INSIDE REPORT_ラファとトニー。
「今年がラファと最後のシーズンだ。 来年から私はラファについてツアーを回らず、マヨルカにある我々のユース・アカデミーでの仕事に専念する。若い才能の育成に取り組みたい」――今年の初頭、ラファエル・ナダルの長年のコーチであり叔父であるトニーが言ったこの言葉は、テニス界に少なからず衝撃を与えた。しかし、ふたりの『別離』の知らせは、どちらかといえば、トニーがチーム・ナダルのチーフから相談役に移行するという類の変化を意味しているのである。文◎ミゲル・アンヘル・ズビアラン【2017年6月号掲載記事】
文◎ミゲル・アンヘル・ズビアラン 翻訳◎木村かや子 写真◎Getty lmages
一心同体から別離へ
ラファエル・ナダルとトニー・ナダルは、ラファがテニス界で型破りな歩みを始めた最初の瞬間から、スポーツ界でもっとも知られたペアを形成してきた。テニスのすべての構造を覆したプレーヤーと、彼の全キャリアを通し――まだ子供だったラファがツアーでの歩みを始めるずっと前から常に付き添ってきたコーチ。トニーがラファの叔父であるという事実は、そこに二重の構成要素を加えている。ひとつは感情的なもの、もうひとつは彼がラファを完璧なまでに知り尽くしており、ごく初期から彼の性格を形成することに貢献したという、テクニカルな側面だ。
しかし今、そのチームは離れ離れになるようなのである。トニーは来年からはラファが故郷のマヨルカ島に開設したユース・アカデミーの運営と指揮に集中したいと発言した。反対にナダルは、自分のキャリアの終わりがいつになるかについて、どんな予定も設けていなかった。ラファにとって、トニーが自分のコーチとして第一線から退くということは、何を意味するのだろうか? 間違いなく、2007年のラファにとってであれば、それは大事だったろう。しかし2017年のラファにとっては、恐らく現在の状況にそれほど大きな違いをもたらす出来事ではない。言うまでもなく、ラファエル・ナダルのチームには、これまでも常に他のスタッフたちがいた。トニ・コロム、フランシス・ロイグもいたし、ごく初期にはカルロス・モヤのサポ ートもあった。
もちろん、その中でもっとも大きな存在感を示していたのは、常にトニー・ナダルだった。ふたりが一心同体であるというイメージがあまりに強かったがために、昨シーズン、ラファがいくつかの故障と、必要とされる''改革''の技術的要求の高さのせいで、自分のベストのレベルを維持することができないでいたときに『ナダルはコーチを変えるべきである』という、時に騒々しいほどの世論、意見が沸き上がった。しかし、それに対するラファの答えは常に明確だった。ラファは言った。
「人には意見を言う権利があり、僕はその自由を尊重する。でもだからと言って、僕がそれに同意するという意昧ではない。厳しい状況に置かれていた中でコーチを変えることを考えたことは一度もなかった。もちろん、状況を改善するため何かをする必要はあるよ。でも僕がいいプレーをできていなければ、それはコーチのせいではなく、僕自身のせいなんだ」
ラファは同じ姿勢を通した。もちろん必要な対策は講じるにせよ、トニーは彼のコーチであり続けると誰もが信じて疑わなかった。
トニーの決断
その対策のひとつは、昨シーズン末にやってきた。ミロシュ・ラオニッチのコーチを務めたあと、カルロス・モヤがラファのコーチング・スタッフに加わったのだ。これは一般的に良い動きとして世論に受け入れられた。モヤは元世界1位の威信あるコーチであり、さらにラファは彼に全面的な信頼を寄せている。同郷のモヤがラファのキャリアの初期に、ラファにとって師匠だったことを思い出してほしい。
この対策がとられると、次の動きはすぐにやってきた。オーストラリアン・オープンの一週間後、トニーは早くも甥との直接的師弟関係の失効期限の日付を設けたのだ。トニーは『テニス・イタリアーノ』というウェブサイト上のコメントで、それは今季の終わりになるだろうと明かした。そして、自分と甥の間には、どんな問題もないということを強調した。
「私とラファの関係は変わらず非常によいものだ。我々は一度も(関係面での)難局を経験してはいない」と言ったが、ディシジョン・メイキング、つまり自分が最終決定を下す力は次第に減少しつつあることも認めた。
「ラファが17歳になるまでは、私がすべてを決めていた。それからカルロス・コスタがマネージャーとしてやってきて、ラファの父親の介入もあり、各々がそれぞれの意見を持っていた。実際のところ、年が過ぎるたびに毎回、私が決断を下す機会は少なくなってきている。このままだと、もはや私は何も決めることがない段階へと至ることだろう。もう何年もの間、ラファと旅してきたが、私はふたたび若い選手の育成に従事したいと思っており、我々のアカデミーというのはそれに最適な場所なんだ」
この発言に続き、 今度は『エル・パイス』紙のインタビューで、トニーはこう強調した。
