「僕はテニスを愛している」トゥルンヘリッティの勇気ある告発を一部の選手が拒絶
勇敢な密告者として、マルコ・トゥルンヘリッティ(アルゼンチン)は自分を誇ってしかるべきだろう。
このアルゼンチン人プレーヤーはテニスにおける八百長の不正を暴露し、彼のスポーツを内側から腐食させていたギャンブル犯罪のシンジケートに対する戦いを助け、彼の与えた証拠のせいで今や活動停止処分を課せられた不正直な他のプロ選手たちについて証言を行った。
しかし、清々しさを感じる代わりに、29歳のトゥルンヘリッティは正しいことをしたことで、ひどい代償を払わされたという。
世界ランク139位の彼は、結果を操作した試合に賭けることで収益を得ることを目的に選手たちに負けるよう持ちかけて金を支払う八百長の工作人について進んで正直に話す意志のあった、一定水準以上の実力を持つ数少ない選手のひとりだった。
正直さの代償として、トゥルンヘリッティは他のプレーヤーたちから拒絶され、ストレスによって彼の健康とテニスは損害を被った。
彼はまた、テニスの管理者と不正防止捜査官たちに見捨てられたと感じており、そのことが彼の不幸をさらに悪化させている。
証拠を精力的に吸い出しておきながら、彼らは彼の名を汚し、証拠を与える動機に疑いの目を向けて彼に汚い裏切者のレッテルを張るテニス界の中傷者たちに対して彼を公式に守ることができなかった、と彼は主張する。
「彼ら(TIUなどの捜査官たち)はただ、僕を利用したんだ。彼らは僕を、海の真ん中に落としていったようなものだよ」と彼はこれまでの経緯について説明した。
「それは本当にひどいこと、大惨事だった。僕の意見では、それはこれまで目にした中で、最悪の処置だった」と彼は言い添えた。
「おかげで僕は、いまだその代償を払い続けている」
昨年のフレンチ・オープンで故障した選手が土壇場で出場を取り消したためラッキールーザーとしてロラン・ギャロス本戦に出場できることになったトゥルンヘリッティは、弟、母親、88歳の祖母とともにぎゅうぎゅう詰めのレンタカーに飛び乗り、スペインから1000kmを突っ走って駆け付けたエピソードでちょっとしたセンセーションを巻き起こした。
当時ほとんどの者たちが知らなかったことは、その気さくな笑みとカールした髪、バーナード・トミック(オーストラリア)に対する1回戦での勝利の背後で、トゥルンヘリッティが重い秘密をその肩に背負っていたことだ。
彼は3人の同胞でもあるアルゼンチン選手を捕らえることになった八百長調査の重要な証人であり、そうすることによって母国アルゼンチンで反発を受ける可能性があると知りつつも、証言することを決めたのだった。
問いに付された3人選手の中でもっともよく知られるのは、(検挙当時)世界84位とここまで八百長で有罪となった中で最高位の選手であるニコラス・キッケル(アルゼンチン)だった。
元警官を含む17人のフルタイム調査員によって構成され、年間500万ドル近い予算を持つテニスの不正を調査する団体であるテニス・インテグリティ・ユニット(TIU)は、キッケルが出場を予定していたフレンチ・オープンの3日前に彼が有罪であることを発表した。TIUもトゥルンヘリッティも、当時は彼が演じた役割について一言も口にしていなかった。
しかしながらその一件のあと、トゥルンヘリッティは彼に対する選手たちの態度が変わったことに気付いたのだという。彼が友達だとみなしていた選手たちさえが、彼になぜ口を閉ざしておかなかったのかと尋ねた。
「もはや誰も、僕に『ハイ!』と挨拶してこなくなった。誰も僕を見ようとしない」と彼は明かした。
「悲しいことだよ…」
AP通信の取材要請に対してTIUは、懲戒の聴聞と証人が与えた証拠に関する長期の秘密厳守のポリシーのためにコメントできないと答えた。しかし舞台裏で、トゥルンヘリッティは繰り返しTIUに連絡し、自分を守ってくれるよう頼んでいたが成果はなかった。
「裁判で証言したために、僕は選手からマネージャーまでの多くの人々から、あらゆるタイプの罵倒を受け取った」と昨年8月に彼は電子メールでTIUへ訴えた。
「彼らは僕の名誉を汚そうとしている」
トゥルンヘリッティの妻であるナディアは、あまりのストレスによって彼が涙にくれることもあったと話した。プレーしているときでさえ、ただ家に帰りたいと思っていたのだという。彼はラケットを叩き折った。背中の故障が再発した。
しかし彼は、圧力に負けてその口を閉ざすことはしなかった。
八百長はテニス界の公然の秘密で、悪くなる一方だとトゥルンヘリッティは主張する。
「それはプレーヤーだけの問題ではない。多くのコーチも関与しているんだ。本当に多くのコーチたちがね。それは僕らが考えるより、ずっと多いんだよ」と彼は訴えた。
「もしメンタル的に弱かったら、そこに足を踏み入れることになる。そしてひとたび足を踏み入れたら、簡単に手に入るお金のためにどっぷり浸かってしまう。考えてみれば、それは1時間で1000ドル稼げる仕事のようなものなんだ」
ショッキングな話だが、これまでの証拠が彼の言葉を裏付けている。
