SPECIAL INTERVIEW_西岡良仁「気持ちが“俺、強いぞ”のままで止まっているんです」

2017年シーズンに入って大きな存在感を見せていた西岡良仁が、マイアミ・オープンで、まさかのアクシデントに襲われた。左膝前十字靭帯の断裂で手術を余儀なくされる。長く苦しいリハビリ生活のスタートとなったが、西岡にとってはこれもまた必要な時間だったのかもしれない。構成◎牧野正【2017年7月号掲載記事】

構成◎牧野 正 写真◎BBM

 3月に行われたATP1000のマイアミ・オープン。前週の同じくATP1000のインディアンウェルズでベスト16入りを果たし、自己最高の58位を記録した西岡は難なく1回戦を突破した。世界ランク17位、ジャック・ソック(アメリカ)との2回戦も3-1とリード。しかし第5ゲームの最初のポイントで左膝に違和感を感じた。大きな痛みはない。西岡はメディカルタイムアウトを要求し、左膝にテーピングを施すとプレーを続行した。コートサイドには不安そうに見守る高田充コーチがいて、その傍らで馬木純也トレーナーがしきりに合図を送っていたが、棄権するほどの痛みではなかった。しばらくして雨が落ちてきた。試合は一時中断となり、その合間に西岡は棄権を申し出た。

 あれは事故。足が疲れていて歩数が合わなかった。(ボールを)とるかとらないか迷いながら足が出て、合わないところに足を置いてしまって突っかかった感じになって。少し抜けたというか、違和感は感じたのですが、今まで足を痛めたことは一度もないから、これがどんな状態かよくわからなかった。痛くないんだから大丈夫なんだろうと。馬木トレーナーがシグナルを出していたのは見えましたが、何をそんなに慌てているのだろうと思っていました。

 雨で引き揚げるときに、馬木トレーナーから「おそらく前十字だろう」と言われてハッとしました。前十字のケガは父もやっていて、それで長引くことはわかっていましたから「一年ぐらいかな」と。もちろんショックでしたけど冷静でした。落ち込むことはなく、この一年でやりたいことでもやろうかなと。時間はたっぷりあるのでやりたいことを詰め込もうと(笑)。

「このまま元気ならトップ50は切れた」

 マイアミは出場を迷っていたんです。連戦で疲れもあったし、気持ち的に限界に来ていた。予選からなら欠場するつもりだったんですが、本戦に入ることができたので出場を決めました。ただ、おそらく1回戦も勝てないだろうなと。でも不思議なもので、調子のいいとき、流れが来ているときというのは悪くても勝ててしまうんです。これは錦織選手からも聞いていたことがあって、ああこんな感じなのかと。勝手に勝てているという感じでした。ソックにはアカプルコでも勝っていたし、むこうが嫌がっているのもわかったから、試合は続けたのですが、結局リタイアすることにしました。

 マイアミを欠場していれば防げた事故かもしれませんが、断裂は時間の問題だったと思います。もうかなり損傷していたと思うし、ほぼ切れかけていたと思いますから。だから出場したことに後悔はありませんが、このまま元気ならトップ50は切れたのになという想いはあります。昨年のクレーコートシーズンはほとんどポイントを取っていないので、うまいこと行けば(トップ50は)切れたかなと。

 何もこんなときにと言ってくれる方もいますが、逆にこんなときでよかったです。(世界ランクが)すごく落ちているときにこうなっていたほうが嫌だし、いいときにこうなったので気持ちが「俺、強いぞ」のままで止まっているんです。気持ちが満たされた感じでストップしているというか(笑)。

 極寒のアスタナのチャレンジャー大会で優勝し、昨年は世界ランク100位でプロ3年目のシーズンを終えた。今シーズンに入っての西岡は好調をキープしていた。デ杯フランス戦後はメンフィス、デルレイビーチ、アカプルコ、インディアンウェルズ、そしてマイアミと5大会連続のツアー初戦突破。ポイント獲得のためにとチャレンジャー大会に出場する選択肢もあったが、チャレンジャー大会には見向きもしなかった。そこにチャレンジできるランキングがあるなら、高いレベルで戦うことこそトップへ行くための条件だと痛感していたからだ。トマーシュ・ベルディヒ(チェコ)に勝ち、ラファエル・ナダル(スペイン)にぶつかり、スタン・ワウリンカ(スイス)と接戦を演じた。その代償は大きかったが、トップとの対戦で確かな手応えをつかむことができた。

