広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第3回_スポーツマンシップとは何か?
あなたはスポーツマンシップの意味を答えられますか? 誰もが知っているようで知らないスポーツの本質を物語る言葉「スポーツマンシップ」。このキーワードを広瀬一郎氏は著書『スポーツマンシップを考える』の中で解明しています。スポーツにおける「真剣さ」と「遊び心」の調和の大切さを世に問う指導者必読書。これは私たちテニスマガジン、そしてテニマガ・テニス部がもっとも大切にしているものでもあります。テニスを愛するすべての人々、プレーするすべての人々へ届けたいーー。本書はA5判全184ページです。複数回に分け、すべてを掲載いたします。(ベースボール・マガジン社 テニスマガジン編集部)
第1章|スポーツマンシップに関する10の疑問
その2 スポーツマンシップとは何か?
……スポーツを通じて身につける人格的な総合力です。
Key Word
尊重、フェアプレー、良き人格、Good Loser、人格的総合力
スポーツマンシップの古典をひもとく
東京オリンピックの前年(1963年)に出版された『コーチのためのスポーツモラル』(金子藤吉著、新体育学講座第14巻、逍遥書院)という本に、スポーツマンシップがわかりやすく解説されています。要約すると、次のようなことが書かれています。
・スポーツの主な価値はスポーツの精神すなわちスポーツマンシップにある。もしも学校スポーツの中にこの精神が存在しないならば、そこには何らの価値も意義も認められない。
・スポーツマンシップは、一言で言えば「尊重(respect)する」ことである。試合の相手を尊重し、審判を尊重し、試合の規則を尊重すること。このことは自分の行うゲームそのものを尊重することになる。
・重要なのは、公正(フェアプレー)の精神である。これから「正義」「規則に忠実」「審判に従順」「規律を守る」などが導かれる。そして自分が守るものとして、「最善を尽くし」「勝って誇らず」「負けて悔いない態度」「明朗」「責任」「謙虚」「勇気」「忍耐」などが挙げられる。さらに競技者どうしがお互いに示すべきなのが、「同情」「親切」「協同」「友情」「敬愛」などであり、これらが統合されて**良き人格(Good Sport)になる。
・スポーツマンシップは、他の「倫理」や「道徳」よりいっそう現実的なものであり、スポーツマンは、これを修練して身につける機会に恵まれていることを見逃してはならない。
・スポーツマンシップを体現するためには、以下のような行動原理が必要である。
フェアにプレーしなければならない。
勝つためにベストをつくせ。
味方が不利ならば、いっそう奮闘せよ。
負けたなら笑顔でそれを承認し、次回にふたたび試みるつもりで帰って来い。
審判者の判定を承認し、負けたからといって復讐など図ってはいけない。
来訪したチームは賓客として待遇し、地位の有利があれば彼らに与えよ。
・民主主義とは自由と平等を基本とし、「自由、平等、友愛、協同」を備え、それを貫くには公正をもってすると言うならば、それはスポーツマンシップの内容と、まったく軌を一にすると言える。
スポーツマンシップとフェアプレーの違い
現在、世界的に「スポーツマンシップ」と「フェアプレー」が混同される傾向にあります。しかしこの2つは同じではありません。フェアプレーとは、あくまでプレー中に守るべき考え方や態度のことです。
序章で紹介した「ある人が真にスポーツマンであるかどうかは、勝負に負けたときの態度でわかる。負けたときに素直に負けを認め、それでいて頭を垂れず、相手を称え、意気消沈せずにすぐ次に備える人が真のスポーツマンだ」という言葉を思い出してください。負けたときというのはすでにプレーが終了していますから、負けたときの態度はフェアプレーかどうかとは関係ありません。負けたときに潔い人を、英語ではGood Loserと呼びます。残念ながら日本語に対応した言葉はありません。
つまりスポーツマンシップとは、フェアプレーやGood Loserという概念を包括的に言い表しています。少し難しい言菓で表現すれば、スポーツマンがとるべき最も基本的な態度を促す精神的な理念であると言うことができます。
人格的な総合力
一方で、私たちすべてが有限の人間であり、その可能性にも限りがあるという点を理解する必要があります。スポーツマンシップの精神を持つことによって自分に克(か)ち、大きく成長して自らに磨きをかけることができるのだと理解しなければなりません。
このように、スポーツマンシップという言葉は、若いアスリートが競技を通じて少しずつ身につける人格的な総合力と言い換えることもできます。あるがままの姿を直視し、理解することで初めて人格を磨くことができるということを頭に入れて、適切に判断・行動することが何より大切です。確かにスポーツマンシップがこの項の冒頭で述べたような内容であるなら、それを身につけたスポーツマンを「Good Fellow(=良い仲間)」と定義しているオックスフォードの辞典(前述)の説明も納得がいきます。
