大坂なおみ「取り戻した笑顔〜ふたたび “なおみ劇場” が始まる」_2019USオープンレポート
USオープン4回戦、天敵ベンチッチにストレート負けを喫し、世界ランキングも1位から転落したものの、その表情は明るく、気持ちも吹っきれているようだ。衝撃のグランドスラム初制覇から一年、大坂の快進撃がふたたび始まるかもしれない。【2019年11月号掲載】
文◎武田 薫 写真◎毛受亮介
第2セットの第5ゲームを、ラブゲーム、それもダブルフォールトで落とした大坂なおみはトレーナーを呼んだ。1回戦から左膝に黒いサポーターが巻かれていた。
「シンシナティで膝を痛めましたけど、そのこと、負けた理由にしたくはないよ。だって私、ここまでプレーしてきているから。ただ、痛み止めが欲しかっただけなの」
一服の鎮痛剤は、だが、ベリンダ・ベンチッチの流れを止めるまではできなかった。5-7、4-6のストレート負け。ベンチッチに今シーズンだけで3連敗で、第1セットの激しい攻防を振り返れば、膝のせいにしたくなかった大坂の悔しさがわかる。
苦しい立ち上がりだった。ダブルフォールトでいきなりブレークを許し、続く第3ゲームではデュースを4度繰り返し、ブレークポイントを4本も握られた。だが、ディフェンディングチャンピオンの闘志は十分に戻っていた。第4ゲームでブレークバック、そこから同い年の2人の意地がぶつかった。
第5ゲーム、大坂が0-15から3連続ポイントを決めると、ベンチッチも3ポイント連取を浴びせた。第7ゲームに大坂が一気に40-0まで持ち込めば、40-0で押し返してきた。外は雨。息詰まるラリーを煽るように雨音が屋根を叩き、大坂は後半、自分の3度のサービスゲームで3ポイントしか与えず第11ゲームに入った。
同い年だが、ベンチッチは大坂とは違うデビューをした選手だ。USオープン初出場でいきなりベスト8に飛び出したのが17歳の2014年。大坂が世界250位前後だった頃、ベンチッチのコートサイドでは同じスイスのマルチナ・ヒンギスが、コーチで母親のメラニー・モリターと声援を送っていた。恵まれた才能に相応しい環境で育った天才少女だ。
第1セット、大坂はサービスエースを6本、ストロークのウィナーを16本決めた。ブレークバックからリズムに乗り、そのままタイブレーク勝負に入れば旗色が悪い、ベンチッチはそう感じただろう。狙い目は一点――大坂はファーストサービスの確率が54%と低く、セカンドサービスでは平均時速136㎞まで落ちる。そこに的を絞ってサービスキープに集中し、タイブレーク前の第11ゲームに照準を合わせた。5-5から迎えた第11ゲームだ。ベンチッチは大坂のセカンドサービスを攻め、30-30からのラリー戦を強気に攻め、左右に振ってブレークに成功した。大坂は、印象をこう話した。
「ベリンダはすごくアグレッシブだった。簡単な答えだけど、それだけが私の率直な印象でした」
膝のせいにしたくなかったのは、ベンチッチの巧さに屈したと、正直に思ったからだろう。そして負けた原因がわかっていることも、今年これまでの会見で見せてきた涙脆さではなく、ハキハキした言葉になったのだ。
「まだ動きの中で膝は痛いけれど、それを乗り越えるようなプレーもできたと思う。(左足に)重心をかけられなかったからサービス練習が十分できないまま大会に入った、だから不安定だったのね。それはこれから練習すればいいこと。ここで負けたことは、前まで負けたのとは違う。この大会で、私はすごく学ぶことがありました」
この大会でのナオミを表現する言葉は「学ぶ(learn)」だろう。何を学んだかと尋ねられ、こう答えている。
「一番は、自分をあんまり大げさに考えなくなったことかな。必ず次の大会があるっていうことを知った、というか、そう思えるようになりつつある(笑)」
「ここで負けたことは、前まで負けたのとは違う。この大会で、私はすごく学ぶことがありました」
ひとつ高い段階に立てるようになったのは、やはり、15歳のコリ・ガウフと戦った3回戦のあれこれだろう。今年のウインブルドンで華麗なデビューを果たして全米中の注目を集める〝天才少女〟と、第1セットを競り合い、第2セットを6-0で退けた。泣きながら帰ろうとする〝妹〟を引き留め、慰め、励ましたフェアリーテール……1年前に、セレナ・ウイリアムズとの決勝で涙を流したセンターコートでの出来事、それだけではない。
ルイ・アームストロング・スタジアムでの2回戦。家族席にはNBAのコビー・ブライアント、NFLのコリン・キャパニック、米国スポーツ界の超スーパースターが2人も腰をおろした。センターコートではない、強烈な日差しに焼かれた硬い席に……。それを見た瞬間、オーストラリアン・オープン以降、大坂を覆っていたモヤモヤしたものが吹き飛んだと言ったら大げさだろうか。
「コビーやキャパニックが座っているなんて、去年じゃ考えられなかったことね。プレッシャーはなかったけど、いいプレーをしたかった。あんな日差しの中にいつまでも座らせちゃいけないって、それだけ考えていた」
4回戦敗退でナンバーワンから陥落したが、大きな声と笑顔が戻った。この1月の南半球での優勝から、いろいろなことがあった。だが、それも昔のことのようだ。ピュアな大坂なおみを確認し新たな“なおみ劇場”が始まる、そんな予感を抱かせたニューヨークだった。
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