福井烈の本音でトーク_第25回目のゲストは川淵三郎さん(Jリーグ・チェアマン)
(※原文まま、以下同)Jリーグは『Jリーグ百年構想』をスローガンに「スポーツ文化の確立」に向け、活動している。『Jリーグ百年構想』は、すべての競技が手を取り合い、より多くの人々に、生涯、スポーツに親しめる環境を提供していこうというもの。今回はJリーグ・川淵チェアマンと “スポーツ"を熱く語り合った。【2000年3月号掲載|連載第25回】
川淵三郎さん(日本プロサッカーリーグ・チェアマン)
かわぶち・さぶろう◎1936年12月3日、大阪府生まれ。府立三国丘高校でサッカーを始め、全国高等学校選手権に出場。早稲田大学時代は関東大学リーグで優勝3回、2年生のとき日本代表に選ばれる。東京五輪では釜本邦彦と組んで、右ウイングで活躍。その後、古河電工監督、日本サッカー協会強化部長、日本代表チーム監督を経て、88年日本サッカーリーグ総務主事となる。以来、日本サッカーのプロ化に向けて尽力し、91年Jリーグ発足と同時にチェアマン(理事長)に就任。現在は2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会理事を兼務。監督時代は奥寺康彦を旧西ドイツにプロ1号として送り出している。
福井烈プロ
ふくい・つよし◎1957年福岡県生まれ。柳川高校、中央大学を経て、1979年にプロ転向。過去、史上最多の全日本選手権優勝7回を数える。10年連続デ杯代表、9年(1979〜1987年)連続JOPランキング1位の記録を持つ。1992〜1996年デ杯日本代表チーム監督。現在は、ナショナルテニスセンターの運営委員長を務める。ブリヂストンスポーツ所属。本誌顧問
世代を超えて多くの人々が生涯、スポーツを楽しめる国にしたい(川淵)
福井 今日はすごく楽しみにしてきました。
川淵 こちらこそ、どうぞよろしく。
福井 僕は同級生にサッカー選手がたくさんいて、田嶋幸三くんや、金田 (喜稔)さん、ひとつ上に加藤久さんや岡田(武史)さんがいます。つい先日も、岡田さんに会いました。
川淵 そうですか。 この前ね、柔道の山下(泰裕)さんにお会いして、彼も岡田とか、その年代の人たちと交流しているという話をしていたので、みんなで大きな目標を持ってやってください、なんて話をしたんです。やっぱり山下さんの年代が日本のスポーツ界を変えると思うんでね。そこに福井さんも入って連帯感を持っていただいたら、日本のスポーツは変わっていくと思います。僕らの年代はいろいろとしがらみがあってね(笑)、なかなかむずかしいんで。
福井 そうですか(笑)。3、4年前からですが、山下くんとか岡田さんとか各スポーツの同年代で集まって、年に何回か食事会をしています。今のスポーツ界はひとつのスポーツだけで強くなる時代じゃないということで、お互いのスポーツからいいものを取り入れて、何かシステムを作っていこうという話をよくするんです。まだ大きな声で言えるものではありませんが、そういう話をしています。
川淵 すごくうれしい話ですね(笑)。そういう輪をどんどん広げていってほしいです。それでね、あっいいの? 僕が話をして(笑)。
福井 どうぞ(笑)。
川淵 それでね、例えば何か具現化していかないとまずいと思うんですよ。そうだそうだと言っているだけじゃなく、こんなにいいことがあるからやってみようと。そうなったときにJリーグは支援したいんです。
福井 ありがとうございます。以前、バレーボールの三屋(裕子)さん(Jリーグ理事)にこの対談に出ていただいたとき、『Jリーグ百年構想』の話をうかがいました。地域に根ざしたスポーツクラブを作っていこう、そこで多くの人たちがスポーツに親しんで、世代を超えて交流できるようにしよう、と。すばらしい発想ですよね。まさしくそういう『百年構想』こそ、僕らが思うところなんです。
川淵 今年(99年)、実際にいくつか実現していることがあります。例えば鹿島アントラーズがテニスクリニックやバスケットボールのクリニックをやったり。そういうサッカーだけでなく、他のスポーツもみんなで楽しもうという活動は、Jリーグのほとんどのクラブが行っています。でも、そうしたJリーグがサッカー以外のスポーツを地域社会に広めていこうとしている活動っていうのは、なかなか世間に認知されていないんですよ。やはり組織ぐるみでやらないとむずかしいことなんでしょう。そう思っていたところに、今年(99年)、サンフレッチェ広島の地元に、バレーボール、バスケットボール、ハンドボールの、日本のトップリーグで活躍する企業スポーツがあるんですが、そこにサッカーを含めて4競技で何かいっしょに始めようということで具体的に動き出そうとしています。
