広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第1回_誰もが知っている意味不明な言葉
あなたはスポーツマンシップの意味を答えられますか? 誰もが知っているようで知らないスポーツの本質を物語る言葉「スポーツマンシップ」。このキーワードを広瀬一郎氏は著書『スポーツマンシップを考える』の中で解明しています。スポーツにおける「真剣さ」と「遊び心」の調和の大切さを世に問う指導者必読書。これは私たちテニスマガジン、そしてテニマガ・テニス部がもっとも大切にしているものでもあります。テニスを愛するすべての人々、プレーするすべての人々へ届けたいーー。本書はA5判全184ページです。複数回に分け、すべてを掲載いたします。(ベースボール・マガジン社 テニスマガジン編集部)
序章|誰もが知っている意味不明な言葉…
なじみ深いが意味不明?
「スポーツマンシップ」。
ほとんどの読者と同様に、私にとってこの言葉はなじみ深くかつ不明確な言葉でした。初めて聞いたのはいつ、どこで、そして誰からという明確な記憶がありません。それどころか、その言葉の意味を説明してもらった記憶すらありません。にもかかわらず、いつしかスポーツをやる上で守らなければならない精神的なものであることはわきまえていましたし、スポーツに関わっている周りの誰もが知っているという点を疑ったこともありません。さらに(今思うと)決定的に不思議に思えるのは、誰もが知っていながら誰にも説明されていないことを不自然だと感じていなかったことなのです。
スポーツマン=良い仲間(Good Fellow)
逆にその不自然さに気づくと、「スポーツマンシップとは一体何なのだろうか?」と言う疑問が頭から離れなくなりました。あるときに小学校4年生の長女の国語辞典を開いてみて、「スポーツマン」という言葉を調べてみました。「何を今さら」という気がしないでもありませんでしたし、確かにいい大人が今さら誰かに聞くのは何か照れくさいほど一般的で基礎的な言葉ではあります。そしてその「何を今さら」という意識がなかなかの曲者なのです。
とにかく「スポーツマン」を調べてみました。するとその辞書には「運動能力に秀でた人」と書いてあったのです。直感的に「これはおかしい」と思いました。そこでオックスフォード英英辞典を開いてみました。そこには「Sportman=Good Fellow(=良い仲間)」と記されていたのです。この彼我の差には「目からウロコ」どころではありません。ショックでした。
翌日書店の国語辞典のコーナーに行き、店頭にある国語辞典すべてで調べてみたところ、「運動の好きな人」「運動をよくする人」等が並んでいます。それらはどれもみな大同小異で、運動という物理的な尺度がスポーツマンであるかどうかの判断基準になっています。しかし、どれも人間性に関するものではありません。「スポーツマンシップ」をスポーツマンらしさとするなら、幼いころからその意味の説明もないままスポーツマンらしく振る舞えと言われてきた自分の感覚としては、「スポーツマン」も何らか人間の内面的な規範に関わることであるというとらえ方の方がしっくりときます。
最近の文献では発見できず
そこで今度は図書館等でスポーツマンシップについていろいろな文献を調べたのですが、なかなか十分な説明を見つけることができませんでした。とうとう昭和38年に出版された『新体育学講座』の第14巻『コーチのためのスポーツモラル』という、初めて真正面から「スポーツマンシップ」を取り扱っている本に出会いました。
当然ながら現在は絶版で入手不可能です。後にわかったのですが、70年代に日本の体育行政の方針が大転換し、それ以降学校では「競争的」なことを意図的になるべく扱わないこと、したがって「勝敗」にこだわることを「悪」として扱い、「スポーツ」をなるべく「勝敗」から遠ざけようとしたこと、結局このあたりから「スポーツマンシップ」のような精神的なものを意図的に扱わなくなったことが判明しました(『コーチのためのスポーツモラル』の内容は、後に触れる“COACHING for Character”とかなりの共通点が見出されました。当然といえば当然かもしれません)。
蛇足ながら、『コーチのためのスポーツモラル』から「スポーツマンシップ」に言及した部分をコピーし、一部をJリーグの川淵三郎チェアマン(当時)に送ったところ、スポーツマンシップの最も重要な要素である「Good Loser」の部分について、「自分は普段からGood Loserこそが重要なんだ、と周りに言ってきたが、この言葉を過不足なく説明するのに苦労していたので、大変ありがたい」という望外の謝辞を頂戴しました(第3章参照)。
きれいごとではなく(強化のために)
