大坂なおみ_ニューヨーク・タイムズ・マガジン特別特集「日出づる国のライジングスター(後編)」
日本選手としてUSオープンでグランドスラム初優勝を成し遂げた。その開幕前、アメリカの『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』では、大坂なおみの特集記事が掲載され、大きな注目と話題を集めていた。まさに大偉業を達成する直前、生まれ育ったアメリカで、大坂なおみは、どのように報じられていたのかを紹介する。【テニスマガジン2019年3月号掲載】
文◎ブルック・ラーマ―(c) 2018 The New York Times 翻訳◎池田 晋
姉まりとの強い絆
ヒゲを生やした男がマイクをもって「ナオーミ、ナオーミ!」とコールするように観衆を煽った。世界ランクとは関係のないワールドチームテニス(WTT)。それは現在の敷居の高いスポーツから、ポップコーンを食べながら楽しめるエンターテインメントにリニューアルするのが狙いのイベントだ。
今年7月にワシントン・アリーナで開催されたWTTには、スリットの入った白いスカートにタイトな赤のトップスを着用したチアリーダーがポンポンを振りかざし、スタンドでは若い男が大坂の巨大な切り抜きポスターを持って動き回っていた。テニスコートの上空にはモンドリアン柄の緑、紫、青、赤の箱があり、4つのスクリーンにコート上のプレーが映し出されていた。
女子シングルスの試合は5ゲーム先取で行われ、大坂の相手はテイラー・タウンセンド。大坂よりランキングが44位低いアメリカ人だった。誰もが大坂とそのチームワシントン・キャッスルズの圧勝を予想していた。しかし、サーカスのような雰囲気で、この一戦だけのために呼ばれ、プレーオフをかけた大事な試合で勝利を期待されるプレッシャーからか、大坂は舞い上がってしまった。
最初の3本のリターンはすべてアウト。エラーが重なるにつれ、元々痛みのあった右のふくらはぎが悪化した。そこでキャッスルズのアナウンサーが観衆を煽る。「敗北はあり得ない! やっつけろ! やっつけろ! やっつけろ!」と叫ぶ。それでも大坂は最後のボールをネットに打ち込み、タイブレークの末に敗れると、とぼとぼとコートをあとにした。
2時間後、大坂は無表情のままコートサイドで腰かけて観戦する中、キャッスルズは最終のダブルスタイブレークに勝負を持ち込んでいた。その夜、姉のまりとメアリーランドで行われるビヨンセとジェイZのコンサートに行く約束をしていた。
姉妹は何ヵ月も前から計画していたのだが、この試合によって行けるかわからなくなっていた。今年の初め、大坂はビヨンセのツアーに行けないかもしれないと悟り「ビヨンセは、なぜUSオープンと同じ時期にマイアミでコンサートをすることにしたんだろう? 本当に泣きそう!」とツイートしている。
試合が進むにつれて大坂は、コーチなど自分のチームのメンバーに状況を説明した。だがトレーナーは、今夏のハードコートシーズンが始まる2日前に、痛みのある足で夜遅くまでダンスすることに難色を示した。父フランソワも同じ意見だった。なおみとまりは、ほかの者が聞こえないように日本語で静かに相談し、2人で最終的な決断を下した。何年もいっしょに練習して勉強してきた2人は、友達は少なく、気晴らしができる環境もなかったため、2人は決して離れることのない強い絆で結ばれていた。
もっとも小さい頃は、まりのほうが注目を集めていた。幼少の頃の写真では、まりが父とコートでボールを打っている写真がある。その頃、なおみはほうきを持ってコートを歩き回っていた。まりは天性の運動能力に恵まれ、体のバランスも素晴らしく、一輪車を乗りこなしていた。小さい頃からライジングでうまくボールを打つこともできた。
なおみはテニスを始めた頃、あまり将来性は見込まれておらず、父がまりを指導する間、コートサイドに出て母と待っているように言われたこともあった。ある意味、これによって、なおみはプレッシャーから守られたとも言える。プレッシャーをかけられたまりの指導を通して、両親はチャレンジとミスとどのように向き合っていくべきなのかを学び、娘たちの能力をいかにすれば引き出せるのかを考えた。
