初日だったはずのウインブルドン、午前11時の静寂
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オールイングランド・クラブで時計が午前11時を打ったとき、そこにあったのは静けさだった。それは真っ白なウェアに身を包んだプレーヤーが完璧に整備されたウインブルドンのグラスコートで、今まさにサービスを打とうとしていたからではない。それは今年、この世界最古のグランドスラム大会でテニスが行われていなかったからだ。
この月曜日は本来、2週間に渡って開催されるウインブルドン最初の日であるはずだった。そしてグラウンドコートでは、通常プレーはお昼前に始まる。しかし新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックのため、大会はキャンセル(戦争以外では史上初)された。伝統あるこの大会が中止となったのは、第二次世界対戦中だった1945年以来のこととなる。
ウインブルドンで育ちロジャー・フェデラー(スイス)やセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)が近くを通る様子を垣間見ることを楽しみにしているという地元住民のマリー・ロビンスさんは、「悲しいことです」と心境を明かした。「それはずっと、私たちの生活の一部だったことですから」。
毎年イギリスでイチゴが旬となるシーズンに、テニス界はオールイングランド・クラブに焦点を当てる。すべてのプレーヤーが身に着ける白いテニスウェアが、開始時の緑の上に映える。その緑は大会の終わり、最後の週末のセンターコートは消耗してベースライン付近は茶色に変わる。
「それは私たちにとって1年のハイライトなのです」とオールイングランド・クラブの図書館員として働いているロバート・マクニコルさんは教えてくれた。「テニスを愛する者として、私は毎年それを楽しみに生きているんです」。
しかし、2020年は他の年とは違った。新型コロナウイルスは世界中で50万人以上の命を奪い、世界のスポーツの大部分を荒廃させた。ウインブルドンが4月に潔く今年の大会の中止を決めたのは部分的に、このようなパンデミックに対処するための保険に入るという先見の明を持っていたからでもある。
大会ディレクターのリチャード・ルイス氏は、そのおかげで財政的ダメージは最小限に抑えられたと打ち明けた。
「中止の場合に保険が下りるというの素晴らしいことです。おかげで我々は財政的に安定しており、いい状態ですよ。イギリスのテニスは守られています。我々は補償金を請求しました」
保険は間違いなく、オールイングランド・クラブが収入の喪失に対処するのに役立つだろう。しかしウインブルドン・ビレッジの地元ビジネスは苦しんでおり、かなりの打撃を受けるはずだ。例年は会場周辺の小売店やレストラン、バーのウインドウは、テニスの観客を引き込むためにテニス関連のデコレーションを施している。それは2週間のテニス天国の、ちょっとした分け前のようなものだ。
「テニスは我々の売り上げを4倍にしてくれ、そのおかげで店舗の家賃を払えるのです」とレストランのオーナーであるケリー・ダフィさんは説明した。店の顧客の中には、頻繁にプレーヤーやその家族が含まれるという。
ダフィさんはまだ運がいいほうだ。彼女は持ち帰り用の酒類と食べ物を販売するライセンスを持っていたためロックダウンの間も仕事を継続することができ、ここ数ヵ月は通常よりも多くの収益を上げることができていた。しかし他の者はそれほど幸運ではなかった。まずは店を閉じなければならず、その後は観光客不足で苦しめられている。
だがビレッジ内で足音が聞こえないことは、丘の下の会場の閑散とした雰囲気とは比べ物にならなかった。クラブはオ―プンしており、メンバーはテニスをプレーしてさえいる。月曜日には多くの閉じたゲートのひとつを通し、白いウェアを着たプレーヤーたちを見ることができた。その姿は神聖な場所にふさわしく、取り澄まして上品な佇まいだった。
その一方でチケットを買うために押し合いへし合いしながら待っているファンたちの行列はなく、門が開いたときに起こるグラウンドコートの席を取るための喧騒もない。毎年ウインブルドンの駐車場の役割りを果たす近くのゴルフ場には、入ろうとして列を作る車の渋滞もない。
反対にゴルフコースにはゴルファーがおり、それがウインブルドンがない世界の奇妙な雰囲気をより際立たせている。
「奇妙なことに今年は大会がないと知っていたにもかかわらず、いつものように期待感を抱いていました」とマクニコルさんは語った。 「それはかなりもの悲しい感覚ですよ」。(APライター◎CHRIS LEHOURITES/構成◎テニスマガジン)
※写真はウインブルドンの会場となるオールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ(Getty Images)
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