 今年はもうツアーに照準を置いていました。全豪オープンでは2回戦で(ロベルト・バウティスタ)アグート、デ杯フランス戦で(ジル・)シモンと対戦し、どちらもストレートで負けはしましたけど、自分なりに手応えがあった。(トップに)徐々に近づいているという実感があったんです。高田コーチとも話し合ったんですが、だからこそこの舞台で戦っていこうと。そこで勝ちを拾っていこうと。トップとの実力差はもちろんまだあるけれど、一番足りないのは経験値だと。トップ50との対戦を続けていくこと、その経験を続けていけば自然とレベルは上がるし、チャンスも訪れる。インディアンウェルズの4回戦でワウリンカにファイナル6-4で負けましたけど、ワウリンカはあんな試合を何度も何度もやってきている。場数を踏んでいる。結局、チャンスがあったのに僕が勝ちきれなかったのは、その差だなと思いました。

 アカプルコで(ライアン・)ハリソン、ソックに勝って、なんかひとつ(レベルが)上がった気がしました。自分のテニスをしっかりと貫くことができれば、トップ20にも勝つことができる。インディアンウェルズでのベルディヒ戦は1-6 2-5からの逆転勝利でしたけど、最後はベルディヒも嫌がっているのがわかったから、とにかく粘って、ひたすら動かしてやろうと思って。まさか勝てるとは思っていませんでしたが、調子のいいときっていうのはこうなるんだなと。

 技術的にはそんなに大きく変わっていません。トップと僕らとの差って繰り返しになりますけど、やっぱり経験値。だからグランドスラム大会で上に行きたい。その経験ってとてつもなく大きいと思いますから。錦織選手だってそう。全米オープンで準優勝してから、やっぱり違いますよね。

「これも人生の一部ということで」

 今年の目標は3つあったんです。ランキングで50位台に入ること。グランドスラムで3回戦以上に進むこと。そしてツアーでベスト4以上に入ること。ひとつは達成できましたけど、残るふたつはお預けになりました。でもこの3ヵ月で経験したことはとても大きい。これを経験しないで入院していたらと思うとゾッとします。またそこに行くまでに時間がかかると思うから。経験したことは決してなくならないので、それをつかんだまま入院したことはよかったと思っています。

 復帰の時期は未定です。7月くらいからジョギングを始めたいとは思っていますが、焦っても仕方がないし、完全な状態で復帰したいですから。リハビリ生活で無理をする時期は来ると思いますけど、今は我慢のとき。これも人生の一部ということで焦らずにじっくり治します。

 入院中の西岡を訪れたのは4月下旬のことだった。入院も、手術も初めての経験。左膝をゆっくりとさすりながら「これでテニス人生が終わるわけではないし」と笑った。小さい頃、ラファエル・ナダルの連続写真をよく見ていたと教えてくれた。同じレフティー、特にフォアハンドのスピンをひたすら真似た。そのナダルとアカプルコで初めて対戦したときは感動したという。さらに競り合うことができて感動が自信へと変わった。「次はフェデラーとやりたい」。それが復帰へのモティベーションのひとつでもある。

 現在は退院し、ナショナルトレーニングセンターでリハビリ生活を送っているはずだ。復帰時期は明言していないが、おそらく今シーズンは難しいだろう。まだ21歳という年齢を考えれば急ぐ必要はない。西岡の躍動感あふれるプレーをしばらく見ることができないのは残念だが、たくましさを増して帰ってくる姿を楽しみに待ちたい。

にしおか・よしひと◎1995年9月27日、三重県生まれ。170㎝63㎏。小学6年で選抜ジュニアU12、全国小学生大会、全日本ジュニアU12を制して小学生3冠を達成。中学3年の夏から(公財)盛田正明テニスファンドのサポートを受けてIMGアカデミーへ留学。2012年USオープンジュニアベスト4、2013年全日本テニス選手権準優勝。2014年1月にプロ転向、同年のUSオープンでグランドスラム大会デビューを果たし、直後のアジア大会で金メダル獲得。堅実なストロークと俊敏なフットワークを武器にプロ4年目の2017年シーズンはATPツアーを主戦場に活躍、世界ランクを自己最高の58位までアップさせたが、3月のマイアミで左足の前十字靭帯を負傷。4月に手術を受け、現在はリハビリ中。ミキハウス所属。実家は三重県のニックインドアテニスカレッジ

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