メドベージェフに対して年間グランドスラム達成への挑戦が終わったあとにジョコビッチの脳裏に浮かんだ感情とは? [USオープン]

写真はノバク・ジョコビッチ(セルビア/左)とダニール・メドベージェフ(ロシア)(Getty Images)


 今年最後のグランドスラム大会「USオープン」(アメリカ・ニューヨーク/本戦8月30日~9月13日/ハードコート)の大会最終日は、男子シングルス決勝などが行われた。

 1969年以来となる男子テニスの『年間グランドスラム(同じ年に四大大会全制覇)』への挑戦の終わりまであと1ゲームとなったとき、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)はチェンジコートのベンチでタオルを被って涙を隠していた。

 2021年シーズンにプレーしたハードコート、クレーコート、グラスコートでのグランドスラム大会での27試合で、ジョコビッチは止めることができない無敵の男だった。今季のグランドスラム完全制覇とキャリア21回目の四大大会優勝まであと1勝を必要としていた第1シードのジョコビッチは日曜日、第2シードのダニール・メドベージェフ(ロシア)に対するUSオープン決勝でそれをやってのけることができなかった。

 自分とよく似たプレースタイルを使う相手に圧倒されたジョコビッチはこの日グランドスラム初タイトルを掴んだメドベージェフに4-6 4-6 4-6で敗れ、このふたつの歴史的マイルストーンにあと一歩届かなかった。自分の探求への旅がもう少しで終わると知りつながらコートサイドに座っていたとき、ジョコビッチの脳裏を通り抜けていたのはどのような考えだったのだろうか?

「安堵だ。終わってほっとしている。この大会のためにメンタルや感情面で準備して、この数週間に感じてきたものは対処するのがあまりにもきつかった。すべて上手くこなすのは大変過ぎた」とジョコビッチは記者会見で語った。

「この大きな険しい道程がひと段落してうれしい気持ちがあった。同時に悲しみや残念な気持ち、そして観衆への感謝も感じていた。このコートで僕のために作り上げてくれた特別な時間は格別だった」

 この日曜日まで、世界ランク1位のジョコビッチはテニス界でもっとも重要な4つの大会で期待とプレッシャーの重圧にも耐えながら卓越した進撃を見せていた。彼はそれをここ7ヵ月、そしてニューヨークでのここ2週間に渡って続けていた。

 彼は2月のオーストラリアン・オープン、6月のフレンチ・オープン、7月のウインブルドンで優勝し、グランドスラム獲得タイトル数で1800年代から始まるこのスポーツの歴史上男子の最多記録である「20」に至ってロジャー・フェデラー(スイス)とラファエル・ナダル(スペイン)と並んだ。

 同じ年に4つのグランドスラム大会のすべてで優勝する『真のグランドスラム』を達成した最後の男子選手は、1962年と1969年に成し遂げたロッド・レーバー(オーストラリア)だ。レーバーはその日、アーサー・アッシュ・スタジアムの観客席からこの試合を見守っていた。女子で最後にグランドスラムを達成したプレーヤーは、1988年のシュテフィ・グラフ(ドイツ)となっている。

 反対にジョコビッチはシーズン最初のグランドスラム3大会で優勝し、USオープンでも決勝に進出しながらそこで敗れた男子選手として1933年のジャック・クロフォード(オーストラリア)と1956年のルー・ホード(オーストラリア)に合流した。

「彼がどんな気持ちなのかわからないから、ノバクのことを考えると心が痛むよ。でも自分が彼を止めることができたということは、間違いなく大きな喜びだ。未来に向けて、大きな自信になる」とグランドスラム大会決勝で0勝2敗だった25歳のメドベージェフはコメントした。

 34歳のジョコビッチはこの日、シンプルに彼のベストから程遠かった。

「エネルギーという意味で、遅いと感じた。もっといいパフォーマンスができたはずだし、そうすべきだった」とジョコビッチは振り返った。彼は第1セットを落としたあと、ここまでの4試合と今年のグランドスラム大会での計10試合でやってのけていたようにな挽回劇を演じることができなかった。

 決勝でのジョコビッチは多くのミスを犯し、アンフォーストエラーは合計38本だった。彼は手遅れになるまで手にしたブレークチャンスを生かすことができず、6度あったブレークポイントのうち1つしかものにできなかった。彼はまたフラストレーションを爆発させ、あるポイントを落としたあとにラケットを3度コートに叩きつけて破壊した。彼は2万5703人の観客たちからのブーイングを浴び、主審のダミアン・ドゥミュソワ氏からコードバイオレーションを受けた。

 この日のジョコビッチが抱えた多くの問題は、世界2位のメドベージェフにも原因があった。メドベージェフは198cmの長身を駆使してすべてのボールを追いかけ、楽々と打っているように見えるグラウンドストローク――ジョコビッチが対戦相手を消耗させるのと同じように――で応戦して非常に正確なサービスを打ち込んできた。

