福井烈の本音でトーク_第15回ゲストは桑田真澄さん(プロ野球選手)
(※原文まま、以下同)1995年5月、ファウルボールをいつも通り全力で追った桑田投手を、右肘の腱損傷という悪夢が襲いかかった。渡米しての腱移植手術。長い、長いリハビリ生活――。『巨人の18番』はその地獄から不屈の精神で帰ってきた。97年4月、右肘をやさしくマウンドに当て、復活の挨拶をした彼の姿は、今も目の奥に焼きついて離れない。今回はそんな「真のエース」の声を聞いてみたい。【1999年4月号掲載|連載第15回】
桑田真澄さん(プロ野球選手・読売ジャイアンツ)
くわた・ますみ◎1968年4月1日、大阪府生まれ。野球好きの父の下、小学校3年生で野球を始める。PL学園高校に入学、1年生から清原和博(読売ジャイアンツ)とともに甲子園に出場。15歳5ヵ月で史上最年少優勝投手となる。以後、5季連続出場。甲子園通算20勝は戦後最多勝記録。85年、ドラフトで読売ジャイアンツに入団。2年目の87年、15勝を挙げ、防御率2.17で防御率―位を獲得、沢村賞に選ばれる。以後、6年連続2ケタ勝利をマーク。94年、14勝で長嶋V1に貢献。しかし95年、右肘を痛め、アメリカで腱移植手術。1年以上に及ぶリハビリ生活を続け、97年4月6日、手術から543日目に通算110勝目を挙げて復活。その年、3年ぶりに10勝を挙げ、6回目のゴールデングラブ賞を受賞。98年、7完投を含む16勝をマーク。99年、読売ジャイアンツ選手会長に就任
福井烈プロ
ふくい・つよし◎1957年福岡県生まれ。柳川高校、中央大学を経て、1979年にプロ転向。過去、史上最多の全日本選手権優勝7回を数える。10年連続デ杯代表、9年(1979〜1987年)連続JOPランキング1位の記録を持つ。1992〜1996年デ杯日本代表チーム監督。現在は、ナショナルテニスセンターの運営委員長を務める。ブリヂストンスポーツ所属。本誌顧問
野球を通じて、多くの人ががんばれるように勇気を与えるようなプレーがしたい(桑田)
福井 チームプレーの野球においてピッチャーってすごく孤独ですよね。実は僕も小学校で野球とテニスをいっしょにやっていて、リトルリーグではピッチャーだったんです(笑)。
桑田 そうですか。
福井 それで、かつての大投手と言われている方っていうのは、それぞれ自分の言葉でピッチャー美学、というものを語られているみたいですが、桑田さんはどんなものなのか、まず聞いてみようと思ったんですね。
桑田 僕はですね、その辺、こだわりを持っているようで持っていない男なんです。俺は真っ直ぐで抑えたい、俺はフォークだっていう、そういう、武器だ、かかってこいっていうタイプじゃなくて、つかみ所がない…、こうじゃなきゃダメっていうのがないんですよ。
福井 そうですか。
桑田 ただピッチャーとして、僕は、水、という…、水はつかみ所がないじゃないですか。つかんだと思ってもつかめない。でも、ポトツ、ポトッというひとしずくが、1年、2年、3年もすると、それが岩をも砕く力を持つわけですよね。そして、柔らかくて、でも洪水とかあると、水ってすごく硬くて強いですよね。それから、あるときは雪になり、氷になり、温かくすればお湯になり、何かそういう水っていうものをすごく意識しているんてす。
福井 その考えはいつ頃から?
