デイビス&フルーリアン_試合でのメンタルの重要性_テクニック / フィジカル / メンタル どれが一番大切か数字で示す〜第32回TTCスポーツ科学セミナーvol.05(最終回)
2018年11月に開催されたTTCスポーツ科学セミナー。ジュニアからプロへの移行期は、多くの選手がジュニア期と比べてのスケールの違いや選手としての成長に悩む時期であり、その中でコーチはどのように選手を導いていけばいいのか。“プロへの移行期の育成”についてのセミナーから、第5回(最終回)は、「試合でメンタルをコントロールするテクニック」について。さまざまなテーマが、それぞれに連動しながら、選手の成長速度を早めることにつながる。【2019年4月号掲載記事】
取材◎田辺由紀子 構成◎編集部 通訳◎稲葉洋祐(TTC)写真◎川口洋邦、Getty Images イラスト◎サキ大地 取材協力◎吉田記念テニス研修センター(TTC)
講師◎ロバート・デイビス
Robert Davis◎アメリカ出身。29年のATPツアーコーチ経験を持ち、テクニカルディレクターやナショナルコーチとしてペルー、パナマ、タイ、インドネシア、ミャンマー、シンガポールに貢献。自身のコーチ活動の傍ら、Global Professional Tennis Coach Association(GPTCA)カンボジア、インドネシア、マレーシア、ラオス、ベトナム、ミャンマー、シンガポールの会長も務める。また、テニス記者としてELITE Tennis Journal編集長を務めるほか、ATPやITFの出版物、TENNIS Magazine Australiaへ寄稿もしている。
講師◎ジャン-フィリップ・フルーリアン
Jean-Philippe Fleurian◎フランス領ニューカレドニア出身。プロテニスプレーヤーとして15年間活躍(シングルス最高37位)。全盛期には、ベッカーやエドバーグ、アガシにも勝利し、フランスのデ杯代表としても活躍。引退後は、USTA、カナダ、カタールテニス連盟でトレーナーを務めるほか、ITFの報道官や選手とのコミュニケーション担当、またGlobal Professional Tennis Coach Association(GPTCA)ではカナダとアメリカの会長も担っている。近年では、自身がトッププレーヤーになるまでの選手としての成長過程例をもとに、選手育成ツールの開発も行っている。
Theme コーチングを学ぶ
5|試合でのメンタルの重要性〜テクニック / フィジカル / メンタル どれが一番大切?
ロバート・デイビス(RD)
RD 私は練習では非常に力のある選手だと自分自身で自負していましたが、本番になるとなぜか力を発揮できませんでした。間違いなく、試合になると緊張要素がプレーに支障をきたすことになるのです。選手たちはそれを克服することが必要になります。そこでJPが学んだのがメンタル的なメソッドです。
ジャン フィリップ・フルーリアン(JP)
JP ここまでオンコートでの練習をいくつか紹介してきましたが、ひとつ付け加えて考えてみたいのは、テクニック、メンタル、フィジカルの3つの中で、プレーのレベルを上げる上でどれが一番大切かということです。
みなさんは、プレーに占めるそれぞれの割合はどれくらいだと思いますか? ある統計では、フィジカルが32%、テクニックが28%、そして残りの40%がメンタルということです。そういった事実があるにもかかわらず、私たちはオンコートで何を重視しているでしょう。テクニックではないでしょうか。
よく思い出してみてください。試合の状況やそのときの感情によって、テクニックは影響を受けます。それはトッププレーヤーであっても、同じです。これこそが、テニスにおけるメンタルの重要性を表しているといえるでしょう。2番目に割合が高いフィジカルも重要で、身体が丈夫であれば、ケガに悩まされることなく、ツアーで戦うことができます。もちろん、プレーのレベルを上げるためにはテクニックも必須ですが、試合に勝つためにはメンタルを軽視することはできません。
接戦の試合で「相手の心を潰す」
RD 私がまだ若く、コーチになりたてだった頃、サンノゼでともに現役でプレーしていたJPとマイケル・チャンが対戦していたのを見たことがあります。チャンは史上最高のファイターといわれる選手です。ツアー大会の準々決勝、ファイナルセット4-4までもつれた試合でした。
JP ロバートが見ていた試合で、4-4まで接戦を演じましたが、その2分後には私はシャワーを浴びていました。そこから簡単に負けてしまったんですね。自分にとっては何が起きたかわからない状態で、なんでこんなに早くシャワーを浴びているんだっていう感じでした。そして、その3週間後、メンフィスの大会で、またチャンと対戦する機会がありました。その試合も、ファイナル4-4までもつれましたが、私は3週間前の記憶があったので、かなり気をつけて、とにかくしっかりプレーしようと心がけました。そして、どうなったかというと……。
