10の戦術的ミスとそれを避ける方法_vol.01(彼らの失敗/コナーズ、ブシャール、ナダル、マッケンロー、ロディック、フェデラーの場合)
トッププレーヤーたちも過去には失敗をおかし、それを乗り越えて成功を収めてきた。彼らの経験に学ばない手はない。今回から3回に分けて、トッププレーヤーたちのおかした戦術的ミス(10例)とそれを避ける方法を紹介する。【2015年9月号掲載】
Paul Fein◎インタビュー記事や技術解説記事でおなじみの、テニスを取材して30年以上になるアメリカ在住のジャーナリスト。多くのトップコーチ、プレーヤーを取材し、数々の賞を獲得。執筆作品はAmazon.comやBN.comで何度も1位となっている。テニスをこよなく愛し、コーチとしても上級レベルにある。
写真◎小山真司、毛受亮介、Getty Images イラスト◎サキ大地
1975年ウインブルドン決勝前夜。コナーズに対して、アッシュと友人たちが考えた戦略とは──。
アッシュは全力でボールを打たず、力配分し、回転も使って揺さぶった。
コナーズはフラストレーションをため、頑固な性格からプラン変更もせずに崩れていった。
コナーズが期待するパワーテニスを
アッシュはやらないと決めた
1975年のウインブルドン決勝で、ジミー・コナーズ(アメリカ)に対し、勝率1対7のアンダードッグだったにも関わらず、アーサー・アッシュ(アメリカ)は自信に満ちていた。「コートに足を踏み入れたとき、勝つことになると思った。それが私の運命だと感じたんだ」と、アッシュは回顧した。
どうしたわけで、この大いなるアンダードッグは、自分は勝つ運命にあると、こうも強く確信したのだろう。その理由は、デニス・ラルストン、エリック・ファンディラン、ドナルド・デル、マーティ・リエセン、チャーリー・パサレル、そして、フレディー・マクナールらの友人たちとともに、決勝の前夜に考え出した如才のない作戦があったことにある。
アッシュのパワーテニスは素晴らしいものではあったが、常に当てにできるとは限らないものだった。目標は、たとえ持ち前のパワーテニスを断念しなければならなくなったとしても、相手の弱点を徹底して突くことにより、コナーズのテニスから最悪の部分を引き出すということだった。
ベースラインから攻撃するタイプのコナーズは、準決勝でロケット・サーブで知られるロスコー・タナーに対し、6-4 6-1 6-4と圧勝した。すさまじい強さを発揮したのだ。それゆえ、アッシュはまったく違った戦略を採用しようと考えた。コナーズが切望している通りに力任せに打ち込むのではなく、アッシュは両サイドから頻繁に、全力の4分の3ほどのスピードでワイドに逃げていくサービスを打ち(ボールをより外に向けて曲がらせるために力を配分した)、そして、コナーズの危なっかしいフォアハンドのアプローチを引き出すために、センターに低いボールを送った。ラリー中にも、フォア、バックともソフトなスライスを混ぜて打ち、バックハンド側には多くのロブボールを放り込んだ。
アッシュはコナーズの
弱点を徹底して突いた
アッシュが器用にも、この新しい策略を極めて正確に遂行していくに従い、このゲームプランは効力を発揮し始める。フラストレーションを感じたコナーズは、より力を込めてバックハンドを強打するという、古いプランしか残されていなかった。しかし、コナーズはショットのスピードをそれ以上は上げることができず、彼の柔軟性のないプランと頑固な性格は、最初の2セットで彼を崩壊させることになった。そしてアッシュは、しっかり練り上げた戦略を変えることも、プレッシャーに押しつぶされることもなく、続く2セットで、コナーズのアグレッシブなカムバックを振りきった。
つまるところ、その素晴らしい戦略は、6-1 6-1 5-7 6-4のアップセットを生み出すことにつながり、あらためてテニスは戦略と戦術が重要であるということを示して見せたのである。
その40年後が今だが、エリートレベルのプロたちが、基本的な戦略と戦術のミスをおかしているのを目にする。まさに、負けつつある試合で戦略を変えなかったコナーズがそうだったように。ここに、あなたのプレーを妨害しかねない戦術的ミスと、それを避けるためのアドバイスを紹介しよう。vol.01の今回は3つの戦術を取り上げたい。
戦術的ミス|1|
目新しさがなさ過ぎる
予測されやすいプレーをすること
予測されない
プレーをしたレーバー
歴史的偉人であるジョン・マッケンローは、正しくもこう主張する。
「スポーツの世界で起きうる最悪のことは、予測のつきやすい存在でいることだ」
