17歳の戴冠ーーマリア・シャラポワが恐るべき精神力でグランドスラム初優勝_2004年ウインブルドン女子シングルス
2004年ウインブルドン……混沌とした女子テニスに、新たな女王が誕生した。モデルも兼業する17歳、マリア・シャラポワ。ルックスばかりが注目されるが、その強さは類まれな精神力、向上心にあった。……2020年2月26日、マリア・シャラポワが引退を表明。彼女の最初のグランドスラム優勝レポート。【2004年9月号掲載】
取材・文◎田辺由紀子 写真◎小山真司
2004年ウインブルドン|女子シングルス決勝
マリア・シャラポワ(ロシア) 6-1 6-4 セレナ・ウイリアムズ(アメリカ)
「女子テニスは一年ごとに状況が変わっている。私の出る幕はないわ」と大会を訪れたマルチナ・ヒンギスが笑いながら語った言葉が胸に残る。ヒンギスに引導を渡し、パワーテニス全盛を築いたウイリアムズ姉妹の姉ビーナスは、2回戦でクロアチアの新鋭スプレムに敗退。そのウイリアムズ姉妹の休養中に2強の座を奪ったベルギーのエナンもクライシュテルスもコンディション不良でツアーを離れ、その隙を縫うように、フレンチ・オープン決勝を争ったミスキナ、ディメンティエワを筆頭としたロシア勢が台頭。果たして、このような女子テニスの混沌を誰が予想できただろうか。
今大会、ベテランの域にいるダベンポートやカプリアティの活躍ならある程度推測できた。芝は経験が生きるサーフェスである。そして両者ともケガやスランプに苦しんだが、注目から離れることでかえってリフレッシュすることもあるからだ。それでは、17歳のマリア・シャラポワはどうか? 勢いだけで芝を制することはむずかしいはずだ。
試合を重ねるたび、
そして試合中でさえも
シャラポワはレベルアップしていった
美女対決と謳われたハンチュコワ戦、シャラポワは迷いのないプレーで貫禄でさえもハンチュコワを上回った。そして、注目すべきは杉山愛戦だろう。試合開始から信じがたいほどフラットのショットを連射。コートに収めることなどお構いなしのように、エースとミスの繰り返しだ。「このサーフェスではフラットが生きるし、杉山のように粘り強い相手にはさらに強打しなくてはいけなかった」と試合後に語ったが、最後まではもつまいーー見る者は大方、半ば呆れ気味に感じていたものだった。しかし、コートに立ち、シャラポワに対峙していた杉山の視点は違っていた。「それさえも入ってくる気配がする」。
若い精神力ではパワーの持続より先に、集中力が途切れることの方が直接の敗因になるが、シャラポワの傑出したところはそれが最後の1ポイントまで続くところだろう。
それでも、その精神力が次のダベンポート戦でも続くとは信じがたかった。ダベンポートはパワフルで正確なショットとともに、なによりもこのウインブルドンでの優勝経験がある。
第1セット立ち上がりでダベンポートがブレークすると、あっけなくセットを先取。第2セットも2-0、3-1とダベンポートが常に先行するが、しかし決して諦めることをしないシャラポワの姿勢が逆にダベンポートを追い詰めていった。雨の中断を絡め、ブレークバックでスコアをタイにすると、タイブレークではさらに集中を高め、弱点とされるフォアハンドでエースを連発。杉山が「彼女のフォアはバックよりも安定を欠く」と言っていたように、対戦相手はシャラポワのフォアを狙ってラリーを展開するが、驚いたのは明らかに杉山戦より彼女のフォアハンドがレベルアップしていたことだ。フォアハンドだけではない。バックハンドの精度は上がり、大会前半には見せなかったボレーさえも決める。あっさりと諦めたのはダベンポートの方だった。
そして決勝で立ちはだかったのが、ディフェンディング・チャンピオンのセレナ・ウイリアムズ。大会期間を通して、セレナの調子は決して安定していなかった。次々とミスをおかしてかろうじて勝ちを拾う日もあれば、フレンチ・オープンで敗れたカプリアティとの準々決勝のように、付け入る隙を見せずに圧倒する日もある。決勝でも本気になるのが遅すぎた。いや、本気になったときでさえ、シャラポワの冷静で、それでいて強烈な勝負への意識は、セレナを上回っていたかもしれない。
一本も譲るまいーー長いラリーはセンターコートの空気を変え、全身に力を込めたセレナは転倒。自らのボレーを顔に当てるなど気持ちを空回りさせるセレナに対し、シャラポワは落ち着いていた。ベースラインでのラリーが不利と見たセレナがネットをとれば、鮮やかにトップスピンロブを決めてみせた。おそらく、これまでの試合なら強打に頼ったパス一辺倒だっただろう。決勝でも序盤に同様な場面でロブをミスしている。しかし、終盤の緊迫した場面で、冷静に、バックそしてフォアと次々にセレナの頭上を抜くトップスピンロブを決めてしまうのだ。明らかに彼女は試合の中でレベルアップしていたのである。
優勝の瞬間、シャラポワは両腕を上げてコートに跪き、セレナの祝福を受けたあと、家族席へと駆け上がっていった。
シベリアで生まれたマリアはチェルノブイリの原発事故のあと、ソチへ移住。その後、わずか7歳で父親とともにフロリダのニック・ボロテリー・テニスアカデミーにやって来る。ナブラチロワに見出されたという話もあるが、ナブラチロワ自身は「覚えていない。いろいろなところで親たちに尋ねられるので『ニックのアカデミーには多くのジュニアがいるし、、そこに行ってみれば』と答えているだけ」と言っている。おそらく数え切れないほどのジュニア選手がそこを訪れるのだろう。その中で成功する者はひと握りだ。フロリダへ降り立ったとき、家族はわずか700ドルしか持っていなかったという。
ツアー初優勝を果たした昨年のAIGジャパンオープンから、このウインブルドンまで一年足らず。華やかなシャラポワの容姿だけが取り上げられがちだが、ここまで上り詰めてきたその過程を見逃すことはできない。彼女の精神力、集中力、向上心の凄まじさは、ハングリーさと無縁ではないだろう。
決して勢いだけと言い切ることはできない。「このトロフィをあなたから取っちゃって、ごめんね。一年借りているだけだから」。セレナに向かって無邪気に笑うシャラポワだが、果たしてそれだけで終わるだろうか。
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