まず1ポイント目、私がファーストサービスを入れて、チャンがリターン。それほどよいリターンではなかったのですが、チャンがネットへ出てきました。私は自分の正面にきたボールに対して、チャンが前に出てきたことに面食らって、打球をネットに引っかけてしまいました。そして、2ポイント目。ファーストサービスが入りました。また、チャンがチップ&チャージ。私は、それに対して今度はアウトしてしまいました。3ポイント目、4ポイント目……気づいたら、またあっという間にシャワーを浴びていました。
ファイナルセット4-4まで競るということは、実力の差がないのは間違いないでしょう。でも、結果として2度とも私が負けてしまった。選手として力はイーブンなのに、試合としては彼が上回っていた。彼が正しいときに、正しいことをしたということです。
RD それこそ、試合に勝つテニスを養うための「3ステップ戦略」の3つ目、「相手の心を潰す」です。チャンは、ファイナル4-4から、急に、普段使っていない特殊な戦術を使うことによって、JPの心を潰したわけです。4-4-までいくわけですから、実力はいっしょです。この2度の対戦では、チャンが勝つために大胆に戦術を変えたことが、試合の結果に表れたのです。
RD 試合中にメンタルをコントロールすることの重要性として、もうひとつJPの試合を例に挙げたいと思います。それは、1996年のオーストラリアン・オープンで、彼がエドバーグに勝利した試合です。当時、世界ランキング111位の彼が、どうやってランキング1位の選手を破ったのか。なぜ、そのようなことが可能になったのか。
私は、これまでランキング下位の選手が上位の選手に対して、すごくいいプレーをするのに、フィニッシュする段階において必ず失敗するという試合を何度も見てきました。そのとき、何が起きているのでしょうか。JPとエドバーグの試合では、ファイナルセット4-4のあと、JPがエドバーグのサーブをブレークして5-4に。次はJPのサービスです。私が興味を持ったのは、このエンドチェンジのときに、JPが何を考えていたのか、ということです。私自身、JPのメンタル的なアプローチからヒントを得たいと思って、この講義をやりたいと考えました。
メンタルテクニック 1|グラウティング
呼吸をするときに声を上げる
RD 呼吸をするときに声を上げることをグラウティングといいますが、それがプレーにどう影響を与えるかを考えてみましょう。みなさんも試合中に心を落ちつけようとしたり、集中するために深呼吸をすると思うのですが、深呼吸をするよりもグラウティングをする、つまり声を出すほうがプレーに好影響を与えるかもしれません。
今回、コート上で実験してみたように、グラウティングを効果的に使えば、パワーが出ることがわかります。ツアーでも、このテクニックを使っている選手は多いと思います。特に女子選手が多いと思いませんか? 男子よりも一般的に非力な女子は、自然とパワーをグラウティングで補おうとしているともいえるでしょう。そう考えると、例えばコーチのアドバイスとしても「もっと強いボールを打ちなさい」というよりも、「もっと声を出しなさい」と言ったほうが効果的かもしれません。
オンコートでの実験
やり方◎コート上の四隅の選手が、1対1でクロスラリーを行うが、それぞれ打つ際に指定されたグラウティングを行う。インパクトの瞬間、Aは「ヘイ」、Bは「ハッ」、Cは「アーハッ」、Dは「ホッ」。ローテーションして全種類のグラウティングを行い、どのグラウティングがパワーを発揮できるか違いを感じる。
メンタルテクニック 2|ミュージカルセラピー
緊張をリラックスした感情と入れ替える
JP たぶん、みなさんも、みなさんが教える選手が試合に入ったとたんに、いきなり1ゲーム、2ゲーム、3ゲームとゲームを連取されるという試合に遭遇したことがあると思います。こういう状況を起こさないためのいくつかの方法があります。多くの選手がよく使っているのはマインドフルネス(瞑想)というテクニックでしょう。そのほかに、“プログレッシブディセンシティビゼーション”というテクニックがあります。これは、そのときの感情をまったくなくさせるというやり方です。緊張を、リラックスした感情と入れ替えるのです。
例えば、試合が始まった直後から本来のパフォーマンスが発揮できないというのはよくあるケースです。何が原因でそうなるのでしょうか。試合に入る際には、適正な状態、適正な興奮度で試合に入る必要があります。試合に入る前のアクティベーション(興奮度)、メンタルの強度は低すぎても高すぎてもよくありません。
「10」をマックスの状態とすると、「0」や「1」のように低すぎても頭も体も眠いような状態ですし、「10」と高すぎても興奮しすぎていて試合の中ではいい状態とは言えません。私が指導している選手はたいがい低い状態で試合に入ってくるので、気づいたら2分後には0-3になっていたりして、そのときになって「足を動かせ」と言ってもすでに手遅れのことがよくあるのです。その時点でパニックになっても、時すでに遅しということです。
そんな選手に私がおすすめするのが、ミュージカルセラピーというやり方です。試合前に下記のような方法で、3つの音楽(曲)を使って、興奮度を適正な状態にもっていきます。私は、このやり方をカステラーニ・コーチから習ったのですが、彼が推奨する音楽は私の時代の音楽よりも古いものだったので、自分なりにアレンジして活用しました。いいと思う音楽(曲)はそれぞれ違うと思うので、自分をうまく導ける音楽を使うといいでしょう。