桑田 やっぱりね、手術…、ケガしてからでしょうね。それまでも自分なりによく考えてやってたと思うんですけど、何か全然違う方向からものを見たりするようになったんです。「自分は何を目指しているのか、何をしたいのか、とか。そういうことをボーッと考えていたら、あっ、水ってすごいなあと思って…。
福井 ケガという、そういうつらい中で、水というやさしい表現にたどり着いたのは、とてもすごいことですよね。
桑田 あのときは何かに気づかないとダメだなあと思ったんですね。水にたどり着いたのは、水は一番強くて、人にも影響があると思うんですよ。お花に水をあげれば花が咲きますよね。人間も体の60%、70%くらいは水分ですから、水が必要なわけです。ですから自分も野球を通じて、いろんな人に水を与えられるように勇気を与えて、他の人ががんばれるように、そういうプレーをグラウンドでしたいなあって、そう思うようになったんです。
福井 テニスの世界もそうですが、超一流と言われる人はケガを乗り越えたとき、ひと回り大きくなって帰ってくるんですよね。そういう意味で桑田さんも、我々から見て、ひと回り大きくなったように見えるんですよね。
桑田 最初は、何で自分がこんなケガをして、手術して2年も棒に振らなきゃいけないのか、すごく自分に嫌気がさしたといいますかね。でもすぐにちょっと待てよ、と。これは自分にとってすごいプラスのことじゃないか、と。でも、プラスって言っても、目に見えなければ理解できないし、何なのかなあって。まあ、すぐにそんな答え、出るようなものじゃないですけど、5年後、10年後、5年後にプラスになることが必ずあるという確信をひとつ持ったんですね。それからもうひとつ、これはメンタル・トレーニングだと思いました。
福井 はい。
桑田 このトレーニングによって俺は強くなるんだ。試合で投げられない、ボールが投げられない、こういう精神状態の中で、いかに自分をコントロールできるかってことですね。
福井 はい。
桑田 そして3つ目に、野球を変わった点から見るという、研究ってことですかね。いつもユニフォームを着て自分はグラウンドからしか野球を見られなかったですけど、テレビから、あるいは外野席や内野席から試合を見たり、また、ファンの人がどういうふうに感じているのか、応援しているのか、野次っているのか、とか。普段そういうの、経験できないことですよね。だからそういう3つのことに焦点を当てて2年間やってきたんです。
福井 でも、不安があったんじゃないですか?
桑田 頭で理解してても、ね。いつも不安がよぎるんですよね。その不安を解決するためにどうしようかって考えて、僕は本を読んだり、勉強するのがすごく好きなんで、まずピアノを始めて、ワインの勉強をしたり、英語とかスペイン語を勉強したり、そういうところに時間を費やすようにしてやってきました。
福井 ケガを乗り越えた方の話って、すごく勇気になるんですよね。
桑田 僕は、ケガは神様からの贈り物だと思うんですよね。今、そういう気がするんです。ですからケガしたからマイナスじゃなくて、ケガしたからこそプラスだと思うんですね。これって何かに気づかないで生きてきたことを、反省する時間なんじゃないですかね。
福井 いいお話ですね。
桑田 おそらくテニスもそうだと思うんですけど、勝ったときの喜びって人には伝えられないくらいうれしいものですよね。僕らも9回、3アウト取った瞬間の喜びって、人には話せないっていうか、伝えられない喜びなんですよ。そういう体験をできるってことは、これも神様からのプレゼントだと僕は思っているんで、それを僕は一度でも多く体験したいがために、やっぱり努力したいです。
ケガを乗り越えた選手は、
ひと回り大きくなって
帰ってくるんですよね(福井)
福井 桑田さんは入団されてから、10年後に完璧なピッチングをやりたいんだというような、何か今までにない発想で語られることが多かったように思うんですが、でも当時、10年、15年前というのは根性論というのがあって、誰であってもこうだ、と当てはめたり…。
桑田 なぜそうなんですか?っていうことに説明がないんですよね。
福井 ないんですよ。みんなそうやってうまくなったんだから走れ、とか。もちろんそういうのを全面的に否定はしないんですけれども、そういう、なかなか個性が生きない時代があって、その中で自分の野球に対する考えと、指導者や周りの方の考えとでは、絶対ギャップがあったと思うんですが、それはどうやって埋めていかれたのかなあ、と。
桑田 当時はですね、ピッチングのあとに氷で肩を冷やしますよね。アイシングをしますって言ったら、ダメだって言われましたよね。それで、毎日ピッチングをすると肩によくないので1日おきにやらせてくれっていうと、ピッチャーは投げるのが仕事だから、お前はズル休みをしているのかって、こういうふうになったんですよ。それで、いろんなデータを持って行って、理解してもらうようにしたんですけど、そうしたらマスコミにコーチ批判をしているとか、いろいろ言われて…。でも僕がそうやって思いきってやったことによって、今はそれが当たり前になってますから。
