古今東西テニス史探訪(1)古くて新しいゲームの誕生
古くて新しいゲームの誕生
「ボールに集中!」は、コートでの鉄則だけではありません。テニス史探訪のキーワードでもあります。中世のテニスから近代のローンテニスが派生した契機も、芝生の上で弾むボールの発明でした。
12世紀に発祥したという中世のテニスには、中に羊毛や毛髪などを詰めた袋状のボールを手で打ち合う初期の時代がありました。やがて布きれや革の端切れなどを芯にして紐でぐるぐる巻いた上を布や革で包み、硬くなったボールをラケットで交互に打ち合う球戯へと変化してゆきます。16世紀前後には城内や廷内の室内コート中央にネットが設置され、壁や室内に突き出た廂(小さい屋根)も利用するゲーム形式へと進化していました。
発明されたばかりの芝生の上で弾むボールに着目し、「Lawn Tennis」という新しいゲームを考案したのはイギリスのウィングフィールド少佐(Major Walter Clopton Wingfield)でした。1873年12月、彼はゲームの説明書と用具一式をセットして商品化の準備をします。翌年2月には「A Portable Court for Playing Tennis」の特許も許可され、発売されました。
発売された年の3月には、当時の教養誌《THE FIELD》の余暇欄に「Lawn Tennis」(ローンテニス)が紹介されています。4月には、ルールや用具についての問い合わせも寄せられました。そのうちボールについて、ウィングフィールド少佐は「The ball is very light, and will stand any damp, as it is made of indiarubber, hollow; they are got from Germany」(ボールは軽く、中空のゴム製ですから湿気に対する耐久性もあります。ドイツから取り寄せました)と回答しています。
同様のゲームは何年も前から行われているのでウィングフィールド少佐独自のゲームではないという抗議も寄せられたました。しかし現在ではローンテニスという新しいゲームを考案した少佐の功績が広く認められていますので、ここでは抗議の詳細には触れません。
むしろ、ローンテニスをさらに魅力あるゲームにするための改良意見が多く寄せられています。ボールについての意見で注目すべきは、1874年12月5日欄に掲載されたJ. M. Heathecoteの意見です。中世以来のテニスの名手だった彼は、ゴムボールの大きさとともに、白い布でカバーすれば長持ちするし、見やすく、バウンドは正確で変化もつけやすいと提案していました。
1875年5月には、クリケットなどのルール制定の権威でもあったメリルボーン・クリケット・クラブによる改訂ルールが発表されます。この時のコートの形はまだ砂時計型ですが、「晴天であれば白い布でカバーされた中空ゴムボールを使用する」としています。ネットは高く、得点は1点、2点と数えて、2点の差で15点を先取すればゲーム終了ということですから、まだ社交ゲームの要素が残されています。
ところが1877年6月に発表されたthe All England Croquet and Lawn Tennis Club( the A.E.C. and L.T.C.)のルールは、7月に開催される競技大会のためのルールでした。当時はウィンブルドン駅近くに所在していたクラブに設置されたコートは現在とほとんど同じ長方形になり、ボールは白い布でカバーした中空ゴムボールと規定されています。
やがてローンテニスはウィングフィールド少佐の手から離れてゆきましたが、彼の独創性は1890年代になってからも健在でした。1896年には改良型の自転車を考案し、音楽に合わせて自転車演技をする『Bicycle Gymkhana and Musical Rides』を出版しています。また、美食協会を設立して料理学の進歩に貢献もしていました。
19世紀のヴィクトリア女王の時代からエドワード7世の時代にかけて、ウィングフィールド少佐は儀式に際してイギリス王室の護衛をする名誉を担った軍人たち(Gentlemen at Arms)の一員でした。1902年にはロイヤルビクトリア勲章を受け、1912年に78歳で逝去しています。一族に先立たれた彼の墓はその後長く忘れられていましたが、1974年に見出され、現在はウィンブルドン・ローンテニス博物館によって維持管理されているということです。
=ブログ開始のご挨拶=
初めて自分のラケットを手にしたのは40年ほど前の30代。一日でも早く上達したい思いで技術指導書を読み、コート仲間とノウ・ハウを共有するためにテニス書リストを作成し始めました。
ところが、ある時期からテニス書の分類が難しくなったのです。当時はまだ「庭球」と呼ばれることの多かったテニスですが、「軟式」と「硬式」に分かれていても、テニス書の場合は区別が判然としないことが多かったのです。かといって、両方をカバーすればリストの作成作業が負担になりますし、作成の意味も薄れてしまいます。
窮余の策として硬式と軟式の分岐点を探し、その分岐点以後の硬式関係のテニス書を選んでリストに追加することにしました。これが、日本テニス史への関心の始まりです。1995年にはJeanne Cherryさんの写真豊富な著作『Tennis Antiques and Collectibles』に出会い、関心は東西のテニス文化史へと広がりました。
今回、ブログ欄を担当する機会を得ることができましたので、これまでのテニス史探訪で見聞きしたあれこれを綴ってみたいと思います。道草の多いルートですが、どうぞ旅の道連れになってください。
【今回のおもな参考文献】※原本の発行順
・『Ball-Games』(1867年刊、George Routledge=Sixpenny Handbooks)
・Julian Marshall『The Annals of Tennis』(1878年刊、"The Field" Office、1973年復刻)
・George E. Alexander『WINGFIELD: Edwardian Gentleman』(1986年刊、Peter E. Randall Publisher)
・ハイナー・ギルマイスター『テニスの文化史』(1993年刊、大修館書店)
・岡田邦子「ローンコートの起源と歴史」(《テニスジャーナル》2010年6・7月号所収)
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