フラッシングメドウで論争を巻き起こしたテニスのトイレ休憩問題、暗黙のルールは存在するのか?

写真は試合中にグランドスラム大会のスーパーバイザーを務めるジェリー・アームストロング氏(左)と話すアンディ・マレー(イギリス)(Getty Images)


 今年最後のグランドスラム大会「USオープン」(アメリカ・ニューヨーク/本戦8月30日~9月13日/ハードコート)の大会2日目は、トップハーフ(ドローの上半分)の男女シングルス1回戦が行われた。

 トイレに行くのに何分だったら長すぎるだろうか? 信じられないかもしれないが、アンディ・マレー(イギリス)とステファノス・チチパス(ギリシャ)の間に起きた騒動のおかげでこの話題がUSオープンで真の議論を巻き起こしているのだ。

 2021年グランドスラム大会ルールブック第1条セクションWの第4号にはベスト・オブ3セットマッチの女子が1回、ベスト・オブ5セットマッチの男子は2回に制限されており、「常識的な時間のトイレ休憩、着替え休憩またはその両方」と記されている。

 フラッシングメドウで沸き起こった火曜日の議論は、チチパスが前日に5時間近い激闘の末にマレーに勝った試合において第4セットと第5セットの間に汗まみれのシャツを新しいものに着替えるため彼がゆっくり時間を取ったことでプレーが8分以上中断されたことが「常識的か否か」というものだった。

「これについてどう思いますか? あなたはこの試合を審判しているんだから」とグランドスラム大会を制したマレーがこの試合のオフィシャルに言っているのが聞こえた。

「あなたの意見を聞かせてくれ。これがいいと思うのか?」

 最終セット前のチェンジコートの際に自分のベンチに座ってシャツを着替えたマレーは、規則を変えるべきだと主張した選手たちのひとりだった。例えば「常識的な」ではなく許される特定の時間を明記せよ、或いは月曜日にチチパスが主審から受けた単なるタイムバイオレーション以上の罰を与えよと訴えている。その日は湿度が70%に達し、気温は20度台後半でチチパスとマレーはともに汗だくだった。

「あまりにも曖昧よ。テニスのはっきりしないルールのひとつだわ。アンディが不平を述べているのはそのことについてなのよ」とアメリカのスポーツ専門チャンネル『ESPN』で解説者を務めるグランドスラム大会を18回制したレジェンドのクリス・エバート(アメリカ)は火曜日の放送の中で指摘した。

「8分から10分もあればプレーヤーは座ってじっくりと考えて何をする必要があるかを理解し、必要なら気持ちをリセットすることができる。バックに手を伸ばして電話をかけることもできるし、或いは携帯を見てテキストを読むこともできるわ。それはテニスの世界でフェアではない多くのことへのドアを開けてしまうのよ」

 全米テニス協会(USTA)はプレーのリズムは「我々のスポーツでは重要な問題」であるとし、トイレ休憩や着替え休憩などゲームの公平性と完全性を確保できるルールの調整を引き続き検討すると表明した。

 ATP(男子プロテニス協会)が運営する男子ツアーではトイレ休憩とメディカルタイムアウトを管理するルールに関する見直しがここ何ヵ月に集中して取り組んでいる分野であると述べ、それを現在進行中の仕事だと呼んだ。WTA(女子テニス協会)が運営する女子ツアーは試合中のトイレ休憩を2回から1回に変えたことに言及し、「他のルールと同じように、WTAは常にオープンな会話の機会を持って変更が必要なときには規則を改訂しています」と説明した。

 もしチチパスの目的がゲームマンシップ(心理的に優位に立つため様々な策略を使うことで勝とうとすること)であるなら、それは機能した。マレーは集中力を失い、のちに彼が説明したようにプレー中に長く待つことで身体が冷え、それが人工股関節を入れた34歳の男に肉体的な問題を引き起こすことになった。

 コート上でマレーは“いかさま”という言葉を使った。試合後の記者会見で彼はそれを「ナンセンス」と呼び、チチパスへの「敬意を失った」と発言した。23歳のチチパスは6月にフレンチ・オープンで準優勝し、ここニューヨークでは第3シードとしてプレーしている。

 火曜日になってもマレーはこの問題を放置しなかった。その代わりに彼は、トイレとロケット船の絵文字をつけたツイートをすることで騒ぎを煽ったのだ。

「本日の事実。ステファノスがトイレに行くのにかかる時間は、ジェフ・ベゾス(Amazonの共同創設者で、先頃自社のロケットで宇宙船を打ち上げ宇宙旅行に成功した人物)が宇宙に到達する時間の倍だった。興味深いね」

 この問題がチチパスや他の選手絡みで持ち上がったのは、これが初めてではない。月曜日の出来事からひとつ例を挙げると、第19シードのジョン・イズナー(アメリカ)は地元勢対決となった1回戦でワイルドカード(主催者推薦枠)で出場したブランドン・ナカシマ(アメリカ)に3セットで敗れた際に第2セット終了後にコートを離れて7分以上も試合を中断させた。

 また約1週間ほど前、東京オリンピック金メダリストのアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)はチチパスがシンシナティ準決勝の最中に長い時間をかけてトイレに行き、携帯電話へのテキストメッセージを介してコーチである父から助言を受けていたと言ってチチパスを糾弾した。当然ながら、試合中のコーチングは許されていない。

「彼は10分以上もコートから離れ、彼の父親は携帯電話でテキストを打っていた。そして彼がコートに戻ってきたあとに突然、彼の戦略がまったく変わっていたんだ。それは僕だけじゃなく、皆が見ていたよ。ゲームプランが完全に変わったんだからね」と第4シードのズベレフは火曜日の1回戦勝利後に語った。

「僕は彼が魔法のような場所に行ってきたか、あるいはコミュニケーションがあったかだと思ったよ」

 ズベレフはチチパスがやっているようなことについて、「ジュニア大会やフューチャーズ、もしかするとチャレンジャー大会で起こっているようなことかもしれないが、世界トップ3になった選手がやるようなことではない」という見解を示した。

「(ルールの範囲内で)そうすることは許されてはいるが、選手間で暗黙のルールがあるんじゃないかな」

 その一方で、チチパスとイズナーを擁護する者も存在する。

 第22シードのライリー・オペルカ(アメリカ)は火曜日に初戦突破を決めたあと、「僕たちは飲んでいる。たくさんの水分をとっている。トイレに行かないといけないときもあるよ。ソックスやシューズ、靴の中敷、パンツ、シャツ、帽子、そういったものをすべて取り替えるには5~6分はかかるからね」と理解を示した。(APライター◎ハワード・フェンドリック/構成◎テニスマガジン)

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写真◎Getty Images

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