西岡良仁_アメリカで腕を磨く16歳の少年
フューチャーズ準優勝――アメリカで腕を磨く16歳の少年が昨年、突如大きなニュースを届けてくれた。ボロテリー・テニス・アカデミーという最高級の環境で、西岡は何を感じ、学び、そして成長を遂げているのか。【2012年10月号掲載】
文◎杉浦多夢 写真◎BBM
CLOSE UP|Yoshihito Nishioka
西岡良仁 ※プロフィールは当時のまま
にしおか・よしひと◎1995年9月27日、三重県津市生まれ。4歳から父の経営するニックインドアテニスカレッジでテニスを始め、07年に全国選抜ジュニアU12、全国小学生大会、全日本ジュニアU12を制する“小学生3冠”を達成。09年には全国選抜ジュニアU14優勝、ワールドジュニアではチームのナンバーワンとして世界大会3位に貢献。翌年、中学3年の夏に盛田正明テニスファンドのサポートを受けボロテリー・テニスアカデミーに留学。11年には全日本ジュニアU16を制した。ATPツアー世界ランクは826位(2012年8月6日現在)
「どんなことよりも、この環境で
テニスができていることの方が大きい」
昨年10月、突如16歳の少年がアメリカのフューチャーズで準優勝を果たしたというニュースが届けられた。西岡良仁。現在、ボロテリー・テニス・アカデミーで腕を磨くレフティーだ。フューチャーズ参戦わずか2大会目にしての快挙。さらには11月にもフューチャーズで2回戦へ進み、2011年は11のATPポイントを獲得した。
「自分でもびっくりしました。とりあえず1ポイントが取りたくて大会に臨んで、予選もなんとか勝ち上がって。でも、調子がすごくよくて、やりたいようにプレーできたんです。やってて負ける気がしなかった」
あれよあれよという間に勝ち進み、準決勝では元世界ランク60位の第1シード、ニコラ・デビルダーを6-2、6-3で下す。
「強いのはわかってたけど、いけるだろうって(笑)」
予選から9試合を戦った疲労もあり、決勝では力尽きたものの、「まさか決勝までいくとは思ってなくて」という本人の言葉どおり、誰もが予想しえなかった快進撃を見せた。つかんだ自信と手応えの大きさは想像に難くない。その後もフューチャーズやチャレンジャーの予選にトライしていく中で、プロたちとの距離感を徐々につかみつつあるようだ。
「フューチャーズに出る前は全然わからなくて。1ポイントを取ることはすごいことなんだろうと思っていました。でもやっていくうちに、ある程度は勝てるんだなって。相手のレベルがだんだんわかってきた。もちろん強い選手もいるけど、ATPランカーでも勝てるレベルの選手もいる。気持ち的にもフューチャーズ1回戦は勝たなければいけない、ポイントは取らなければいけない、と思えるようになってきた」
無名の存在が、いきなり表舞台に飛び出してきたわけではない。それどころが、世代を代表する日本のトップジュニアだ。小学生時代は全国選抜ジュニアU12、全国小学生、全日本ジュニアU12のすべてを制する“小学生3冠”を達成。2009年には全国選抜ジュニアU14優勝、ワールドジュニアではチームのエースとして世界大会3位に貢献している。
2010年の夏、全国中学生大会個人戦も本命視されていた。しかし、会場に西岡の姿はなかった。そのときには盛田ファンドによるアメリカ行きが急きょ決まっていたのである。
ただ、アメリカにわたった当初は腰にケガを抱えていたため、しばらくは練習に参加できなかった。
「ほかに日本人もいたので心細いとかはなかったですね。すぐに友達もできて、そういう意味では苦しい状態ではなかった。ただ、アカデミーを会場にエディ・ハー(ITFジュニアのグレード1大会)がやっていて。練習ができないことよりも『試合がしたいなあ』と。やりたいけど、できない。そんな状態が2、3ヵ月続きました」
ようやく練習に参加できるようになってからは、あらためて充実した環境であることを実感する日々が続いている。
「最近はフューチャーズとかでも勝てるようになってきて、練習でも毎日のようにATPランク300番くらいの人たちと打たせてもらっている。トレーニングもしっかりできるし、特にフィジカルは強くなったと思う。日本にいたらジムに行く機会も少ないけど、毎日メニューが組まれていて、ちゃんと見てくれるトレーナーもいる。ウェイト系はまだまだだけど、体幹系は確実に強くなっている。今はすごく充実しています。腕とかはもう少しつけていきたいんですけど(笑)」
ただし、管理された寮生活に日常の楽しみは少ない。その中にあって大きいのは、西岡がそのことを受け入れ、決してストレスには感じていないこと。環境への順応力とメンタルの強さが、才能が花開きつつある要因になっている。
「練習のサイクルは、学校があるときは朝7時からトレーニング1時間、8時半から11時まで練習、12時までトレーニング1時間。それから3時間くらい学校に行って、4時半に帰ってきてからまた1〜1時間半の練習。土曜の午後と日曜はオフなんですけど、スーパーに1週間分の買い出しに行く以外は、よっぽど気が向かなければ外には行かないですね。