テニスの管理者たちに委任された調査官のひとりは昨年12月に、賭けに関係する不正行為はトップレベルのATPツアーの下にあるフューチャーズやチャレンジャーなど下部から中部レベルの大会で、「特にひどく、広く普及している」と断定した。
ギャンブルのシンジケートは頻繁に、多くの賞金を稼げるスターと違って生活費を稼ぐのに苦労しているような選手たちをターゲットにしている。
ベルギーでは、そのほとんどが低いレベルのプレーヤーである数ヵ国の137人の選手たちが、昨年検挙されたアルメニア人のボスに率いられたギャング団のために働いた疑いで取り調べを受けていると検察官が明かしている。このギャング団は、試合やセットの結果操作と引き換えに、500~3000ユーロを支払っていたとされている。
警察によれば、シンジケートはギャンブルの監視団体の監視網をかいくぐれるだけ小規模の賭けを行わせる売人を、数ドルで雇っているのだという。それ以外にも、ふたつの八百長行為が6月と10月にスペインで発覚していた。
2015年7月に自分のコーチの紹介でスポンサー候補のふりをして接近してきた八百長工作員のアプローチを受けたとき、トゥルンヘリッティは報告する義務があると感じたのだという。八百長の工作員は彼に絶対に他言はしないように頼んだが、彼はそのことについてTIUに連絡を取った。
「誰にも言わないことはできませんでした。こういったことは大嫌いだから」と彼は書いて通報した。
「僕が何をすべきかを教えてくれますか? 僕は話を持ち掛けてきた人の名前、電話番号、彼が僕に言ったいくつかのことを知っています」
“そのいくいつかのこと”は爆弾となった。
TIU調査官との長い面談と4ページにわたる陳述書の中で、トゥルンヘリッティは自分が知っていることの詳細を綿密に説明した。八百長の工作員は段階を追った賄賂の等級表を示して見せた、と彼は述べた。その内容は、フューチャーズの試合が2000~3000ドル、中レベルのチャレンジャーが5000~1万ドル、ビッグスターのいるATPツアーでは5万~10万ドルというものだった。
八百長の工作員は、現金で支払い、暗号化され簡単に消去できるテキストメッセージを使って連絡を取ると明かしていた。彼は、ともに八百長を行った選手の名をすらすらと言ってのけたのだという。トゥルンヘリッティの目を引いた3人は、同じアルゼンチン人のキッケル、パトリシオ・エラス、フェデリコ・コリアだった。
工作員は、キッケルと共謀したイタリアのチャレンジャー大会での八百長試合を、特に“誇りにしていた”とトゥルンヘリッティはTIUに語った。キッケルはわずか63分のうちに、当時彼よりランキングで74位下にいた278位のイ・ダクヒ(韓国)に1-6 2-6で敗れたのだ。
キッケルは現在3年の出場停止処分に服役中で、もしふたたび違反行為をすれば刑期がさらに3年延長される可能性がある。キャリア最高ランキングが2013年の269位だったエラスもまた3年の出場停止処分を課せられており、さらに違反行為があれば2年が追加されることになる。
コリアは2015年7月にイタリアの大会でセットを落とすよう持ち掛けられたこと、また1ヵ月後にいくつかの試合に負けることを促すアプローチを受けながらTIUに報告しなかったことを咎められ、6ヵ月の執行猶予期間が付いた2ヵ月の出場停止処分を課された。
TIUは、コリアが実際に八百長を行ったり金を受け取った訳でないことを明言した。しかしコリアを尋問したTIUの調査官は、トゥルンヘリッティを誘いこもうとした工作員と連絡を取った証拠が彼のアイフォンにあったと証言している。
その工作員が今も暗躍しているのかは、明確にされていない。TIUは工作員に対するどんな処罰も発表しておらず、トゥルンヘリッティの彼に対する証言を警察と共有しているか否かについても言及していない。
告発者としてのプロセスは、トゥルンヘリッティにとって非常に辛いものだった。しかし彼は、もしそうしなければならないというなら、またその苦痛を潜り抜けてみせると断言した。彼は2016年にも、他の工作者からのアプローチについて通報したことを明かしている。
彼のTIU証人陳述書は、彼の考えを適切に要約していた。
「僕はテニスを愛している」と彼は証言した。
「テニスの現状と八百長がこれほど頻繁に起きている事実を、僕は非常に悲しく思っている」(C)AP(テニスマガジン)
※写真は2017年のフレンチ・オープンでのマルコ・トゥルンヘリッティ(アルゼンチン)
PARIS, FRANCE - MAY 28: Marco Trungelliti of Argentina celebrate victory over Quentin Halys of France in the mens singles first round match on day one of the 2017 French Open at Roland Garros on May 28, 2017 in Paris, France. (Photo by Clive Brunskill/Getty Images)
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