世界一を育てたコーチに学ぶ「トニーナダル」(2)指導哲学 Q&A
2013年11月下旬にイタリア・ミラノで行われたGPTCA(※)の研修で、同団体の創始メンバーのひとりで、ラファエル・ナダルのコーチであるトニー・ナダルが、ツアーコーチを目指す指導者たちのための講習を行った。甥のラファをテニス選手としてだけでなく、正しい姿勢を持った人間となるよう育てたことで知られるトニー。筋金入りの強い性格とカリスマ性で名高い彼が、「ラファを世界の頂点に導くまでの秘話」や「トニー独自のコーチングの原則」「指導哲学」、そして「ラファが子供時代からトップに至るまで使い続けている練習法」までをつぶさに語ってくれた。(レポート◎木村かや子、構成◎編集部)【テニスマガジン2014年3月号掲載記事】
GPTCAとは
欧州のトップコーチのイニシアチブによって創設された「グローバル・プロ・テニス・コーチ・アソシエーション」、通称「GPTCA」。ATPやWTAのツアー選手を指導したコーチたちによるこの協会の目的は、ツアー生活で学んだ経験を、ツアーコーチになることを目指すコーチたち、ATP/WTAのプロとなる夢を胸にユース選手たちとともにツアーを巡るコーチたちに伝えることにある。その目的の下、GPTCAは世界各地でコーチのための研修を行っている。このレポートはイタリア・ミラノで行われたもの。
Question & Answer|質疑応答
参加コーチがトニーに質問をした。
Q 子供のとき、ラファはいつから左利きで打つようになったのですか?
A 小さかった頃、ラファはフォア・バックとも両手で打っていた。それも左右で、そのつど、手を持ち替えて打っていたんだ。そのため、ウィナーを打つときにかなり足を動かさねばならず、私はこれではまずいのではと思い始めた。また右利きではない者には難しい動きが要求されるために、サーブのときにやや問題を抱えていた。ラファはフォアを右手で打つと全然コントロールできなかったのだが、テニスでだけ左利きだった。ちなみに彼は今もゴルフは右でプレーしているし、ボールを投げるときも食べるときも右なのだ。
しかし、彼は両サイド両手打ちで非常によいプレーをしており、地区では8歳のときに12歳以下のチャンピオンになった。なのになぜ変えたか? 左手にしたのは、左手のほうがうまかったからだが、その前になぜ片手に変えたのか? それは、「フォア・バックとも両手打ちのトップ10選手がどれだけいるか?」と、私が彼に質問したからだった。彼は「一人もいない」と答えた。だから私は、「お前が最初の一人になる気か?」と言ったのさ。そのあとに、練習でまず10分、それから20分と、徐々に片手打ちフォアハンドの時間を増やしていったのだよ。
Q ラファの才覚にいつ気づきましたか? 何が目についた点だったのですか?
A 2つの特別な点があった。第一に、シンプルに彼は多くの試合に勝っていた。第二に、練習よりも試合でのほうがよいプレーをしていた。またもうひとつ、ラファは学ぶ能力を持っていた。これはすべての偉大な選手に共通する点だ。
Q あなたはラファのテクニックを何度か変えてきましたが、ラファはどのようにこの修正を受け入れてきたのですか?
A テクニックの修正の前にひとつ話したいことがある。頭の上に手を上げるフィニッシュは私が教えたものではない。15歳くらいまで、ラファは前に振りきる普通のフォロースルーをしていたが、15歳からプロのツアーに出始め、年長の対戦相手のショットがパワフルなために強いられた、生き抜くための変更だったのだよ。
私は基本的に、攻撃的にウィナーを打ち込めるようにラファを指導してきたが、モンテカルロでハードヒッターと対戦した際に、相手がすごく強かったので、それに適応しなければならず、そこからあの打ち方が始まった。ツアーでは、彼より体がずっと強い年上の選手と対戦しなければならなかったからね。当時のラファは今以上にサーブが弱かったので、リターンで叩かれたとき、また相手が強いサーブを打ち込んできたときに、対処できるよう変える必要に迫られたのだ。ベースラインより2m後ろでプレーしていたのも、そうしたかったからではなく、そうしなければ対抗できなかったから、それが唯一の解決策だったからだ。
この解決策で世界2位にまで至ったので、「これでいいや」とそのまま続けたわけだが、今はもう以前ほど走れず、そのやり方が以前のように効果的ではなくなったので、2013年からもっと前に立つ打ち方に変えた。そのため、今はより前方で、ボールの上がりばなをとらえて、より地面に平行にスイングすることになり、テクニックの修正が必要になった。私がそうしようと言い、ラファがそれを聞き入れたのは、私のほうが年長だからだよ(笑)。
Q (元ツアープレーヤーのヨナス・スベンソン氏が質問)あなたはここで敬意、そしてハードワークについて話しましたが、他に昔から貫いている基本的主義や基本哲学は持っていますか?
