家族の証言〜母が語る「仁木拓人」
シリーズ「家族の証言」は、そのタイトル通り、選手の家族に選手の小さい頃の話や思い出を存分に語ってもらって構成したもの。家族だからこそ知る、話せる、貴重なエピソードの数々は非常に興味深い。今回は仁木拓人選手について、母・菜穂子さんが語ってくれた。【2013年6月号掲載】
仁木拓人 ※プロフィールは当時のまま
にき・たくと◎1987年10月12日生まれ。茨城県出身。10歳でNJテニスクラブに入り、2005年全国選抜高校テニス大会個人戦で準優勝。卒業後は立命館大学へ。2010年4月にプロ転向。同年の全日本選手権で単ベスト4、複準優勝。2011年ユニバーシアード混合で銅メダル獲得。世界ランク単646位(2013年4月8日付)。柴沼醤油販売所属
「とても慎重で真面目な性格な子です。
USオープンが大きな転機となりました」
泣き虫の甘えん坊
拓人はアメリカのサンディエゴで生まれました。研究者だった主人が会社を辞め、博士号を取得したいということで夫婦で渡米していたのです。拓人が3歳を過ぎた頃に日本に帰ってきました。名前の由来ですが、自分の人生をしっかりと切り拓いてほしい、また指揮者(タクト)のように合図をすれば、みんなが注目するような人間になってほしいと、そんな願いを込めてつけました。
生まれた頃は黄疸もひどく、体の弱い子でした。すぐに健康になりましたけど、赤ちゃんの頃は決まって3時間ごとに泣いて起きる子でした。2歳下の妹は起きてもボーッとしている子でしたけど、要は泣き虫の甘えん坊ですね。初めての子で、少し過保護に育ててしまったかもしれません(笑)。
主人がテニスを始め、私もするようになり、週末は家族でテニスコートに行くようになりました。子供たちはテニスコートの周辺で遊ばせていたんですが、気づくと拓人は砂遊びをやめて壁打ちをするようになりました。それが6歳の頃。それから主人が拓人にテニスを教えるようになったんですが、これが結構厳しくて。それでも拓人は嫌がりませんでしたから、テニスが好きだったのでしょう。
ちょうどその頃、Jリーグが誕生して、サッカーブームでした。拓人も小学校のサッカークラブに入ったのですが、サッカーは向いていなかったですね。球技は好きなようでしたけど、人とぶつかってボールを奪うのが嫌だったのでしょう。テニスは向こうからボールが飛んできますから。
私が運動音痴ですから、自分の子がプロスポーツの世界で生きていくなんて思いもしませんでした。それでも小学校の卒業文集には、将来の夢はプロテニス選手と書いていました。とにかくテニスが好きで、テレビでもビデオ録画してよく見ていました。“テニスおたく”な子でしたね。
勉強、勉強とは言いませんでしたけど、やることはきちんとやってねとは言っていました。とても慎重で真面目な性格ですから、そうするとちゃんと集中してやるんです。地元の高校(竹園高)に進学するときも、テニスを半年間ほどせず、受験勉強に精を出していました。高校はテニスの強豪校からも声をかけていただいていて、拓人は行きたかったみたいですけど、主人と私は文武両道を目指してほしいと反対しました。
高校生のときに一度、大喧嘩をしたことがあります。親に対する態度か、生活態度だったか、忘れてしまいましたが、私が頭にきて「いい加減にしなさい!」と言って拓人の胸倉をつかんだのです。「なんだよ!」と拓人が立ち上がったとき、まずいなと思ったのですが(笑)、妹とおばあちゃんが止めてくれて。拓人は夜なのに家を飛び出し、私もどうなるのかなと思っていたんですが、夜遅くになってチャイムを鳴らして「ごめんね」と帰ってきました。主人には「無謀なことをするなあ」と言われましたけど……。
関西での一人暮らし
高校選抜のUSオープン・ジュニア予選派遣メンバーに選ばれ、USオープンに行ったことが大きな転機だったと思います。ここでまた戦いたいと思ったでしょうし、あれでプロになりたいという気持ちが固まったのだと思います。
大学は指定校推薦で立命館大学に進学しました。ずっとお世話になっていた寺本圭コーチが関西にいたのが大きかったのですが、拓人が家からいなくなって手が離れ、時間の流れがゆっくりと感じられるようになりました。それまでテニスクラブなどの送り迎えなど、ずっと忙しかったですからね。
大学も6年かかりましたが、昨春に無事卒業しました。途中、大学を辞めることも考えたようですが、主人と私もそれは反対でした。ただ、在学中にプロになりましたが、それは特に言いませんでした。本人がプロでやりたいと言うのなら、それは仕方ありません。小さい頃からの夢だった職業に就けるなんて幸せなことだと思いますから……。
これまでで一番うれしかった試合は、2年前の全日本選手権で第1シードの伊藤竜馬選手に勝った試合です。あの試合は有明で見ていたのですが、よく頑張ったな、ここまでくるのに長かったな、そう思って涙がこぼれました。
身近な目標は世界ランキングを上げ、来年のオーストラリアン・オープンに挑戦することだと思います。ぜひ実現してほしいですね。もう私の口出しできる世界ではないので、勝っても負けても何も言うことはありません。いま25歳ですが、これからの経験、ひとつひとつを無駄にせず、立派なプロテニスプレーヤーになってほしいと思っています。
※トップ写真は2017年9月成都オープンで撮影(Getty Images)
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