ミュージカルセラピーのやり方
JP 適度な興奮度、適正な状態で試合をスタートさせるためのひとつのテクニックです。RDの場合は、興奮度が高すぎる傾向があるので(笑)、QUEENからスタートして最後にカントリーミュージックで気分を落ち着けるのがいいと思います。ある選手はこれを試合の1時間半前に行います。私は試合直前に行っていました。何度も活用する中で、自分なりのベストタイミングを見つけるのも大事です。
メンタルテクニック 3|ビジュアライゼーション
脳波をα波に導くイメージトレーニング
JP ビジュアライゼーションは、瞑想と同じように、まずはリラックスするところからスタートします。脳波をα波に導くということが大事になります。
瞑想に深く入り、α波が出ている状態になると、外からの刺激があまり気にならなくなります。つまり、頭の中に「こうやって打つ」という理想の姿がイメージしやすくなり、そのイメージしている技術と同じものが発揮しやすくなるのです。これは足に電極などを付けて行った実験からも証明されており、カーペンター効果と呼ばれています。実際に動いているわけではなくても、イメージするだけで身体の反応としては動いているのと同じ効果があるということです。
これは、環境やケガなどで練習ができない選手に対して、イメージトレーニングがいい効果があるということでもあります。実際に、トッププレーヤーでもウインブルドンなど大きな大会で、雨のため長く練習できないということはよく経験するでしょう。そういったときこそ、ビジュアライゼーションを使うときです。
手順をお教えしましょう。例えば、仰向けに寝て瞑想状態に入り、自分が練習している状況を思い浮かべます。もちろん、実際にはボールを打ってはいません。それでも、深い瞑想状態でボールを打っている状況を思い浮かべるだけで、練習しているのとほとんど同じ効果があるのです。
そして、これはオフコートだけではなく、オンコートでも応用することができます。簡素化した形にして、エンドチェンジでベンチに戻ってきた際に行います。
まずは5秒間目を瞑ってリラックス。そして40秒間、自分が打つ最高のショットを頭の中でイメージします。身体を休めたまま、そういった正しい刺激だけを筋肉に送ることができますし、さらにメリットとしては「負けたらどうしよう」などといった雑念を振り払うのにも役立ちます。
さらに、これはエンドチェンジよりも短いシチュエーションでも応用できます。例えば、サービスを打つ前。エンドチェンジの際に、今度は目を開けた状態でベストショットを頭の中にイメージします。サービスを打ってファーストボレーを打って、最後に自分がポイントを決めるというようなポジティブなイメージを頭の中で反芻させます。
RD JPがどのようにステファン・エドバーグに勝ったか。当時、世界ランキング111位の選手が、1位の選手に勝ち切った試合から、何がわかるでしょうか。ファイナルセット4-4から、エドバーグのサービスをブレークして5-4。このエンドチェンジのときに、何を考えていたのかと私はJPに質問したのです。なぜなら、状況としては、次のゲームを取れば、ものすごい額のお金も入ってくるし、翌日の新聞の見出しにもなるでしょう。とにかく大ニュースになります。そういった状況を前にして、何を考えていたのかと聞いたのです。
JP まさに足が震えるような状況でした。エンドチェンジのベンチでも、コート上のあと1ポイントを取れば勝つというときにも、私が行っていたのは一つです。これに勝つか負けるかで私の人生が変わるかもしれないという状況でのサービスというのは、本当に足が震えるような感覚です。そんなときに使ったのがビジュアライゼーションでした。
RD 映像でも確認しましたが、その話を聞いたあとで、マッチポイントをプレーする前の彼の目を見れば、本当にビジュアライゼーションをしていたんだなというのがよくわかります。私も同じように、大きなチャンスを目の前にした選手をたくさん見てきました。下位の選手が上位の選手にあと一歩のところで勝つ、勝てるところまでいくのだけれど、そこから逆転されて試合を落とすところも何度も見てきました。だからこそ、JPが行ったテクニックが多くの選手に参考になるのではないかと思います。
JP 今回、私が紹介したやり方のほかにも、たくさんのテクニックがあります。それぞれに裏付けの理論があり、ぜひ取り入れてみてほしいと思いますが、ただし、それを実際にコート上で有効に活用するためには、当然、何度も繰り返して練習しなければなりません。少なくとも15回以上は練習する必要があるでしょう。自分に合うものを見つけて、実際に使えるようになるためにはそれくらいの練習が必要です。
RD プロのツアーでは、大きなお金が動いたり、さまざまな心の葛藤があり、それだけプレッシャーも大きく、こうしたメンタルコントロールのテクニックや準備が助けになることは多いものです。私たちコーチも選手たちのパフォーマンスを上げるために、いい方法を模索し続けなければなりません。
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