シリーズ「家族の証言」は、そのタイトル通り、選手の家族に選手の小さい頃の話や思い出を存分に語ってもらって構成したもの。家族だからこそ知る、話せる、貴重なエピソードの数々は非常に興味深い。今回は伊藤竜馬選手について、父・幸治さんが語ってくれた。当時の伊藤選手はまだ独身で24歳だった。【2012年12月号掲載】

写真◎毛受亮介

伊藤竜馬
いとう・たつま◎1988年5月18日生まれ。三重県いなべ市出身。9歳でテニスを始め、長尾谷高を卒業後にプロ転向。2012年はロンドン五輪に出場、2013年には全日本選手権で優勝を果たす。グランドスラムは全豪で3度、全米で2度の2回戦進出。自己最高世界ランク60位(2012年10月)、最新世界ランクは146位(2020年1月20日付)。北日本物産所属

テニスに興味がなかった

 女、女ときましたから、3人目も女の子かなと思っていました。嫁さんが3人姉妹ですから、そういう血筋なんだろうと。そうしたら男の子で驚きました。私が坂本龍馬にハマっていたので「竜馬」と名付けました。「龍馬」の字は友達の子どもにとられてしまっていたので「竜馬」にしました。ちょうど辰年でしたしね。

 長女がテニスを始めた頃、竜馬もよくスクールに連れて行きました。でもテニスにはまったく興味がなかったようで、ウルトラマンの人形を並べて遊んでばかりいました。「おい、ちょっと(テニスを)やるか」と言っても、「僕はいい」という感じでした。姉の練習や試合も見ませんでしたし、友達と遊ぶことのほうが楽しかったようです。それでも週1回はやるようになりました。嫌々のようでしたけど(笑)。

 姉ふたりが(テニススクールに)行くもんですから、どうせならお前もやったらと。そういえば柔道を習ったこともありました。友達がやっているから僕もやってみたいと。でも続きませんでした。かわいそうだからと言って相手を投げられないんです。取っ組み合いなんて竜馬の性分に合うわけがない。すぐにやめました。

 テニスをやる気になったのは、試合に出るようになった小学4年生の頃だったと思います。楽しくなってきたのでしょうし、自分と同じくらいの実力の子が東海大会に出たことが大きかった。「あの子が行けるなら僕だって」と少し火がついたような気がします。

定番は準優勝

 ウェアやラケットは、ほとんど買いませんでした。長女のおさがりが次女、そのおさがりが竜馬でした。おさがりのラケットが折れ、初めて竜馬用のラケットを買ったことを覚えています。全国大会も長女のポロシャツを着て行きましたから。ですから小さい頃から、何がほしとか言わない子でした。

 だんだんと上達して、いいボールを打つようになりました。思いきり打って、入れば相手はとれない。でも、よくちびって(弱気になって)負けていました。そうかと思えば開き直って勝ったり。

 定番は準優勝でした。全中、インターハイ、全日本ジュニア。でも、それでいいかなと。グランドスラム大会でも準優勝してくれればいいんじゃないかと(笑)。気が優しいというか、弱いというか、末っ子の甘えん坊の父親似。そういう面が(決勝で)出るんでしょう。

夫婦初の海外旅行はUSオープン

竜馬ができるなら誰でも

 プロになるときは特に相談されることもなく、自分で決めたようです。不安ですか?ないですよ。「お金を出してほしい」と言われたらどうしようという不安はありましたけど。(プロに)なるならなって、やりたいことをやるのが一番。竜馬の人生ですから。

 今年(2012年)はオリンピックに出場できましたので、ロンドンまで行って応援してきました。私たち夫婦、初めての海外旅行です。私は教師をしていますので、ちょうど夏休みということもありました。USオープンにも行ってきました。そのUSオープンで守屋(宏紀)選手とドディグ(クロアチア)の1回戦を見たんですが、ドディグのプレーに感動しました。

 一方的に勝っている展開なのに、ものすごく汗を流し、必死になってボールを追いかけている。とれないボールでも追いかける。最後まであきらめない。竜馬との違いを感じました。これはもう100年くらい、言い続けていますけどね。

 実家(三重県)には年に何度かは帰ってきます。帰ってくると、まず最初に食べたいというのは、嫁さんがつくるハンバーグ、マカロニサラダ、味噌汁と、これ決まっているんです。

とにかく必死でやること

 オリンピックに出て、グランドスラム大会にも出て、トップ100にも入って、本当にここまで来たこと自体、奇跡です。だから思うんです。そんなに難しいことじゃないのかなと。うちの子が行けるなら、本気で一所懸命に取り組めば、誰でも行けるんだと。ジュニア時代は、全国大会に行けたことすら奇跡だと思っていましたから。

 チャレンジャー大会でポイントを稼いでランキングがアップしました。それはそれですごいことですけど、まだまだツアーレベルの選手ではありません。ですから、これからが本当の勝負だと思っています。ある意味、まだ始まったばかり。

 ただ、私はもう結果はどうでもいいんです。ここまで十分に結果を出してくれていると思っていますから。だからとにかく必死でやれと。力を出しきれと。いや、俺は必死にyっていると言うかもしれませんけど、まだまだ。

 あと10年できるかどうかの世界なんですから、ここで必死にやらないと引退してからもたいへんですよ。「手を抜かず、常に一所懸命に!」。それが今の竜馬に望むことです。

 

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