「我々の関係は完璧だ。でも、もちろん年を追うごとに関係の形態は変わっていった。それは私の息子との関係と同じことだ。息子はまだ12歳だから、私はあの子に何をすべきかを事細かに言ってやる。でも彼が18歳になったらそうはしないだろうし、20歳になったら、さらに口を挟む機会は減るだろう」
いずれにせよ、とトニーは続けている。
「もし、ラファが私に『来てもらえるかい?』と言ってきたなら、もちろん私は喜んでいくよ。もし、彼が私を必要としているならば助けるさ」
トニーはまた、ラファは自分の決断について知らなかったが、旅を続けるのがますます難しくなりつつあったため、想像できることでもあっただろう、と付け加えた。
ラファ自身、この新しいが、ただちに起こるわけでない状況について、自分の意見を表明するのをアカプルコのメキシコ・オープンまで待った。しかしながら、このアカプルコの大会で、彼はトニーといっしょではなく――実際、トニーは常にラファといっしょに旅しているわけではない――彼が示唆したのは自分のチームに、より多くのコーチング・スタッフを参入させる可能性だった。
「もしかすると、タイムリーなサポートを得るため、もうひとりかふたり、コーチング・スタッフをチームに加入させるべきなのかもしれない。カルロス・モヤには3人の子供がいるし、フランシス・ロイグには彼のアカデミーがあるからね」
つまりモヤとロイグも必ずしも常に彼に付き添い、すべての大会に来られるわけではないということだ。
最大目標はロラン・ギャロス
言い換えれば、それは自然の成り行きだった。代役が誰であるかに関わらず、トニーだけを常に大会に帯同する形ではなくなってから、もうかなりになる。かつてのトニーはチームのすべての仕事・操作を管理していたとはいえ、そのキャリアのごく初期から、常にラファに同伴して、すべての大会に出向いていたわけではなかった。
そして今回、実質的にトニーはチーム・ナダルのディレクターから、チームの相談役に移行したのだ。前述のように、トニーはすでに頼まれたときには、いつでも自分のサポートを提供するつもりであることを明言していた。
そして、そうする機会は頻繁にあるはずだ。なぜならトニーは、ラファのキャリアがすでに下り坂にあるとは信じていない。ラファ、トニーの両者が世界1位の座はもはや彼らの目標ではないという点で合意しているが、ラファが今シーズン、グランドスラム大会で優勝しても、まったく驚きはしない、とトニーは言う。ラファがオーストラリアン・オープンで、優勝までもう一歩というところまで迫ったように。彼らの最大のターゲットは言うまでもなく、彼の庭、クレーでのロラン・ギャロスなのだ。
「何が起ころうと、まったく驚きはしない。もしマドリッドで故障していなければ、昨年にもラファは、ロラン・ギャロスで優勝するチャンスを有していたはずだ。しかし、グランドスラム大会のどれひとつでも優勝できなかったとしても、やはり驚きはしない。なぜならチャンスを有しているからといって、必ずしもそれをやってのけられるという意味ではないからね」とトニーは言った。トニーはまた、ラファがここ数ヵ月で調子の良かったカナダのミロシュ・ラオニッチ、フランスのガエル・モンフィス、ブルガリアのグリゴール・ディミトロフ、ドイツのアレクサンダー・ズベレフに勝っているという事実は、彼がよくやっていることの印であると考えていた。
「テニスの世界では自信というものは、そう長いこともたない。いいプレーをして勝っているときには選手は自信に満ちている。でもそのあとに2、3試合に負ければ、すぐに自信を失ってしまうものだ。ラファは1ヵ月の間に、ラオニッチ、モンフィス、ズベレフに勝った。これは彼がふたたび、いいプレーをしているという証拠だ。今、勢いをキープしつつ、この道を歩み続けなければならない」
トニーはラファにとって、もっとも厳しいときは2015年だった、と回顧した。
「あの年のラファは、メンタル的に非常に悪い状態だった。というのも身体に多くの問題を抱え過ぎ、自分の身体に対し、すっかり自信を失ってしまっていたんだ。しかし身体が回復したとき、彼はその姿勢、振る舞いをも変え、ふたたびメンタル的に強いラファに戻った。今、彼は肉体的にいい状態だ」
この体制の変化が実行に移されるまで、まだ1年弱の時聞があることを考慮すれば、それまでに様々な意味で、状況が変わるというのも十分にあり得ることだ。現時点ではっきりしていることは、ナダルが最高レベルでプレーし続けているということである。コート上に飛び出していくたびに、彼はそのことを証明している。数年前の過去の辛い日々は、今や背後に過ぎ去った。そして彼が大会に”ひとり”で臨むのは、初めてのことではない。
「もし、ラファが私に『来てもらえるかい?』と言ってきたなら、もちろん私は喜んでいくよ。もし、彼が私を必要としているならば、助けるさ」 (トニー・ナダル)
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