そもそも勝手に外には行けないんですよ。トリップがあって、今日はどこどこに行くバスがあるよって決まっている。それで外出はできるんですけど、行き先は決められているし。映画を観ようにも英語はわからないし。アカデミーの中で生活する分には困らないくらい上達はしてるんですけど、映画とかになっちゃうと全然わからない。だからよっぽど気が向いたときだけ。
テニス以外ではパソコンしかやってないですね(笑)。パソコンで漫画読んだり、バラエティーを見たり、映画を観たり。テニスとバスケはテレビで見ますけど、基本的にはずっとパソコン。パソコンがないと生きていけません(笑)」
それでも、「どんなことよりも、この環境でテニスができていることの方が大きい」と当たり前のように言う。テニスへの情熱がすべてのベースにあるからこそ、ちょっとした不自由は気にならない。
ただ、「遠征の方が自由?」と話を向けると「全然楽しいです(笑)」。それさえも、いろいろな場所に行けるということ以上に、「練習よりも試合が好きなので」ということの方が大きいようなのだが。
「世界のコーチが僕の弱点を共有しているらしい。よく言えば、注目されている」
圧倒的な走力と粘り強さに裏打ちされたミスの少ないプレーで、相手をじわじわと追い込んでいく。国内のジュニア大会を席巻したプレーのベースは今も変わらない。
「それがすべての基本になっています。僕の身体では一発でポイントは取れない。足を使ってプレーしていくしかない。そこからの展開力を磨いている。少しずつ自分からフォアを打つようにはしているけど、フォアとサービスはまだ弱い。特にこれからもっと勝っていくためには、サービスの強化は絶対に必要」
一方で、通用しているものがあるから、結果が出ているのも間違いない。
「足は速いとコーチにも言われるし、自分でも粘っこいタイプだと思う。相手にしてみれば簡単に勝てない選手だと思うし、クレーとかならすんなり負けたことはあまりない。実際、ほかの選手からも『あまりやりたくない』と言われたりもするので。
ただ最近は世界のコーチが僕の弱点を共有しているらしくて。よく言えば、注目されている。悪く言えば、全部ばれている。その弱点を克服していかないと」
ボロテリー・テニス・アカデミーには錦織圭がいる。「お互いに遠征ばかりなので、あまり会うことはない」というが、「帰ってきているときは打たせてもらったりしています」。身近にいる理想的なお手本をどう見ているのか。「テニス以外のことについては、何度か食事したことがあるくらいだからよくわからない」と言いながら、やはりテニス面では見習うことが多いようだ。
「錦織選手もサービスが特別いいわけではない。でもリターンや、サービスからの展開がうまい。僕もサービスがよくないので、そういうとこをしっかり見て、見習っていきたい。ファーストサービスをどこに打って、次にどうしているとか。そういうところがもっとうまくなれば、攻撃の幅も広がるし、サービスのキープがもっと増えると思う」
もうひとつ。試合におけるメンタル面は、武器にも弱点にもなっている。そこの安定は、本人も自覚している課題だ。
「粘りにつながるメンタル面は、“いいとき”には強いと言われる。ただジュニアの大会に出るときは、ちょっとメンタル的に調子にのってしまいますね(笑)。もうフューチャーズでも勝ててるし、負けないだろうって。それなのに、試合になると負けられないという気持ちが強すぎて、思い切りがなくなる。そうなるとダメですね、勝てない。逆にフューチャーズではチャレンジャーとして臨めているので、リラックスしてプレーできるし、しっかりと自分のプレーが出せる」
それでもやはり、メンタルは強いのだと思う。もちろん環境への順応もメンタルの強さだし、何より負けを引きずらない。「メンタル的に悔やむ試合もありますけど、そんなに引きずらないですね」。16歳にして、異国の地に馴染み、自らの力を伸ばすことができる。これからどこまで伸びていくのかはわからないが、それを実行できること自体が西岡の持つ稀有な能力だと言えるのではないか。
もちろん、将来はプロとして世界を転戦したいと考えているが、まだ漠然として明確な未来は描けていない。今、目の前のテニス、近くの目標に到達することに精一杯だ。
「なるべく早くATPランクで500位を切りたい。そうすればグランドスラム・ジュニアの本戦に入れるので、フューチャーズやチャレンジャーに専念できる。早くジュニアからは脱出したい。そのためには70ポイント近くが必要になる。まだ16ポイントなので、今後はフューチャーズで優勝したいし、コンスタントにベスト4に入れるようになりたい」
まだプロの世界の端っこに足を踏み入れたばかり。しかし、誰もが羨む環境に身を置き、そしてその環境を目いっぱい自分のものにしている。西岡がさらに大きな驚きを与えてくれる日も、そう遠くはないだろう。
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