福井 そうですよね。
桑田 僕はサボりたいからそういうふうに言ったわけじゃないっていうのはわかってもらえることだと思うんです。練習でも最後までひとりで残ってやったりもしましたし。なぜ、僕がそこまでするかっていうと、本当に力があればそこまでしなかったと思うんですよ。ちょっと練習してやれる人っていっぱいいるんですよね。もう体が全然違いますから。
福井 わかりますよ。
桑田 僕はおそらく12球団の先発ピッチャーの中で、一番小さいか、2番目くらいだと思うんです。そういう人が各チームの主砲を、4番を、またチームを抑えていくには何をしなきゃいけないかってことを考えたら、そういうことをやっていくしか道はなかったんです。力じゃ抑えられない。ということは、トレーニングをしっかり積んで、配球を考えて、いろんな面からバランスよく鍛えていき、そして勝負しないと相手にならなかったんですね。
福井 自分で道を切り開かれたんですねえ。
桑田 やっぱり自分の人生ですから。どう生きるかも自分次第ですよ。僕はPL学園で、すごい練習厳しいんですよね。球場を5周、何分で帰ってこいとか。タイムを測るんですけど、監督、コーチはホームベースの後ろにいるわけですよ。で、センターの方へ走っていくと、そこからじゃ、わからないじゃないですか。みんな、こーんなラインの内側を走るわけですよ。でも僕は当時からプロ野球選手になりたかったですから、人が内側に入っても、絶対自分は入らなかったです。俺は目指しているものが違うんだから、と。そういう考えでやってましたよね。
福井 目標って、本当に大切なんですよね。
桑田 5年後、10年後にどうなりたい、そうなるために何が必要か、それなりのプランを立ててやるべきだと思うんですね。僕は最初から200勝っていう目標がありますから、それに向かって少しでも近づくにはどうしたらいいかってことをいつも考えているんです。で、例えば200勝到達できれば、それはうれしいことですよ。でも僕が100勝で終わったとしても、それだけ悔いのない努力をしたかどうか、それが問題だと思うんです。そのプロセスを大事にしたいんですよ。そういう生き方を僕はしたいんですよね。
福井 自己管理ができているんですね。桑田さん見ていると、その辺が違うから、ここまでやってこられてるんだなって感じますよね。
桑田 価値観の違いですよ。
福井 僕はね、テニス界ではめちゃくちゃ背が低い方で…。
桑田 やっぱり高い方が有利ですか?
福井 もう絶対有利です。リーチが違いますから、人よりももっと早く反応しなきゃいけないんですよ。だから睡眠不足とかだったら、ただの人なんです(笑)。
桑田 ああ~(笑)。
福井 もう、いつもこうピリピリしていないと…、気合ないと勝てなかったですから…。僕も世界に何回も挑戦したんですよ。でもボンッとはじかれて…。でも、自分は一生懸命やったから、今、桑田さんの話を聞いててね、自分なりにはがんばったかな、と(笑)。
桑田 それは絶対ですよ。福井さん、結構、長い間プレーされてますよね?
福井 僕は幸いにも大きなケガがなかったものですから、ラッキーだったですけどね。
桑田 2、3年で終わる選手って野球界いっばいいるんですよ。これはすごいっていう選手が2、3年経つといなくなっちゃうんですよね。テニスはそういう人いないですか?
福井 いますよ。それもやっぱり自己管理だと思うんですね。もったいないなあって。あんなに体があったらなあって思ったりします。
桑田 僕ら小さいのはね、ガッツがあるんですよ。クソーっていうガッツがあるから、優勝できたりするんだと思うんですけどね。
福井 快感ありますよね、大きなのに勝つと。大きな選手がうなだれたりすると、ヨッシャって、思ったりしますよね(笑)。
桑田 はははっ(笑)。そうですよねえ。
ケガは、何かに気づかないで
生きてきたことを
反省する時間でしょう(桑田)
目標を立てるってことは
本当に大切なことなんですよね(福井)
福井 桑田さん、テニスは?
桑田 まだ、あんまりやったことがないんです。一応、ラケットは持っているんですけど。僕ね、野球終わったら一番したいスポーツ、テニスなんですよ。
福井 そういえば…、以前、モニカ・セレスに会いに行かれたときがありましたね。確か96年の東レパン・パシフィック・テニス。
桑田 はい。僕はあのとき何を見に行ったかっていうと、テニスはね、あんまりルールも知らないんですよ。でも僕はテニスをすごく評価するっていうか、尊敬しているのは、運動能力、必要ですよね。メンタルもすごく必要ですよね。でも野球は、走れない、守れない、打てないけど、ボール投げさせたらすごいとか。投げられない、守れない、走れないけど、バット持たせたらホームランをガンガン打つとか。これスーパースターです(笑)。それが野球のいいところだと思うんですけど、テニスは走れなかったらダメでしょ?