サーブ&ボレーは今日、絶滅しつつあるプレーだが、1969年のグラスコートでの男子テニスでは必須のものだった。2度目の年間グランドスラム(※)を成し得ようと、ロッド・レーバー(オーストラリア)は長年の宿敵、クリフ・ドライズデール(当時、南アフリカ)に対して賢い戦術を引き出した。
「私のプランは、ネットラッシュに変化をつけることだった」
レーバーは、自伝『テニスプレーヤーの教育』の中で、こう思い出す。
「ときどき、サーブしてから私は後ろにとどまった。それは当時、グラスコートでの男子テニスでは、ほとんど前例のない珍しいことだったんだ」
この戦術がうまくいき、ドライズデールは予測ができずにレーバーが打ち勝った。ウインブルドンで優勝し、その2ヵ月後、レーバーはUSオープンも優勝して、ほかの誰も成し遂げていない、2度目のグランドスラムを達成したのである。
(※)年間グランドスラムとは同一年に4つの異なるグランドスラムを獲得すること。レーバーは62年と69年に達成している。
たった一度見せた
ナダルのとっておきの
サーブ&ボレー
もうひとりのサウスポー(レーバーもサウスポー)で、ベースラインプレーヤーとして名高いラファエル・ナダル(スペイン)は、2008年のウインブルドン決勝で、ロジャー・フェデラー(スイス)を6-4 6-4 6-7(5) 6-7(8) 9-7で破った。このテニス史上もっともすばらしい試合において、ナダルは適切にこの戦術を使った。
最後のゲームで0-15とリードされていた場面、ナダルはこの4時間48分の長時間マッチで、初めてサーブ&ボレーを行い、最後はバックボレーを叩き込んでポイントを勝ち取ったのである。
ショットは多面的に打ち
予測しづらい
プレーヤーであれ
ナダルが示した通り、ときたまサーブ&ボレーをして対戦相手を驚かすというのは非常に効果的である。この戦術を試さなかったとしても、相手の意表を突き、混乱させるために、サービスのスピードやスピン(スライスやキック)、深さ、狙う場所に変化をつけるべきだ。
自分が打つサービスや、対戦相手のリターンなどに応じ、センターマークに近づいたり、より離れた位置に立つようにしたりと、サービスのポジションに変化をつけてもいい。しかし巧妙に、微妙に変える感じでやってほしい。
ネットに出てくる相手に、どんなボールがくるか訝らせるために、パッシングショットにも変化を加えたい。アンディ・マレー(イギリス)はほぼ常にパスをクロスに打つが、世界ナンバーワンのノバク・ジョコビッチ(セルビア)とナダルは、より多面的で予測がしづらい。
もしあなたが守備的な傾向を持つ選手なら、ときに攻撃的な動きを混ぜて相手を驚かしてはどうだろう。また、もしあなたが攻撃的な傾向を持つ選手なら、ときにチェンジ・オブ・ペースのショット(遅いボールやスピンに変化をつけたボール)やロブを混ぜることで、相手の不意を突いてはどうだろうか。
戦術的ミス|2|
負けつつある試合で
何も変えないこと
負けつつある
試合では戦略は
変えなくては
いけない
それはいつ?
「勝っている試合では何も変えるな。負けている試合には変化を加えろ」
10回のグランドスラム優勝を数える名選手、ビル・チルデン(アメリカ)は、はるか昔にこんなアドバイスをした。これは今でもテニス界でもっとも有名で、尊重される金言であり続けている。
しかし、負けつつある試合で変更を加えるべきなのは、試合のどの時点なのか? 元世界4位で、70、80年代のもっとも賢い選手のひとり、ジーン・メイヤー(アメリカ)は、「うまくいっていないのがゲームプランなのか、ゲームプランを実施する手腕なのかを見極めなければならない」と指摘する。
「戦術が、まあまあうまく機能し始めるのに十分な時間を与えてやらなければいけない。戦術を変える決断は、負けつつある試合で、かなり長い時間にわたるパターンに基盤を置くべきで、数ポイントではないんだ」
ブシャールは
ネットの向こう側を
より認識して
対応すべきだった
どうやって?
2014年のウインブルドン決勝で、パワーヒッターのペトラ・クビトバ(チェコ)が、ユージェニー・ブシャール(カナダ)を6-3 6-0で打ち負かしたとき、ブシャールの悪いパターンは長時間にわたった。ブシャールは負けつつある試合で、一度もそのパターンを変えようとはしなかったのだ。
「ブシャールは、ネットの向こう側により大きな武器がある、という事実を認識する必要があったんだ」とメイヤーは言う。
「単なるパワーや、ベースラインの内側からサービスをリターンする姿勢よりも、多様性を持ち、巧妙な技術を使ったほうがよりよい結果をもたらしただろう。目標は試合に勝つことであり、自分にとって心地よいプレーを続けることではないんだ。偉大な選手は、現実を受け入れ、優位に立つために必要なことを深く掘り下げてやるものなんだ」
では、どのように戦術は変えていくべきなのだろうか?