福井 違う競技がひとつに活動するなんて、すばらしいですよ。
川淵 そうなんですよ。これまでJリーグの各クラブがやってきたこととは違う、他競技のトップチームとのタイアップで、これが第一回目ということになります。
福井 テニスでも今度、2月にデビスカップを鹿嶋市でやらせていただくことになりました。それまでも鹿島アントラーズにはテニススクールをやっていただいたり、本当に感謝しています。
川淵 鹿島では、テニスのトップクラスの人たちが指導してくれているということで、すごく喜ばれているそうですね。子供たちが強くなっているという話も聞いています。鹿島アントラーズがそういうテニスクリニックをやることによって、皆さんの技術が上がっているということを聞くと、僕らもすごくうれしいです。今度のデビスカップは、その鹿島アントラーズを通じて話があったので、『Jリーグ百年構想』の一環として喜んで協力しましょうという話になったんです。
福井 こういう機会にサッカーとテニスが接点を持てたことは、僕らとしても非常にうれしいです。
川淵 『Jリーグ百年構想』の理念を知っていただくためにも、それは価値のあることだと思っていますよ。
理想の姿を持って、日本に合ったスポーツクラブ作りを目指したい(川淵)
スポーツ界が横につながっていくように、お互いのスポーツからいいところを取り入れたい(福井)
福井 その百年構想において、チェアマンはヨーロッパのスポーツクラブに学ぶところがあるとおっしゃっていますね。我々もヨーロッパへ遠征しますが、例えばドイツなどはクラブ対抗戦というかたちで、子供たちがいろいろなスポーツに接しています。それは学校スポーツではないので当然、お金を払うわけですが、でもいろいろなスポーツを体験できるので、その中から自分がやりたいスポーツを選択できるんです。そういうすばらしい環境は僕も知るところでしたが、正直なところ、日本ではできないことだと思っていました。ところが、それをチェアマンが百年構想ということで打ち出されたんです。
川淵 僕らはヨーロッパをそっくり真似ようとは思っていません。国民性とかいろいろな背景があるから、それはむずかしいでしょう。真似るということではなく、そういうものを自分たちの理想にして、日本には日本なりのスポーツクラブを作っていけばいいと思います。施設にしろ、指導者にしろ、理想の姿はありますけど、Jリーグの各クラブがいろんな色合いを持っているように十人十色でいいと思うんです。時間をかけて作っていこうというのがJリーグのスタートでしたから。
福井 なるほど。
川淵 福井さんもそうだと思いますけど、スポーツ好きな人はどんなスポーツでも喜んでやりますよね。僕は高校時代、よくテニスをやりました。三国丘高校という全国優勝(1954年インターハイ団体戦)した高校で、松浦(督さん)、中村(靖之助さん)、戸堂(博之さん)といったメンバーがいたんですが、彼らといっしょによくテニスをしました。彼らは左手で相手をするんですけどね、それでも僕は全然勝てなくて(笑)。とにかく「スポーツ」が好きでしたよ。いろんなスポーツが好きでした。でも、日本という国は『一種目』の国ですよね。
福井 そうですね。一種目しかやらない、やったことがないという人も多くいます。
川淵 できるだけいろんなスポーツをやって、最後にその中から専門にやるのはこのスポーツに決めたという格好が一番望ましいと思いますよ。やってきたことはみんなプラスに効くと思うんで。だから、子供たちには多くのスポーツを楽しんでもらって、その中から、自分にはこれが合っていると選べる格好にしてあげたいんですよ。
福井 スポーツそのものの楽しさを大事にしてあげたいです。
川淵 みんな誤解していますが、Jリーグはひと握りのエリート、プロ集団を作るためだけにあると思っている人が多いんですけど、実はエリートにならない人のためにこそJリーグはあると考えています。スポーツは好きだけど運動が苦手な人、スポーツは苦手だからあまり好きじゃないけど、何かのきっかけさえあればやりそうな人たちのために、Jリーグはなければダメだと思うんです。
スポーツは社会性を学ぶ格好の場所。そこで子供たちはいたわりの気持ちを知ることができる(川淵)
子供たちのために、スポーツそのものの楽しさを大事にしてあげたい(福井)