A 私にとって、ラファがすべてにおいて自分の人生、自分の行為の責任を持つということが、昔から非常に重要だった。私はラファが子供のときから、自分のプレー、行為など、自分が行うすべてに責任を持つようにと教えてきた。もし負けたら、コーチや天気のせいではなく、自分の責任であると。
ある逸話を話そう。
あるときフューチャーズで、ラファともうひとり私が見ていたマヨルカの選手が、ふたりとも同じ時間帯にプレーしなければならなかったときがあった。私は甥を贔屓していると言われないよう(笑)、もうひとりの選手の試合の方を観に行き、その試合を見ながら、ラファのコートも遠くなかったのでちらちらとチェックはしていたのだが、ラファはたしか0-5とかでリードされ、ひどいプレーをしていた。
そうしたら私の友人が、「ラファが替えがないために割れたラケットでプレーしている」と言いにきたんだよ。だからラファのコートに行ってラケットが2本とも割れてるんじゃないかと確かめると、ラファは「うん、壊れた」と答えた。そこでラケットを替えたら試合は好転したものの、彼は結局0-6 5-7で負けた。
そして試合後、私が「もう結構、長くプレーしてきた選手が、割れたラケットでプレーしていることに気づかないなんておかしいんじゃないか」と言うと、彼はこう答えたんだ。「いつも何が起ころうと自分の責任、と考えることに慣れていたから、勝てないのは割れたラケットのせいだと思いたくなかったんだ!」。
この考え方のおかげで、彼は苦境を克服する能力を大いに養った。ラファは、ことがうまくいかないときに、耐え、前進し続け、戦い続ける力を持っている。それゆえに、ラファは悪いプレーをしながら試合に勝った確率がもっとも高い選手なのだ。
もう一つ話そう。
この耐える能力は、2009年オーストラリアン・オープンの、フェデラーに対する決勝の際にも見られた。
試合の2時間半前に、ウォームアップの練習を始めたとき、ラファはめまいと息苦しさを感じ、腕の痛みなど多くの体の問題を訴えた。私が「どうする?」と聞くと、「疲れきってる。もうできない」とラファは答えた。私は「もうできない、などと言うな」と言ったが、ラファは「もうできない。体中が痛いし苦しい」と言うんだ。
我々は練習を中止して更衣室に行き、私が「もうできない、などと言うな」ともう一度言うと、ラファは「でもそうなんだ。もう無理だ、できない」といい続けた。そこで私は「今、痛みがあるかもしれないが、2時間後に神が助けてくれるか見てみよう」と言った。「2時間後にどう感じるか見て、自分で決めろ。優勝の可能性に、こうも近くまで迫ったことはこれまでない。勝ちたいかどうか自分の心に聞いてみろ。もうできないと言うが、頭にピストルを突きつけられ走らなきゃ殺すと言われたら間違いなく走れるだろう。すべてお前次第だ。自分の中に特別なモチベーションを見つけなければならない」と私は言ったんだ。
2時間後、彼はコートに出ていきながらオバマ大統領のスローガン「Yes we can」を繰り返していたよ。
そして結局、ラファは5セットの激戦の末に勝った。5セット目に入ったとき、より疲れていたのはフェデラーのほうだったんだ。これも、限界だと思えるような状況でも、常にもう少し頑張れるラファの能力を証明した試合だった。
ラファが持つ2つの最たる能力は、現実と責任に真っ向から向き合えることなのだ。
Q ラファのあのウエスタングリップのフォアハンドはいつからですか?
A 私はフェデラーのようなシンプルでクラシックなスタイルのほうが好きだよ。よりスピードを出すためにラケットを大きく振り始めるようになり、今のようなフォアになったということだ。
Q ケガのあと技術的、あるいは戦術的にどの部分を変えたのですか?
A メンタリティと、以前ほど走り回らずにプレーできるようにすることだ。自分が走る代わりにボールを走らせ、ラリーをより短くするようにし、より前方に立ってプレーすること。だから今は、ラリーを短くするためによりダウン・ザ・ラインを狙う。ベースラインに近い位置に立ち、ウィナーを狙ってよりダウン・ザ・ラインに打つ、というのが義務になった。
Q ラファの精神的資質、頑張り抜く力は、養い築いていったものなのか、それとも小さい頃からもともと持っていたものですか?
A 築いていったものだ。頑張り抜く力は養わなければならないが、ラファはそのためのよい素質を持っていた。言うまでもなく、もし選手が頑張り抜く意味を理解せず、物事がうまくいかないからとすぐにことを断念してしまうようだったら、能力を築いていくことは非常に難しかっただろう。
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