福井 そうですね。
桑田 スタミナなかったらダメですよね。
福井 はい。
桑田 そんな要素がいっぱいあるスポーツじゃないですか。だからみんな一生懸命コンディションとか考えたり、戦略も考えなきゃいけないですし、すごく高度なむずかしいスポーツのひとつだと思うんですね。また、あのときは事件(セレス刺傷事件)があったじゃないですか。あれでブランクがあって、そして復活してきて、それがすごいなあと思って。事件前のセレスって、テレビを見てても、何かすごく強い人で、恵まれてる人っていう気がしてたんですよ。でも復活したあとの彼女は見た感じ別人だったんですよね。何か変わったなあ、と。それで、あの機会に会うことができて、話したら全然違うんですよね。
福井 事件が終わったあとはすぐに出てこられなかったんですよね。僕もよくはわかりませんけど、何かきっかけはあったんでしょう。
桑田 人それぞれいろんなことがあると思うんですけど、そういう苦しい人も、自分を振り返って、そこで何かに気づけば、その壁って乗り越えられるんですね、きっと…。
福井 桑田さん、テニスのサービスのフォームって、ピッチャーの投球フォームと上半身の使い方がそっくりらしいですよ。だから、いずれ桑田さんがテニスをやられたら…。
桑田 そうなんですか。
福井 桑田さんはよく、一番理想的な方法で力を出したいってことをおっしゃいますよね。
桑田 腕だけの力じゃ勝てないですからね。小さいなら小さいで、全身を使わないと。
福井 そうなんですよね。
桑田 まず考えたのは、下半身っていうのは力強いですよね。歩けって言われれば1時間でも歩けますけど、でも逆立ちして1時間歩けって言われたら無理ですよね。腕の力ってしれてるじゃないですか。大きい人、僕より10cm高い人が逆立ちして1時間歩けるかっていったら無理でしょう。でも下半身を使って2時間歩くとなれば、むしろ僕たちの方が強いかもわからないですから。それだったら下半身を有効に使って、ね。
福井 なるほどね。
桑田 もうひとつ考えたのはバランスですね。バランスよく投げる。打つ。そうすれば、大きいすごい選手と対等にできるっていうのを、僕、高校時代に編み出したっていうか、気づいたんですよ。これはなぜかっていうと、清原(和博/読売ジャイアンツ)君の存在ですよね。あの大きなすごいバッターを、いかに抑えるかってことを、PL時代、練習中からいろいろ観察しながら、ああ、なるほど、こうなのか、と。僕はこういうトレーニングでここを鍛えて、こういうふうに投げてみよう、とかね。やっぱり工夫が大事なんですよね。
福井 僕は野球のことはよくわからないんですけど、桑田さんのフォームって、地面に近いところから力が段々加わっていって、で、その力の伝わり具合がよくて、上でウワンッ!と力が発揮できているという感じですよね。テニスもいいフォームって、そうなんですよ。僕らがジュニアを教えるときも、地面に近いところから力っていうのは伝わってきて、関節を通って、その力が最後の一点にバンッ!と来るんだよ、と教えるんですね。
桑田 僕、そういう表現の仕方、すごく好きですね。イメージって大事だと思うんです。僕はランニングひとつにしても、「はい、じゃあ50m、10本走れ~」って言われて、「は~い」って10本走るんじゃなくて、1本、1本、踵ついた…、親指でこう蹴って…、それが返ってきて…、また踵…っていう、そういうイメージを感じるようにすれば、自然にその感覚って研ぎ澄まされていくんですよね。それが微妙なコントロールとかにつながっていくんですよ。自分の筋肉はどう動いているのか、意識するとすごいおもしろいんですよ。楽しいし、これがいいトレーニングになるんです。
福井 なるほどねえ…。プロですよね、プロ! あの…、桑田さんって、本当に調子がいいときって、どのぐらいまで狙えます? 1cmとかっていう単位ですか?
桑田 う~ん、そんなもんですかね。ピュッ、とかするぐらい…。イメージすると、ホームベースのところに線を引くんですけど、それはいつも同じ線じゃなくて、例えばインコースが強いバッターには、外寄りにシュートさせてインコースを削っちゃうんですね。
福井 はいはい。
桑田 で、インコースのボールのところに、その延長戦を引くんですけど、要するにそのバッターの得意なところはないんです。そこへは投げない。投げるところにパッと線を引いて、そこへ追い込んで、そこへかするようなボールをイメージして投げていくんですよ。
福井 はあ~。やっぱりすごいですねえ(笑)。僕ね、桑田さんには長~く野球をやってもらいたいと思うんです。でも、ずいぶん先の話ですけど、もし桑田さんが指導者になられたら、それはきっと理想の指導者像になると思うんですよね…。
桑田 (笑)。
悔いのない努力をしたかどうか
そのプロセスを大事にしたいんです(桑田)
対談を終えて
桑田選手の闘志は青い炎のようで、メラメラと燃える真っ赤な闘志でぶつかってくるスポーツ選手の多い中、自分の思いをもの静かに語る姿は、まるで哲学者のようでもあります。桑田選手に会ってお話を伺うことになったとき、なるべく抽象的な質問を投げかけてみようと思いました。彼独特の言葉で、興味深い答えを出してくださることを期待したからですが、彼はそのキャッチボールに見事に応えて、そのピッチング同様、奥の深い投球内容でした。野球のみならず、人間性の上でも、思慮深く、周りの雑音には惑わされず、人々を魅了する桑田ワールドが確立されていることに、感動すら覚えたとても落ち着いた気持ちになれた対談でした。(福井)
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