実例1
世界最高の舞台には、スポーツの素晴らしさが凝縮されているー2002年FIFAワールドカップより
2002年6月、私たちの眼前で繰り広げら れたサッカーワールドカップ。決勝トーナメントに進んだ日本代表チームの活躍もさるこ とながら、世界一流のプレーヤーたちが繰り広げる真剣勝負のドラマに、多くの人々が酔いしれました。日頃サッカーやスポ一ツにそれほど関心のない人たちまでをも魅了し、 熱中させてしまう何かが、そこには明らかに存在していました。世界最大のスポ一ツイベン卜には、スポ一ツが持つ本来の素晴らしさが必然的に凝縮されているのです。これぞスポーツマンシップ! と言えるような素晴らしいコメントも随所で聞かれました。
まず、鉄壁の守備でドイツを決勝に導いたゴールキーパーのオリバー・カーン。彼は、準決勝の韓国戦の前、イタリア、スペインが相次いで不利な判定で韓国に敗退したことについて質問され、「不利な判定の一つや二つにめげない。ゴールが取り消されたら次のゴールを狙うだけだ 」と答えています。 結局、彼は自らのミスもあって決勝ではブラジルに敗れますが、ピッチ内外での立ち居振る舞いは、まさにスポ一ツマンシップを絵に描いたようなGood Fellowの印象を残しました。そのドイツチーム。決勝で負けたあとのフェラー監督のコメントも気持ちのいいものでした。
「ブラジルが世界一ということに何の疑問も感じない。彼らに敬意を表したい」
決勝で主審を務めたイタリア人のコリーナ氏は、同じく決勝の試合後、「(決勝は)素晴らしい体験だった。選手たちの振る舞いには、非の打ちどころがなかった。私自身も試合を楽しめた」と語っています。スポ一ツでは審判もプレーヤーや監督と同様、ゲームの参加者の一人であり、お互いに尊重し合い、スポ一ツマンシップを交換し合う相手なのだということを強く感じさせてくれるコメントです。 彼は日本がトルコに敗れた決勝トーナメント一回戦でも主審を務めました。試合後、肩を落とす日本選手に、以下のような言葉をかけてくれたそうです。
「どちらかは負けなければならない。悲しまないで、この大会で達成したことを、誇りに思うべきだ よ」
試合終了のホイッスルを嗚らしたあと、選手と触れ合う時間が一番好きだと彼は言います。
(出典:読売新聞)→
「霊長類最強のキーパー」と言われたドイツ代表主将のカーン。決勝ではこの大会で唯 ーとも言えるミスで先取点を許し、惜しくもブラジルの後塵を拝したものの、大会を通して素晴らしいパフォ ーマンスを見せてくれました。カーンはそのプレーが素晴らしかっただけではなく、プレーに取り組む真摯な姿、決して諦めない精神力等で、サッカーファンのみならずすべての人を魅了しました。特に「不撓不屈(ふとうふくつ)」の精神力で、ゲームに集中する力は、まさに「ゲルマン魂」の鏡と評すべきもの。「不利な判定にいちいち不服を唱えるよりも、次のプレーに集中する」動じない態度は、またゲームの勝利に集中するスポ一ツマンの鏡でもあります。
そのカーンを擁して、 戦前の低い下馬評を覆してドイツを決勝に導いたフェラー監督が、決勝でブラジルに敗れたあとのコメントもスポ一ツを理解したうえでの素晴らしいものです。負けたときにこういう立派な対応ができるようになることは、容易な努力ではありません。こういうコメントは、それまでに大いに努力し準備し、ゲームにそのすべてを発揮することができたからこそ可能なのです。さらにこのコメントには、ブラジルという最高にして最強の相手と戦えたことの幸福感が感じられます。
2002年のワールドカップにおいて、競技上では審判の誤審問題をはじめいくつかの問題はありましたが、決勝はまさに世界トップレベルのその頂上を極めるにふさわしいものだ ったので、大会全体が救われた観がありまし た。そのためか、主審を務めたコリーナさんのコメントには、大いなる「達成感」が感じられます。こういった最高峰のゲームが達成されるためには、プレーする双方の体力と技術が高いだけではなく、お互いがスポーツマンシップに則って、しかも審判もそれを理解して双方のチームに最高のパフォーマンスをさせるよう努力する、三者の協働関係があって初めて可能なのです。
広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第1回_序章「誰もが知っている意味不明な言葉」
広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第2回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その1「スポーツとは何か?」
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