テニス的ラテラル・シンキングのススメ〜ボブ・ブレット&スポーツ心理学の佐藤雅幸先生
2012年11月の修造チャレンジ・トップジュニアキャンプで、世界の名コーチ、ボブ・ブレットが来日しました。そのとき、ボブがあるクイズを出しました(本文に掲載)。このクイズは、ボブがジュニアに『ラテラル・シンキング』という思考法を理解させるために出題したものです。一般的に問題解決のために用いられるのは「ロジカル・シンキング」という論理的思考法ですが、それに対し『ラテラル・シンキング』は既成概念にとらわれない、新しい発想や想像力を導き出すものです。この『ラテラル・シンキング』が理解できると、日常生活やビジネスにおいて、これまで想像もつかなかった画期的な問題解決法が見つかる可能性があります。そしてテニスに応用すれば、抱えている技術的・精神的な悩みを解決する手がかりになるはずです。トッププロも実践しているという『ラテラル・シンキング』で、あなたのテニスを変える第一歩を踏み出してみましょう!解説◎佐藤雅幸先生(スポーツ心理学 / 修造チャレンジ・サポートスタッフ)【2012年7月号掲載】
構成◎藤原梨恵 写真◎菅原 淳 イラスト◎サキ大地 参考文献◎『3分でわかるラテラル・シンキングの基本』(山下貴史/日本実業出版社)
トッププロもボブ・ブレットも実践中!
テニス的ラテラル・シンキングのススメ
from 修造チャレンジ・トップジュニアキャンプ
解説◎佐藤雅幸
さとう・まさゆき◎1956年、山形県生まれ。82年日本体育大学大学院体育学科研究科修士課程修了、専修大学教授(スポーツ心理学、スポーツ科学論)。スポーツ心理学のスペシャリストとして同大学女子テニス部をはじめ、さまざまな競技のサポートに取り組み、「修造チャレンジ・トップジュニアキャンプ」でもスタート当初からサポートスタッフとしてジュニアたちを支えている。日本交流分析学会会員、日本テニス学会会員
頭を柔らかくして挑戦してみよう!
ラテラル・シンキング・クイズ
『ラテラル・シンキング』を理解するために、ボブが出題したクイズを解いてみましょう!
Q あなたは今、上り坂の一本道で車を運転しています。そこで渋滞に巻き込まれてしまいました。すると、なんと前の車がゆっくりとバックしてきたではありませんか! 後ろには何台も車が停車しているし、左右によけるスペースもなく、このままではぶつかってしまいます。この状況で被害を最小限に抑えるには、どうしたらいいでしょうか?
A 多くの人が次のどちらかを答えたでしょう。
A「クラクションを鳴らして、前の車のドライバーに気づいてもらう」
B「できる限りバックして、前の車との距離を稼ぐ」
Aはもっとも多い回答ですが、相手がクラクションに気づかなかったらお終いです。一方、Bだと車間距離を広げたことによって、前の車が加速しながら後退してくることになり、ぶつかったときの衝撃が非常に強くなってしまいます。A、Bとも「衝突を避けなければならない」という前提のもと「ロジカル・シンキング」で導き出した答えですが、どちらにせよ、前のドライバーに何とかしてもらおうという受け身の行動であるため、真の解決には至っていません。
これを『ラテラル・シンキング』で考えてみましょう。
まず、「衝突を避けるためにバックをしなければならない」という前提を疑ってみます。すると、「バックしてくる前の車に向かって走り、ある程度近づいたところでスピードを合わせながらバックしてゆっくりストップする」という新しい見方ができるはずです。こうすれば、多少の傷はついても、大クラッシュや後続車を巻き込む玉突き事故など最悪な状況は免れ、被害を最小限にとどめることができます。このような新しい解決法を導き出すのが『ラテラル・シンキング』なのです。