「すべての選手は、少なくともプランA、B、Cを持ってコートに出ていくべきだ」
マジシャンと異名を取ったファブリス・サントロ(フランス)や、ダブルスのスター、リーンダー・パエス(インド)のコーチだったメイヤーはこう薦める。
「もしプランAがうまくいかなかったら、通常は保守的でもっとも成功する可能性が高いプランが最良のチョイスとなる」
「スポーツの世界で起きうる最悪のことは、予測のつきやすい存在でいることだ」 ── ジョン・マッケンロー
ジョコビッチが
ナダルにとった戦術
ナダルは対抗手段を
持っていなかった
2014年マイアミの決勝でナダルを6-3 6-3と完全に圧倒したとき、ジョコビッチがとった戦術のひとつが、バックハンド・クロスをナダルのフォア側に繰り返し打ち込むことだった、と明かしている。
「ゲームプランはいくつかあった」とジョコビッチは言う。
「コートに出ていってどれがうまく機能するか見てみたかった。彼(ナダル)はサーブしてから、バックハンド側の角に動くのが好きだ。バック側に打つと、彼はフォアで回り込むために走り込む。おかげでフォア側にはオープンスペースができるんだよ」
そのときナダルは、ジョコビッチの戦術に対抗するためのプランBやCを持っておらず、その代償を払わされることになった。
勝ちつつある試合では
戦略は変えなくて
いいのか?
では、勝ちつつある試合は戦略を変えるべきではないのだろうか?
「すべての勝ちつつある試合が、勝っている試合であり続けるわけではない」とメイヤーは指摘する。
「対戦相手が戦略を変えたり、よりよいプレーをしてきたときには、ほかのゲームプランに移る必要性が生まれる」
84年のフレンチ・オープン決勝で、イワン・レンドル(当時、チェコスロバキア)がマッケンローに対して3-6 2-6 6-4 7-5 7-5の大逆転勝利をおさめたときが、いい例だろう。マッケンローは、ファーストサービスの確率が落ちてボレーをミスし始め、対してレンドルはより頻繁にパッシングを決め始めて、流れが変わり出したあとも、マッケンローは遅いクレーコートの上で、すべてのポイントで、サーブ&ボレーを続けるべきだったのだろうか? マッケンローは、あの悲痛な敗戦の思い出は今でもまだ脳裏につきまとっていると打ち明けている。
「勝っている試合では何も変えるな。負けている試合には変化を加えろ」 ── ビル・チルデン
戦術的ミス|3|
インサイド-イン、回り込んでの
ストレート・アプローチを使う
ロディックが
繰り返しおかしたミス
フェデラーは
それを知っていた
「それは疑いようもなく、最悪の戦術的ミスだ」とテニスチャンネルの主要解説者、ロビー・コーニングは言う。
「右利き選手のフォアハンド側に、フォアのインサイド─インのアプローチショット(回り込んでのフォア・ストレートのアプローチのこと)を使うと、10回のうち8回はポイントを失うと私は考えている。選手たちはベースラインにいる対戦相手に対して、離れた場所に強いショットを打てると思っているが、実際、そのショットはネットのもっとも高い場所を越えて、コートのもっとも短い距離の場所に入らなければならないもので、ほぼ常に打った側のリスクになる」
ふたつのハイリスク(ネットが高い/狙う場所への距離が短い)の要素に加え、インサイド─インのアプローチを打とうとするとき、アタッカーはバックハンド側のサイドライン寄り、つまり、中央のレディポジションからかなり離れた位置まで走ることを余儀なくされる。これを何度もおかした選手といえば、世界ナンバーワンだったこともあるアンディ・ロディック(アメリカ)だ。彼はフェデラーに対して回り込んでのフォア・ストレートのアプローチを打ち込んだときは、いつもフェデラーがフォアのパッシングショットをクロスの大きく空いたスペースに思いきり叩き込んだ。
フェデラーも
ミスをおかした
フォア・ストレートの
アプローチ
しかし、興味深いことに、フェデラー自身も今年のオーストラリアン・オープン3回戦、アンドレアス・セッピ(イタリア)との対戦で、セッピが握ったマッチポイントで同じ許されざるミスをおかしたのだ。フェデラーは後に、セッピの正確なパッシングショットを通してしまうべきではなかったと言ったが、彼は困難の元凶を見落としている。
フェデラーは、シングルスのサイドラインの外からスピードのある、回り込んでのフォア・ストレートのアプローチを打ったのだ。おかげで彼は、ネットのまともなポジションに行き着き、スプリットステップをするのに十分なバランスをとるために大急ぎで前進しなければならなくなった。結局、彼はそのどちらもできず、だから彼はパッシングに飛びつくことすらできなかったのだ。
もし早めに適切なポジションにつき、そして、対戦相手が相応しいポジションに入れていない場合には、回り込んでのフォア・ストレートは破壊的武器にもなり得る。しかし、概して回り込んでのフォア・ストレートのアプローチは自殺行為であるということをあえて言っておきたい。(vol.02に続く)
「すべての勝ちつつある試合が、勝っている試合であり続けるわけがない」 ── ジーン・メイヤー
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