「スポーツマンシップ」というと、「それはきれいごとであり、実際に勝負してるときにはそんなことを言っていられない」という人も少なくありません。「現場はきれいごとではない」ということでしょうか。ところが最大の現場でこそ、「スポーツマンシップ」が必要とされているという事実をご存知でしょうか。
それは98年の夏でした。日本人初のサッカーのワールドカップ本大会出場監督の岡田武史さんと、ラグビーのワールドカップを戦った平尾誠二さんとの会談が読売新聞の企画で実現しました(ご記憶の方もいらっしゃるのでは)。企画に協力した関係で陪席した私には、会談終了後のお二人の会話が強烈に記憶に残っています(そのときに感じたことは、翌年の夏に静岡新聞のコラムで触れました)。
それを集約すると、「選手個人の自我の確立(=自律)とチーム力」に関することでした。「日本人は個人では弱いがチーム力で勝負する」のはサッカーもラグビーも同様なようですが、その際の「個人の力」とは必ずしも肉体的な部分だけではなく、むしろ個人の判断力という部分が大きい。それも世界のトップと戦うときにそれを痛感する、ということでした。それを平尾さんは「スポーツインテリジェンス」と呼んでいるようです。現場の最高の舞台で戦った両闘将の言葉には、たしかに説得力がありました。
それと「スポーツマンシップ」とどういう関係があるのか? 詳しくはこの本をお読みください。ただしここで注意していただきたいのは、特にトップレベルの戦いには、プレーヤーの肉体強化だけではなく全人格(=character)の強化が求められるという点です(第3章参照)。
Good Loserの説明
その後米国の友人に「スポーツマンシップ」っていうのは何? と聞いたところ、彼の答えは「言葉で説明するのはなかなか難しい。しかし英語には“He is a good sport.”という言い回しがあり、彼は信頼に足る人物だという意味だ。ある人が真にスポーツマンであるかどうかは、勝負に負けたときの態度でわかる。負けたときに素直に負けを認め、それでいて頭を垂れず、相手を称え、意気消沈せずにすぐ次に備える人が真のスポーツマンだ」とのこと。なるほどそれがGood Loserなのでしょう。
確かにこういう人なら信頼できるGood Fellow(=良い仲間)です。説明としては十分なのですが、もう一つわからないのは、なぜ彼にこういうちゃんとした説明ができるのか、です。それを尋ねたところ、「……いつのまにか、自然に……」。ある意味これはすごいことです。そこで彼に「スポーツマンシップ」についてわかりやすく説明している本を探してくれと頼み、紹介されたのが”COACHING for Character(Craig Clifford,Randolph M.Feezell,Human Kinetics Publishers.1997)でした。
“COACHING for Character”と出会う
目次を一読し「これはもしや」と期待はふくらみ、巻末の「スポーツマンシップを教えるためのガイドライン」の19項目をチェックして思いは確信に変わりました。ここで書かれていることの多くは断片的には耳にしたことがあります。
この本では、それぞれがスポーツおよびスポーツマンシップ全体を理解するうえで、どのような関係になっているのかが体系的に述べられています。日本のスポーツ界で従来ないがしろにされがちだった言葉による整理と説明の大切さはこの本で強調されているキーポイントの一つです。最も重要な点は、スポーツの社会性を重視していることです。これも従来スポーツを経済や政治から隔離しようとし、結果社会性を失ってしまった日本のスポーツ界には貴重な視点ではないでしょうか。これこそ、現在の日本で紹介されるべきだと思いました。
そこで、この本と前述の『コーチのためのスポーツモラル』の2冊を主要なテキストとして、「スポーツマンシップ」をコーチングプログラムに取り入れ、その結果近い将来にスポーツを通して多くの若い「良い仲間」が育ち、社会に良質な人材を供給する実績が積まれ、最終的に国語辞典のスポーツマンの説明が、「自立した信頼に足る人」と書き直される日が来ることを望んでやみません。
著者プロフィール
ひろせ・いちろう◎1955年9月16日〜2017年5月2日(享年61歳)。静岡県出身。東京大学法学部卒業後、電通でスポーツイベントのプロデュースやワールドカップの招致活動に携わる。2000年からJリーグ経営諮問委員。2000年7月 (株)スポーツ・ナビゲーション(スポーツナビ)設立、代表取締役就任。2002年8月退社。経済産業研究所上席研究員を経て、2004年よりスポーツ総合研究所所長、2005年以降は江戸川大学社会学部教授、多摩大学大学院教授、特定非営利活動法人スポーツマンシップ指導者育成会理事長などを歴任した。※本書発行時(2002年)のプロフィールを加筆・修正
協力◎一般社団法人日本スポーツマンシップ協会
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