ロジカル? ラテラル? 2つの思考法の違い
ロジカル・シンキング(論理思考・垂直思考)
課題に対し、論理的に考え、段階立てて解決策を導こうとする思考のこと。図のように、課題から解決策1に向かってA→B→Cと掘り下げて考えていく。垂直思考とも呼ばれる。
ラテラル・シンキング(水平思考)
課題に対し、様々な物事・情報を俯瞰して多面的にとらえ、新しい発想や価値を見出そうとする思考のこと。図のように、課題から解決策2や3へ思考の方向を水平に向けるため、水平思考とも呼ばれる。
ラテラル・シンキングの3つの基本
「○○だから□□」→「□□だから△△」というように、常識や前提を元に理由づけをしながら解決策を導き出すのが「ロジカル・シンキング」。『ラテラル・シンキング』はその常識や前提を疑い、新しい見方をしたり、まったく違ったものを組み合わせたりすることで、これまでにない発想や価値を見出そうとします。現在、世界中でヒットしている『iPhone』や『iPad』は、『ラテラル・シンキング』から生まれた製品だと言われています。
即実践できる!テニス的『ラテラル・シンキング』
では、『ラテラル・シンキング』をテニスに応用してみましょう。テニスでよくある5つのケースについて、その解決法をロジカルとラテラルの両方の視点で紹介します。
CASE1|苦手なショットがあったら勝てない?
Q バックハンドが苦手です。試合ではバックハンドに攻められて、いつも負けてしまいます
A
ロジカル・シンキングだと…もっとバックハンドを練習して苦手を克服しよう
ラテラル・シンキングだと…バックハンドに攻められないような戦略を考えよう!
弱点を克服しようとすることは大切ですが、もし明日が試合だったら? 絶対に間に合いません。そんなとき『ラテラル・シンキング』で考えると「弱点を攻撃されないような戦略を考える」という見方ができます。先に相手の弱点を見抜くとか、得意なショットが生きるような展開をするとか、苦手なショットでミスをしても落ち込んだ表情を見せないというだけでも効果があるかもしれません。
このように、問題に対して一方向だけからの見方をするのではなく、多角的な見方をすることによって方法を探ってみると解決につながる場合があります。
CASE2|小さい体は不利?
Q 体が小さいことを不利に感じています。大きければ、もっとパワフルでスピードのあるボールが打てるのに……
A
ロジカル・シンキングだと…もっと筋トレをして、パワーをつけよう
ラテラル・シンキングだと…大きい選手にもデメリットがあるはず。それを見つけて、攻めてみよう。小さい体は小回りが効き、敏捷性にすぐれているんだ!
テニスに関わらずスポーツでは一般的に、体の大きい人が有利であると考えられています。しかし「小さい=不利」と決めつけてしまうのはとてももったいないこと。こういうときこそ『ラテラル・シンキング』を使いましょう。
あなたが大きい選手になったことを想像してください。どんなことをされると嫌ですか? 手足が長い分、足元やボディのボールは対処しにくいですね。ネット際でローボレーをしたり、滑るスライスをボディへ打たれたりするのは厄介だと感じるはずです。このように、自分ではなく相手、ときにはコーチや観客、審判など様々な立場で物事を考えてみると、思いがけない発見があるでしょう。
CASE3|速いボールを際どいコースに打たなければいけない?
Q オープンコートへ攻めているのに全然決まらない。私のボールが甘いのかな?
A
ロジカル・シンキングだと…より速いボールをもっと際どいコースに打たなければ
ラテラル・シンキングだと…相手は左右に振られるのが得意、あるいは速いボールが好きなのかもしれない。ボディを攻めるか、遅いボールを使ってみよう!