現在なおみがグランドスラムなど、トップ選手として大きなチームを引き連れてツアーの最高峰を周る中、まりはひとりで小さな都市や街で開催されるレベルの劣る下部大会を主戦場としている。それでも2人は、よくいっしょに出掛けている。
昨年は東レPPOでダブルスを組んで出場。「これからトラブルが起こる、しかも2倍にもなってね!」となおみはこの頃ツイートしていた。7月にはブルックリンのバークレー・センターで行われたゲーム大会で合流して、参加者がゲームの中で撃たれるたびに悲鳴を上げていた。そしてUSオープンの少し前にマディソン・スクエア・ガーデンで行われたコンサートのチケットを手に入れていた。
この夜、ワシントンで行われたWTTが終了すると、大坂は急いでロッカールームに戻ってチョコレート色のパンツスーツに着替え、髪の毛をほどいて“ビヨンセスタイル”に変身していた。キャッスルズのオーナーはコート上でミーティングを行っていたが、2人の姉妹は後ろを振り返ることなく、出口のほうに急いでいた。
大舞台での恐るべき強さ
すべてのテニスファンの目に映ったのは、大坂のピンクのバイザーと上下にリズミカルに揺れるパーマのかかった髪の毛だ。今夏のハードコート・シーズンの初戦で、大坂はワシントンで開催されるシティ・オープンのセンターコートに登場した。頭を垂れて、ヘッドフォンでケンドリック・ラマーの曲を聞いていた。
この日の午後にスタンドを埋めた観衆には、日本のファンや記者が多く混じっていた。大坂の登場をファンは拍手と歓声で迎えたが、ラマーの曲でかき消されて本人には聞こえていなかった。音楽は大坂が試合前に集中力を高め、バトルに挑むために気を引き締めて、幸運をもたらすためのルーティンだ。「私はゲンを担ぐタイプ。試合に勝ったら、同じ曲を聞き続ける。負けたときしか変えない」。彼女はそれからUSオープンが始まるまで、ずっと同じラマーの曲を聞き続けられることを望んでいた。
ヘッドフォンを外した大坂は、主審と1回戦の相手であるクロアチア系アメリカ人のベルナルダ・ペラにお辞儀をした。この日本式の礼儀正しい行為も、大坂のルーティンのひとつである。彼女がコート上で見せる圧倒的なパワーや厳しい表情からすると、この上品さは大きなギャップを感じさせる。
「この外見から、みんな私のことを怖い人なんじゃないかと思っているかもしれない。でも、そんなことはないのよ!」
右のふくらはぎは白いテーピングが施されており、大坂自身もその影響を心配していた。バッグからラケットを取り出し、彼女を勇気づける声が観客席の一角から聞こえた。そこはチームなおみが陣取り、彼女にもっとも大きな声援が送られる場所で、楽観的なコーチのサーシャを筆頭にメンバーたちが座っている。
大坂はチームのほうに目をやると、恥ずかし気なスマイルを見せた。「彼女はハッピーなときのほうがいいプレーを見せる。もし60%しかハッピーじゃなければ、残りの40%は我々が埋めてあげなければいけないんだ」とサーシャは言う。
ここまでの大坂のキャリアを振り返ると、ひとつのパターンが見えてくる。彼女は大きな舞台で圧倒的に強く、小さな大会では強さを発揮できないことが多い。昨年、USオープン1回戦で前年優勝のアンジェリック・ケルバーを6-3、6-1で粉砕し、3回戦に勝ち進んだ。今年はインディアンウェルズで初タイトルを獲得したわずか3日後にマイアミ・オープンの1回戦でセレナ・ウイリアムズを撃破した。
「彼女に私のことを印象づけたかっただけ。彼女に“カモン!”と言わせたかったし、一回言わせることができたと思うから、それだけでうれしい」
試合直後にネットを挟んで話したのは、2人が会話を交わした数少ない場面のひとつ。一度、ロッカールームでセレナに出くわしたことがあったが、あまりにビビッてしまって“ハロー”と挨拶することさえもできなかった。
「どっちにしても私はヘッドフォンをしていたから。だから気づかなかったふりをしたの」
