに基づいて勝敗を競わないのであれば、スポーツと呼ぶ必要はありません。「趣味」や「気晴らし」と呼んでいいでしょう。
このように、スポーツには競争という要素が不可欠であり、ルールこそがその競争の本質を表すものなのです。そして勝利が意味を持つのは、そのルールによって規定されているからに他なりません。
「スポーツとは?」まとめ
競争では、必然的に勝利と敗北が生じます。ゲームの中ではより優れた者、あるいはチームが勝利を収めます。そして、競争してどちらが優れているかを決することが、スポーツでは一番重要な問題になります。確かに遊びの一種ではありますが、真剣です。快楽ではありますが困難もあります。結果によって心が浮き立つこともありますが、意気消沈することもあります。
したがって、スポーツとは「遊びの形態をとりながら、競争の要素をもち、ルールによって統制された、人類が自由意志で選択した身体活動」だと言うことができます。
著者プロフィール
ひろせ・いちろう◎1955年9月16日〜2017年5月2日(享年61歳)。静岡県出身。東京大学法学部卒業後、電通でスポーツイベントのプロデュースやワールドカップの招致活動に携わる。2000年からJリーグ経営諮問委員。2000年7月 (株)スポーツ・ナビゲーション(スポーツナビ)設立、代表取締役就任。2002年8月退社。経済産業研究所上席研究員を経て、2004年よりスポーツ総合研究所所長、2005年以降は江戸川大学社会学部教授、多摩大学大学院教授、特定非営利活動法人スポーツマンシップ指導者育成会理事長などを歴任した。※本書発行時(2002年)のプロフィールを加筆・修正
協力◎一般社団法人日本スポーツマンシップ協会
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