激闘を制したティームが新王者に、USオープン決勝で2セットダウンからの逆転勝利は1949年以来

 この激闘は4時間2分も要した。ひとつ振り返るべきは、開始からたった1時間半後にズベレフは2セットアップで第3セットもブレークして2-1とリードしていたことだ。

「第3セットで彼が初めてブレークしたときが大きな転換点だった。彼のプレーレベルが一気に上がり、僕のプレーは急激に落ちていった」とズベレフは振り返った。

 ほかの誰よりズベレフが知っておくべきだったのは、登頂不可能と思われたティームという山が実際は登れるものだったということだ。もうひとつ振り返ると、木曜日の準決勝で第20シードのパブロ・カレーニョ ブスタ(スペイン)に2セットダウンから逆転勝利をおさめたのはズベレフ自身だったのだ。

 今大会を迎える前、ティームのグランドスラム決勝での戦績は0勝3敗だった。ただしそれは、3度とも男子テニス界の「ビッグ3」に敗れたものだった。今回は彼が優勝の有力候補で立ち上がりは神経質になっていたが、何とかそこから抜け出すことに成功した。その間もズベレフは冷静で自身に溢れていたのが、突然受け身になってしまい逆転されてしまった。

 第5セットは他の4セットと同様にシーソーゲームとなり、新たな歴史を迎える緊張でお互いにミスが増えていった。最初のゲームでズベレフは、2本のフォアハンドをミスしてティームにブレークを許した。しかしズベレフはすぐにブレークバックして、ティームがダブルフォールトをした瞬間には珍しく「カモン!」と叫んで静寂を打ち破った。

 そして次は、ズベレフが一歩リードする番だった。ティームがダウン・ザ・ラインへのバックハンドをワイドに外してコートに転がって大きな息をついたとき、彼はブレークして5-3と王手をかけた。

 あと1回キープすればまだ短いキャリアの中で最大の勝利を手にするところだったが、ズベレフは崩れてしまった。ボレーをネットしてしまい、ブレークバックされてしまった。そこから今度はティームが3ゲーム連取し、6-5からサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップを迎えた。

 トレーナーに右脚をチェックしてもらったティームも試合を終わらせることができず、決着はタイブレークに持ち込まれた。ズベレフが2度ダブルフォールトを犯すと、セカンドサービスを自身が打てる半分くらいのスピード(時速110km)で打つなど弱気になっていた。

 これはズベレフにとって、初のグランドスラム決勝だった。一方でティームにとっては、初めて自分が有利という状況の中での決勝だった。彼はフレンチ・オープンで12回の優勝を誇るラファエル・ナダル(スペイン)に対して2018年から2年連続で敗れ、オーストラリアンオープンを8度制したジョコビッチに今年2月のメルボルン・パークで敗れていた。ちょうどパンデミックが世界中に広まる直前で、そこから世界のテニス界は約5ヵ月の休止期間に入った。

 息詰まるようなラリーを称える拍手や叫び声の代わりに、センターコートに聞こえてきたのはスタジアム外の音――上空を通過する飛行機、近くを走る電車、車のエンジン音やクラクションなど――だった。聞こえるのはテニスへの関心が高い大会関係者から時折起こる拍手だけだった。試合が進むにつれて、選手たちの雄たけびだけがスタジアムに響き渡った。

 テレビ視聴者に聞こえる観衆のざわめきは、放送局が加えた偽物の効果音だった。

 本物の観衆によるサポートがない環境で、試合はまるで夕方に行われた少しだけ豪華な練習セッションのようだった。どちらの選手もときに緩慢で気持ちが入っていないようにも見えたし、お互いのプレーは完璧とは程遠い出来だった。

 2人合計で120ものアンフォーストエラーを犯し、ウィナーは95本しかなかった。この奇妙な試合の中でズベレフは15本のサービスエースと同時に15本のダブルフォールトを記録し、ティームはどちらも8本だった。

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