ワシントンでの1回戦は、また違ったチャレンジになった。世界ランク95位のペラは安定感のある選手で、大坂の継続性とフットワークがしっかり機能しているかをテストするのに絶好の相手だった。そしてウインブルドンで腹部の痛みがプレーに影響を及ぼしたように、ふくらはぎのケガがプレーに支障をきたすかどうか、チェックすることもできる相手だった。
第1セットの2-1でボールに追いつこうと体を伸ばしたとき、一瞬たじろいでふくらはぎをさすった。そこから鋭いフォアハンドやサービスで自分のペースに持ち込み、わずか30分で6-2で制した。だが、そこで魔法は切れてしまった。
ペラはドロップショットを多用して大坂のサービスゲームを2度もブレーク。自分のミスショットに対して皮肉を込めた笑みを浮かべた大坂は、その都度、反撃して6-6に持ち込んだ。タイブレーク5-4からダウン・ザ・ラインへバックハンドのウィナーを決めると、この試合で初めて“カモン”と叫んだ。その姿にセレナも喜んだことだろう。その次のポイントで勝負は決した。
チームなおみは、この試合をポジティブに評価していた。「少し苦戦したのは、彼女にとってよかった。逆境を乗り越えられると証明できたから」とサーシャは語った。だが、大坂自身はあまりよい状態ではないと感じていた。2回戦でカウンターが得意なマグダ・リネッテは、難易度の高いウィナーをいとも簡単そうに決め、第3セットに勝負を持ち込まれた。セット間の休憩で大坂は耳をマッサージして、深呼吸をして瞑想を行った。
だが、それは何の助けにもならなかった。大坂は我慢することを忘れてしまい、3-6で最終セットを落とした。その後に続くUSオープンへのウォーミングアップとなる2大会、モントリオールとシンシナティで、大坂はどちらも1回戦負け。この姿を見た者はUSオープンの大舞台で、どうやって復活するのかと疑問に思ったはずだ。
ツイッターで数週間、何もつぶやくことはなかったが、8月16日に久しぶりにツイートした。「この数週間は本当に厳しいものだった。ハードコートのシーズンに入って大きなプレッシャーを感じてしまった。インディアンウェルズの優勝によって周囲の期待は大きく膨れ上がった。私はもうダークホースではなくなってしまったの。でも、テニスの楽しさは取り戻すことができた。皆さん、NYで会いましょう」とメッセージを送った。
日本、アメリカ、ハイチ
日本では混血の人は英語のHalfから“ハーフ”と呼ばれている。90年代以降、ほとんどのハーフはアジア系や白人の親から生まれるケースが多かった。彼らはエンターテインメントやモデルなど華やかな業界でもてはやされた。
しかし、2015年にミスユニバースジャパンでアフリカ系アメリカ人と日本人のハーフである宮本エリアナがグランプリを獲得したことで、この言葉の使われ方が大きく変化した。宮本は一時は出場を辞退することも考えたが、「ハーフへの偏見や差別をなくすためにも出場を決意した」と言う。彼女の勇気ある行動は多くの若い日本人に称えられたが、ウェブ上では「ハーフでは日本人の美しさを代表できない」と批判的な意見も見られた。「どう見たって、彼女は外国人にしか見えない」というのが彼らの主張だった。
スポーツの分野では、ハーフはより寛容に受け入れられた。宮本とは異なり、大坂は日本のメディア、企業、日本女子のスターを求めていたファンから愛される存在となった。世界有数のインスタント麺会社の日清食品は、すでに彼女とスポンサー契約を結び、日本で彼女の試合を放送するテレビ局のWOWOWとも契約している。
チームなおみはUSオープンの直前にも、ある大型企業(日産自動車)との大型契約を発表することが決まっており、そのほかの多国籍企業も彼女を放っておかなかった。今年いっぱいでアディダスとの契約が満了となるタイミングに、2020年東京オリンピックに向けて新たな動きが見られるはずだ。
もし大坂がアメリカ国籍を選んでいたら、こんなチャンスには恵まれなかっただろう。日本の企業が彼女に興味を持つはずはなく、アメリカのブランドも大坂よりはマディソン・キーズやスローン・スティーブンスといった、より実績のある選手に興味を示したことだろう。