福井 チェアマンは、現時点でJリーグの修正していくべき点を何と考えておられますか? もちろん年々、修正作業を重ねていらっしゃるとは思いますが。
川淵 基本的な考え方、あるべき姿のイメージはまったく変わっていません。ただ問題は、Jリーグの理念を各クラブの社長も持っていなければならないのに、それがなかなか浸透していないことです。というのも、Jリーグができて7年目ですが、いっしょにJリーグを作り上げてきた、スタート時の社長がひとりもいない現状です。その中で、Jリーグの理念を各クラブに伝えていくことが結構むずかしいんです。しかし社長になった初年度からすばらしいクラブ経営をしている人もいますから、年数の問題だけではありませんが…。
福井 不況がそういう部分にも影響しているんですね。
川淵 そうですね。でも、逆に不況によって得たものもあります。例えばバックアップしてくれていた企業が突然手を引いて、経営危機に陥ったクラブをどうやって立て直したらいいか。最後のところは地域の人たちとともに手を携えていかない限り、そのクラブは絶対継続していかないと思います。それから身の丈にあった経営ができず、赤字を出しているようなクラブは破綻します。Jリーグは不況によって原点に戻れたんだと思います。僕らはクラブミッション(理念)と呼ぶんですけど、すなわちどんなクラブになりたいのか、クラブの存在価値は何なのか、今まではそれを持っていなかったクラブが多かった。でも、それなくして短期、中期、長期の計画は立てられません。クラブミッションがなかったら、その日暮らしですよ。明日はどうなるかわからないから、今日一日だけしっかりやろうと。そうしてきたクラブが結構多かったんです。でも、そこでバブルが弾けて、社会全体がおかしくなって、周りを見渡したらハッとした。このままではいけないと…。ですから、この不況はクラブミッションを確認するいい機会になったと思います。
福井 きっかけがないと気づかないことってありますから。
川淵 そう。順調に行っているときは、みんな人の言うことなんて聞かないですから。何となくフワフワしていて、バブルのときと同じです。それがある日突然、バブルが弾けると、経営者はみんな何やってたんだ!とやってきたことのひどさを反省する。
福井 わかります。
川淵 フワフワしているときに、誰かが警告を発したって、誰も聞く耳を持たないでしょう。だからおかしくなってよかったんです。それでようやくみんなが真剣に考え出したんですから。今、Jリーグが抱える一番の問題は、一般の会社とは違う、スポーツクラブの経営をいかにしていくかということです。それは将来、そのクラブをどう発展させていくかを考える人が必要だということです。選手たちをどう育てていくかに始まり、球技場の環境や快適性、入場料金の設定、その中で売る弁当ひとつにしてもどうするか、そのクラブの将来や身近にある問題のすべてを考えられる、ゼネラルマネージャーの育成です。
福井 日本ではあまりゼネラルマネージャーという言葉は身近ではありませんよね。
川淵 僕らの言うゼネラルマネージャーは、いわゆる経営者そのもの。それを育てようということで、今年 (99年)から『ゼネラルマネージャー(GM)講座』を始めました。ほかの競技の人にも呼びかけて、オープンにしてやっています。
福井 興味深いですね。
川淵 ここをしっかりやらないと、スポーツクラブの経営はうまくいきません。講座は理論的なものの考え方から具体例まで、先進国、今回はドイツ、オランダからトップクラスを呼んで行いました。これは年2回ぐらいやっていこうと思っています。受講者はお金を出さないといけないんですけどね。さっき福井さんが いみじくも言われましたけど、ヨーロッパではお金を払ってスポーツに参加しています。でも、お金を出してやるという風潮が日本にはなぜかないんです。
福井 そうなんですよ。僕は最初、外国で、ジュニアがお金を出してスポーツをするのを見て、カルチャーショックを受けました。でも考えてみたら、それって当たり前のことなんです。
川淵 受益者負担は当たり前。そういう意味でGM講座も、その人の実になることだから、お金を払っていただくのです。
福井 その通りです。もちろんジュニアなら金額の配慮は必要だと思いますが、そうすることで何とかしてうまくなろう、強くなろうという意識が芽生えると思います。
川淵 日本人は、指導者も含めて、自前でやろうとしないからなかなか自立心を養えないんですよ。
福井 抽象的ですが、チェアマンはスポーツの社会的な意味をどうお考えになりますか?
