「選手にはファンの前でプレーしてもらいたかった」大会ディレクターが運営の裏側にある苦労について語る [オーストラリアン・オープン]
オーストラリアン・オープンの大会ディレクターを務めるクレイグ・タイリー氏は、コロナ禍で今年初のグランドスラムを開催するのに莫大な赤字が出ることを考えなければならなかった。
大会開催に当たってはこの10年間で積み上げてきた手元資金8000万豪ドル(約65億円)を費やし、さらに借金をして開催にこぎつけた。大きな障害がある中でも、前向きに準備を進めてきた。
ビクトリア州のとロックダウンを受け、大会5日目に緊急記者会見で6日目から5日間は無観客で開催すると発表したタイリー氏
タイリー氏は例年と同じ1月開催にこだわりつつ、昨年にどのグランドスラム大会もできなかった多くの観客動員を達成しようとしていた。
「チャンスがあるからこそ選んだ方法です。ファンの前で選手がプレーできるよう、そしてテニスを世界に発信したかったのです」とマスクを着用してロッド・レーバー・アリーナ内の記者会見に現れたタイリー氏は語った。
昨年のUSオープンは無観客、フレンチオープンは1日最大1000人の観客に限定された。開幕から5日間、オーストラリアン・オープンでは1日2万人近くの観衆を集めた。
1日3万人以内の制限付きで開幕したオーストラリアン・オープン
「そこまではよかったのです。しかし、突然変化が起きました」
変化とは、隔離用に使われていたメルボルンのホテルで感染者が出たことにより、ビクトリア州が決めた土曜日から5日間のロックダウンだった。大会は突然、通常に近い形から無観客の静けさに逆戻りしてしまった。
タイリー氏のスタッフは突然のロックダウンにも対応できる準備を進めていたため、スムーズに実行できた。大会は最後まで行えるしファンも数日後には戻れると州政府から言われてはいたが、何も確かなものはない。
「明日、州政府から“新たに10人の感染者が出て、大会を中止したい”と言われる可能性だってあります。そのときのためのプランも用意してありますが、それを我々は求めてはいません」
ロックダウンが発表されると、多くの市民がメルボルン・パークに駆けつけて反対デモを行った
この1年はタイリー氏にとって、このようなことの繰り返しだった。
新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックの最中にグランドスラム大会を開催するのは、論理的に悪夢のようなものかもしれない。世界中から1200人の選手とそのチームたちを迎え入れ、感染者がいなくなった国で隔離のためにホテルを確保しなければならないのだから。
巨額の資金とあまりに大きなチャレンジにもかかわらず、今年のオーストラリアン・オープンを中止するという考えは一瞬しか考慮されなかった。
「毎日、空気を求めてもがきながら、消防ホースから水を飲んでいるようなものでした。とにかくきつかった」とタイリー氏は打ち明けた。
2019年のオーストラリアン・オープンをスタンドから観戦するマクナミー
2005年まで大会ディレクターを務めたポール・マクナミー(オーストラリア)はこの日々を6~8ヵ月に渡る拷問のようだったという。
マクナミー氏のディレクター時代にもっとも大変だったのは、女子シングルス決勝の前夜にセンターコートが洪水に見舞われたことだった。コロナ禍のパンデミックと比べると、大したことのないアクシデントに思えるという。
「パリやニューヨークのほうが容易かもしれない。そこでなら感染者が少し出ても受け入れられる。管理できる状況なはずだ。しかし、ここで感染者が出たらおしまいなんだ」
大会のチャーター便で到着した選手やチームスタッフたち
オーストラリアで課された隔離について選手から多くの不満が聞こえてきたことを、タイリー氏はときにかなり攻撃的に感じていた。
その中でも、オーストラリアに向かうフライトの中で陽性患者が出たことにより72人の選手が14日間の『ハードロックダウン』を課せられたことが影響した。2週間ホテルの部屋から出ることを許されなかった選手たちからは、グランドスラム大会を戦う準備ができないとの声も出てきた。
オーストラリア到着後は隔離され、前哨戦で2試合を戦ってからオーストラリアン・オープンに臨んだサングレン
テニス・サングレン(アメリカ)は大きな不満をぶちまけた一人だ。1回戦で第21シードのアレックス・デミノー(オーストラリア)に敗れると、彼は「勝てないだろうと思ってグランドスラムのコートに立ったのは初めてだった」と語った。
トップシードのノバク・ジョコビッチ(セルビア)は先月、選手たちがテニス付きの一軒家で隔離させてもらえないかと文書で懇願したが、「自分勝手すぎるし、無茶だ」と批判されて自分の意図が伝われなかったとを残念がった。
タイリー氏の携帯には、2週間の隔離を強いられた選手たちから60回以上の電話がかかってきたという。1日4時間半は彼らの意見に耳を傾けた。
今大会前、隔離されたホテルの部屋のベランダに姿を見せたノバク・ジョコビッチ(セルビア)
「一番強い言葉をかけてきたのは皮肉なことにほとんどが大会で勝ち残っている選手たちで、準備期間が足りないという内容でした。それが本当に理由になったのか疑問が残ります」と大会が半分の日程を迎えたところでタイリー氏は語った。
この状況下で大会側は最大限の努力を惜しまずやってきたのに、不満の言葉があったのは非常に残念だったという。
「賞金総額8600万豪ドル(約70億円)を用意しています。誰もが給料削減を強いられる中で、我々は賞金額を下げていないのです。チャーター便を含め、彼らのための費用はすべて我々が支払っています」
ベスト8進出を決めたディミトロフは大会関係者への感謝を口にした
これらの不平は一部の選手からのもので、それより多くの感謝の言葉をもらったとタイリー氏は明かした。4回戦で第3シードのドミニク・ティーム(オーストリア)を倒した第18シードのグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)もそのひとりだ。
「パンデミックの中で大会ができることを本当に感謝している。このようにタフかつデリケートなときだからこそ、ここを皆で乗り越えなければならない。凄いことだと思う」
今年支払った大きな金額的損失のため、今後数年間は大会運営費をかなり抑えなければならないようだ。
南アフリカ、アメリカ、オーストラリアで元選手、コーチでもあり、スポーツ経営を行ってきたタイリー氏は「ほとんどのことが初めてでゼロからやらなければならないことばかり」と今大会を運営する難しさを語った。
試合終了後に会場を消毒するスタッフ
しかし、逆にこの困難が自分たちスタッフに想像力を働かせ、新たな方法や解決策を生み出すことに繋がったという。
「どのように資金を調達するか、いくらでも新たな方法は見つけられます。大会以外でもできることはあるのです」
すでにタイリー氏の視線は、2022年のオーストラリアン・オープンに向いている。世界がまだパンデミックから抜け出せていない状況を考慮しつつ、考えている。この1年間で学んだことがあるとすれば、問題を一つずつ解決していくしかないということだ。
「本当に過酷な状況だからこそ、一歩下がって大きく深呼吸してプランを考える必要があります。そして落ち着いて熟考して実行することです。それが本当にうまくいったと思います」(APライター◎ジャスティン・バーグマン/構成◎テニスマガジン)
写真◎Getty Images
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