しかし、日本のトップランク選手となった大坂は、国内のトップブランドの注目の的となり、そのスポンサー契約金はアメリカよりもかなり高額になっているはずだ。経済誌『フォーブス』によると、まだグランドスラムを獲ったことのない錦織圭がラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチよりも多く稼いでいる(3300万㌦=約37億4000万円)のに大きな理由があるという。
圭より稼いでいるのはロジャー・フェデラーだけだ。「圭はなおみにとって先駆者となっている。日本、そしてアジアのテニスにとって大きな扉を開いたのだ。だが、大坂の若さ、信頼性、文化的な多様性は、圭よりもグローバルにアピールできるかもしれない」と2人を比較するのは、IMGで代理人を務めるダギッドだ。
大坂はすでに北海道の小さな街で、ある人物の考え方、姿勢を大きく変えてしまった。2014年に大坂がまだ16歳のとき、元USオープン王者のサマンサ・ストーサーを倒した。彼女の祖父は、このことが日本のメディアで歓喜に満ちた取り上げられ方をしているのに気づいた。なおみのテニスに対する軽蔑の気持ちは、いつしか全面的にサポートする姿勢に変わっていた。
彼は大坂に祝福のメールや電話を送り、イアリングもプレゼントした(過去になおみが彼にトップ選手はみんなピアスをしていると教えたから)。3月にインディアンウェルズでブレークを果たすと、彼は根室の記者たちに彼女の日本のルーツについて話し始めた。「ツイッターなどで、彼女は本当に日本に親戚がいるのか?」という疑問が出ているのを見て、「私が名乗り出たほうがいい」と思ったそうだ。今、大坂のラケットバッグには祖父から贈られた最新のプレゼントである、シルクのお守りがついている。
大坂は東京オリンピックでもっとも実績のあるハーフ選手になるかもしれないが、ほかにも活躍が見込まれる選手がいる。フロリダ大学出身で短距離のアブドゥル・ハキム・サニーブラウンは、日本人の母とガーナ人の父の間に生まれた。また、身長204㎝でアメリカのゴンザガ大学で活躍するバスケットボールスター、八村塁の父はベナンの出身だ。ダブルスのスペシャリストとして台頭したマクラクラン勉の父は、ニュージーランド出身である。
「10~20年前は、あまり多くの多様人種選手がいなかった。でも日本はゆっくり変化しており、より国際的になってきた。高齢層は自分の考え方や慣習を変えないが、若い世代はまったく異なるメンタリティを持っている」と語ったのは共同通信の吉谷記者だ。
ただし、大坂はそれでもほかの日本人選手たちとは大きく異なる。歴代でトップ10入りした杉山愛(2004年に8位)と伊達公子(1995年に4位)は、小さな体のポテンシャルを最大限に生かし、パワーよりもディフェンス技術、鋭いボレーやフットワーク、精神的なタフさを武器に上昇していった。
23歳で最高ランク56位を記録した日比野菜緒は、大坂が女子テニスの注目度を一気に高めたことに感謝していると言う。しかし、同じ日本人選手として考えるのは難しいとも言っている。彼女は大坂が16歳のときに初めて対戦している。
「正直に言って、身体のつくりが全然違うから、彼女との間に少し距離を感じる。そして全然違う場所で育ち、あまり日本語を話せないから」
日本、アメリカ、ハイチの文化のバランスをとりながら生きることは、大坂がこれまでの人生でずっとし続けてきたこと。そして自分の多文化がミックスされたアイデンティティにより、世界中により多くのファンができることに気づき始めた。
「もしかしたら、みんなは私が誰なのかをピンポイントで指し示すことができないからなのかもしれない。だから誰でも私のことを応援してもいいんだっていう感じかな」
日本のスポーツファンはすでにみんな、大坂という存在を認識している。彼女は日出づる国のライジングスターだ。まだ日本語は完璧ではないかもしれないし、見た目も伝統的な日本人とは異なる。しかし、そんなことは彼女の成功には最終的に何の意味も成さないだろう。
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