「彼は素晴らしい出来だった。祝福するしかないよ。メンタリティも取り組み方もテニスも、すべてが見事だった。今日の彼は絶対的に優れたプレーヤーであり、勝利に値した。それは疑いようのないことだ」とジョコビッチは完敗を認めた。

 最初のサービスポイント23回中20本を取ったメドベージェフは、試合序盤にパターンを確立した。彼は最終的に16本のサービスエースを決め、ジョコビッチよりも11本多い38本のウィナーを量産した。またメドベージェフは、彼のコーチであるジル・セルバラ氏が“ジョコビッチがランニングショットを打ち返してくるようなアングルを突くショットの代わりにより多くのボールをコート中央に打つ”と説明した戦略を採用した。

「彼は本当に有能で、すべての試合が違っているんだ。彼は戦略やアプローチを変えてくるからね」とメドベージェフはジョコビッチについて話した。

「僕には明確なプレープランがあり、それは機能しているように思えた。彼がベストの調子だったか? 今日はそうでなかったかもしれないね。彼は大きなプレッシャーを抱えていたはずだ。僕も大きなプレッシャーを感じていたけどね」

 観客からの騒音に気を散らされてナーバスになり、終盤には脚のケイレンがメドベージェフを襲った。彼は第3セット5-2から自分のサービスゲームを迎え、勝利まであと1ポイントと迫った。しかし彼はそこから2回連続でダブルフォールトを犯し、ブレークを許してしまった。さらに5-4で迎えた2度目のサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップで得た2度目のマッチポイントで、彼はふたたびダブルフォールトを犯した。

 しかし次のチャンスで時速約207kmのサービスでついに仕事を終わらせ、メドベージェフはコートに脇から転がって舌を出した。のちに彼は、サッカーのビデオゲームでゴールを決めたときのパフォーマンスからインスピレーションを得たものなのだと説明した。

 表彰式の際にメドベージェフはジョコビッチに「今シーズン、そしてキャリアを通し成し遂げたこと」への賛辞を捧げ、「僕は誰にでもこんなことを言ったりはしない。でも今、それを言うよ。僕にとってあなたはテニス史上もっとも偉大な選手だ」と言い添えた。

 ここ何年か、『ビッグ3――先月40歳になったフェデラー、35歳のナダル、そしてジョコビッチ――』の誰がGOAT(Greatest of All Time=史上もっとも偉大)と見なされるべきかという議論が頻繁に起こっていた。

 日曜日の挫折があったとしても、ジョコビッチは統計上では人々が彼がもっとも偉大だと示す数字を重ねている。彼は長く覇権を握ってきた3人の中で2シーズンに渡っているとはいえ4つのグランドスラム大会(2015年ウインブルドンから16年フレンチ・オープン)に連続で勝った唯一の選手であり、それぞれのグランドスラム大会で少なくとも2度ずつ優勝した唯一の男でもある。彼はグランドスラム大会に次いでレベルの高いATPマスターズ1000の大会をすべて制した唯一の選手でもある。彼はATPコンピューターランキングが創設された1973年以降で誰よりも長く世界1位の座で過ごした選手で、これに関しては3月にフェデラーを追い越したばかりのところだ。そして彼は、この長年のライバルふたりに対する直接対決でも優位に立っている。

 金曜日のナイトセッションで行われた準決勝で東京オリンピック金メダリストのアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)を5セットに渡る熱戦の末に倒したあと、ジョコビッチは決勝で待っているものに視線を向けて「僕はそのひとつに心と魂、体と頭を注ぎ込む。僕は次の試合を僕のキャリア最後の試合であるかのように扱うよ」と宣言した。

 しかし大会を通して1セットしか落としていなかったメドベージェフは、決してジョコビッチにこの試合の核心に入り込むことを許さなかった。出だしから、ジョコビッチはいつもの彼ではなかった。第2セットの序盤にいくつかのブレークポイントを取り損ねた彼はその最後にスライスのバックハンドをネットにかけたあと、恐らく自分のフットワークや調子全体に失望してラケットで自分の腿を1回、2回、3回、4回と強く叩いた。

 何千人もの観客は「ノール! ノール!」とニックネームを呼んで彼を奮い立たせようとし、中にはメドベージェフのミスに拍手する者もいたため主審は繰り返し静粛を要求した。

 最後にはその点差がジョコビッチにとって巻き返すには大きすぎるところまで膨らみ、その坂は急すぎた。

「正直に言って、今日の僕はすべてにおいて平均以下だった。だからこれは、不運なことに僕が勝つ運命ではない日のひとつだったんだ」と彼は肩を落とした。(APライター◎ハワード・フェンドリック/構成◎テニスマガジン)

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写真◎Getty Images

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