これは現在、トッププロもよく使っている戦略のひとつです。少し前までは相手を左右に振り回し、オープンコートに攻めていくのが基本的な攻撃パターンでした。しかし、現在はフットワークのよい選手が増えた上、ラケットやシューズの性能が上がって、オープンコートでエースが取りにくくなっています。だからといって、「スピードボールを際どいコースに打たなければならない」と思いすぎるとミスの確率を高め、精神的にもきつくなってしまいます。
そこで、『ラテラル・シンキング』に切り替えて「ボディを攻める」「あえて遅いボールを打ってみる」という戦略を試すと、好調だった相手が急に調子を崩したり混乱したりするケースが少なくありません。そして、エースは取れないかもしれませんが、あなた自身のミスは確実に減らすことができます。事実、トッププロはボディへの攻撃やペースの遅いボールを多用しており、相手のミスによって得るポイントも重要視しています。
CASE4|練習は同じことの繰り返し?
Q 練習がマンネリになっています。ストロークから始めてサービスで終わり、の繰り返しです
A
ロジカル・シンキングだと…試合で一番使うのはストロークだから、ストローク
練習から始めるべきだ
ラテラル・シンキングだと…試合で必ずやるのはサービスとリターン。ここから練習を始めてみてはどうだろう!
「練習はストロークから、サービスは最後」という固定観念で練習している部活動やスクールが多いようですが、ときにはそんな当たり前を取り払ってみましょう。練習では時間が経つほど疲れて集中も切れてきますから、毎回サービス練習を後回しにすると、いつも体力を消耗した状態でサービスを打つことになります。それでは技術の習得も難しいですし、よいイメージもつかめません。
このように、『ラテラル・シンキング』で考えて日常化してしまっていることを疑い、新しい発想の下で練習することによって、マンネリを防いで新鮮な気持ちで取り組めたり、新しい発見につながったりすることがあります。
CASE5|辛くても続けなければいけない?
Q まったく勝てないし、練習もしたくありません。テニスが嫌いになってしまいました
A
ロジカル・シンキングだと…ここで諦めてしまってはこれまでの努力が水の泡。辛いけど我慢して続けよう
ラテラル・シンキングだと…思いきって休んでみよう。他のスポーツをやるなど、違うことに時間を割いてみよう!
毎日練習をしているのに、勝てない。自分には才能がないんじゃないか――。このような精神的苦痛は、あらゆるスポーツ選手や音楽家、芸術家にも見受けられます。生徒がこのような状態に陥ったとき、コーチや親は「もっと頑張れ!」と励ましたり、逆に「根性が足りない!」と一喝したりするのが普通でしょう。でも、本人にとってそんなことは十分承知で、むしろその言葉によってさらに追い詰められてしまうこともあります。
そんなとき、『ラテラル・シンキング』で考えれば「休もう」という決断ができます。これまでテニスに割いてきた時間を、違うスポーツや旅行、絵を描くなど他のことに充ててみるのです。すると、そこから思いがけないヒントを得られることがあります。実際、あるプロ野球選手はオフの期間に陶芸に通うのだそうです。陶芸と野球には何の共通点もないようですが、ろくろを回しながら形を作るときの集中力と打席に向かうときの集中力、このふたつが彼の中でリンクして野球のパフォーマンスにいきてくるのだそうです。
このように、没頭していたことから一度離れてみると、そのことを違う角度から眺めたり、より深く理解したりすることができます。そして、自然と「やりたい」と感じ、それまで以上の情熱で取り組むことができるようになるのです。安易に練習を休むのは考えものですが、ときにはこういった処方箋を使ってみてもよいでしょう。
終わりに|「ロジカル」と『ラテラル』の組み合わせが大切
今回、『ラテラル・シンキング』の有用性を紹介しましたが、「ロジカル・シンキング」を否定しているわけではありません。「ロジカル」と『ラテラル』、ふたつの思考法を時と場合によって使い分ける、または組み合わせることが大切です。
『ラテラル・シンキング』は上記のケース以外でも、様々な問題解決に応用できます。悩みや困難に行き詰まってしまったら、ぜひ『ラテラル・シンキング』を実践してみてください。新しい発見や問題解決にきっと役立つことでしょう。
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