川淵 人間ひとりでは生きていけません。社会性というものが絶対必要です。でも今の子供たちが、社会性を学ぶようなところがどんどんなくなってきています。
福井 スポーツをする子供たちがどんどん減っているのも関係がありますね。
川淵 今、子供たちに一番欠けているのは、人を思いやる気持ちだとか、いたわる気持ちでしょう。人間にはそれぞれ「差」があるもので、そういうものをお互いがカバーするといういたわりの気持ちを持つ大切さを学ぶベきでしょう。そういうものは自然の中で培われるものです。その機会がスポーツだと思います。だから一番必要なのは遊ぶ場所。
福井 広いグラウンドが目の前にあったら、きっとワクワクしてきますよ。
川淵 でも、今のテレビゲームが好きな子供たちが土のグラウンドが目の前にあったからって、すぐに遊びたがるとは思いません。ところが、ゴルフ場のような芝生がバーッと広がっていたりしたら、運動が嫌いな子供だって、走り出したくなるでしょう? そのためにも緑豊かな芝生のグラウンドが必要。そして、そこにいい指導者がいる環境にしたい。そうすれば運動が苦手な子供でも、またあそこに行きたいな、またあの先生に会いたいな、先生といっしょにスポーツがしたいなと思うでしょう。だからこそ、いい指導者と緑豊かな遊ぶ場所がいっしょに必要なんです。
福井 世代を超えた交流の始まりですよね。
川淵 Jリーグはいってみれば、そのふたつを作るためにあると理解してもらいたいと思います。人間に一番必要なものを、スポーツを通じて培いましょう、と。福井さんや山下さんという、日本の一流のスポーツマンが、そういう共通の認識を持って話し合っているなんてことを聞くと、僕はすごく勇気づけられます。過去にも同じようなことを願った人はたくさんいたと思いますけど。でも、そういう願望を持った人でも、とても日本ではできやしないと諦めていたのでしょう。
福井 そうかもしれません。
川淵 Jリーグができる前は冬場に緑の芝生のグラウンドでサッカーができるわけがないって、皆が言っていました。でもJリーグの試合をするグランドは今、全部芝生で、青く。なりましたよね。僕はJリーグがスタートして、少しずつ変わりつつあると思います。だから、皆さんが結束して、夢を具現化していこうとしてくれれば、こういうことは続いていくと思うんですよ。百年構想の100年までいかずに、30年か20年ぐらいで日本は変わるという予感を今は持っています。福井さん、来年(2000年)は、何かひとつものにしましょう。
福井 えっ! 本当ですか。近いうちにみんなで会いますから提案してみます。
川淵 こういう話をしたからには、何かやってもらわないと。何も提案できないような人たちでは、今後お話しできませんから(笑)。
福井 確かに(笑)。
川淵 何かやるぞという強い意志があれば、きっと話も具体化していくでしょう。スポーツを好きな人たちのために、その輪を大切にしてください。
対談を終えて
指導者として、組織の人間として、いろいろ思い悩む今、川淵チェアマンとお会いするのがとても楽しみでした。人は感じたり、思ったりすることは簡単です。それを実現することこそがたいへんで、その労力に考えが及ぶと自然に防御本能が働き、思い描くに留まってしまうのかもしれません。Jリーグを実現させ、実現したからこそ直面するさまざまな問題にポジティブに毅然と立ち向っておられる川淵チェアマンは、今何かを始めなければならない我々にとって、何よりのお手本です。何ができるか、何がしたいかを明確にしなさい、というチェアマンからの宿題が「絵に書いた餅」にならないように取り組みたいと思います。 福井 烈
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