ボリス・ベッカー「テニスを変えたブンブンサービス」
17歳7ヵ月でのウインブルドン初優勝は衝撃だった。最大の武器はサービスで、その破壊力は凄まじく、ベッカーの出現とともに男子テニスは大きく変貌を遂げた。グランドスラム6勝、世界ランク1位にも輝いたが、記録よりも記憶に残る魅力的な選手だったと言えよう。現在はコーチとして王者ジョコビッチを支えている。(※当時)【2016年1月号掲載】
レジェンドストーリー〜伝説の瞬間〜
Boris Becker|PROFILE
ボリス・ベッカー◎1967年11月22日生まれ。旧西ドイツ・ライメン出身。自己最高世界ランキング1位(1991年1月28日)、ツアー通算単49勝、準優勝28回。1999年引退
写真◎Getty Images
時代は確実に変化していた。そんな空気に満ちていた冷戦末期の1985年に、ボリス・ベッカーがウインブルドンで衝撃的な優勝を飾った。17歳7ヵ月の優勝は今日でも最年少優勝記録で、ドイツ人(当時は西ドイツ)としては初。ノーシードからの優勝も大会史上で初めてだった。
3週間前にツアー初優勝を果たしたばかりのティーンエイジャーが、準々決勝ではフランスのアンリ・ルコントを倒し、準決勝では第5シードのアンダース・ヤリードを、そして決勝では、ジョン・マッケンローやジミー・コナーズを破って決勝に進出してきた絶好調のケビン・カレンをも倒してしまった。
17歳のベッカーはカレンにサービスエースを奪われても動じず、カレンを上回る21本のサービスエースを奪って勝利した。
カレンは鋭い回転のかかった高速スライスで低く滑らせ、相手のリターンを許さない切れのあるサービスで勝ち上がったが、ベッカーのそれはまるで違っていた。両膝を深く曲げてタメを作り、それを一気に解放してすべてのエネルギーをボールに叩きつける。相手のリターンを崩すというよりも、反応そのものを許さない圧倒的な迫力があった。
後にベッカーは「サービスは2度打てるから」とうそぶいたと言われるが、自分の武器はサービスと割り切って、ダブル・ファーストを多用したのもこの若者の凄みだった。13歳頃まではサッカー選手を目指していたというベッカーのフィジカルは、当時のテニス選手たちとは一線を画した強さを持っていて、テニスに専念してからわずか3年程度の快挙だった。
ベッカーはデ杯でも活躍した。85年準優勝、88年初優勝、89年地元で連覇と西ドイツの大黒柱としてチームを牽引した。この時期、女子はシュテフィ・グラフがその強さを発揮し、西ドイツのテニス人気は爆発的な高まりを見せた。西ドイツ経済の好調さも相まって、その後のドイツでは一大テニスブームが巻き起こり、90年代のヨーロッパのテニス界をドイツが引っ張っていくことになるのだが、その中心にいたのはベッカーであり、グラフだった。
時速200kmの猛烈なサービスや、ダブル・ファーストを恐れない戦いぶりで「ブンブンサービス」という異名で知られた。これは日本語でスイングの擬音として使われるブンブンという語感からではなく、英語における「爆撃音」を示す「boom」という単語からのもので、当時のベッカーは「戦争のイメージが強すぎる」と実は嫌っていた。
しかし、ベッカーを単なるビッグサーバーとイメージするのは誤った認識だ。あまりにもサービスが強すぎたがために、その他の技術の確かさのイメージが薄くなってしまっただけと言ったほうがいい。実際、ベッカーはキャリアの中でその技術を磨き、常に新しい武器を獲得することでライバルたちと戦った努力の人という側面もあった。
グランドスラムタイトル数は6。全豪オープン2、ウインブルドン3、USオープン1で、プレースタイル的に球脚の遅いクレーコートは苦手としたが、全仏オープンでもベスト4を3度記録している。中でもウインブルドンでのライバルたちとの攻防は、今も多くのファンの心に刻まれているのではないか。
ベッカーは85年と86年のウインブルドンで連覇を果たした後、88年から91年まで4年連続で決勝進出を果たしているのだが、88~90年は3年連続でステファン・エドバーグとの決勝で、88年と90年はエドバーグが勝ち、ベッカーが勝ったのは89年だけだった。
ところが、ライバルと言われた2人の対戦成績は25勝11敗でベッカーが大きくリードしている。それも、90年のウインブルドン決勝で勝った後のエドバーグは、ベッカーにまったく勝てなくなり、最後の対戦となった96年までの間に9連敗してライバル関係に終止符が打たれているのだ。
これはベッカーがエドバーグのテニスを研究し尽くし、その対策を完璧に実行したからだと言われる。ドイツはテニスを理論で突き詰めて研究する傾向のある国だ。ベッカーもまたそんなドイツ人のひとりだったということなのだろう。
ベッカーは当初、エドバーグのバックサイドに跳ね上がってくるキックサービスのリターンに苦しめられた。エドバーグのキックサービスはテニス史に残る名ショットで、片手バックハンドのベッカーが、これに苦しめられるのはむしろ当然だった。しかし、ベッカーはポジションを上げ、グリップを厚くするバックハンド・リターンを習得することでエドバーグのキックサービスの攻略に成功した。
ベッカーはそのキャリアを通じて常にこの調子で、当初はボールに回転をかけるセカンドサービスが苦手だからという面もあってのダブル・ファーストだったが、スライスやスピンサービスを習得すると、より確実に勝つテニスを構築。元々ベースラインでもイワン・レンドルと打ち合える能力を持っていた。90年にツアー5大会で優勝し、翌91年の全豪オープンで優勝し、ついに世界ランク1位の座に上り詰めた。
エドバーグが衰えを見せ始めた後のライバルは、ピート・サンプラスだった。サンプラスとはツアー最終戦で7度の対決があり、ベッカーの3勝4敗で終わっているが常に接戦で、最終戦を得意としていたサンプラスが、もっとも苦しめられた対戦相手がベッカーだった。
「僕はボリスのような選手になりたかった」とサンプラスは話したことがある。デビュー当初は気の弱さを先輩のジミー・コナーズなどから酷評されたことがあるサンプラスにとって、強力なサービスと強靭なメンタル、ストロークでも攻撃的なテニスを貫くベッカーはアイドル的な存在だったのだろう。
ベッカーはサンプラスの引退セレモニーで、「ウインブルドンは私の庭だったが、ピートに鍵を盗まれた」と、自分の後継者がサンプラスだったと称えた。ウインブルドンでは3度戦ってサンプラスがすべて勝っている。サンプラスのウインブルドン初優勝は93年。この年のサンプラスは準決勝でベッカーを破ってのVで、以後は3連覇。96年のベスト8を挟んでまた4連覇とウインブルドンの庭は、誰が見てもベッカーからサンプラスのものになったことが見てとれた。
2013年末に、ノバク・ジョコビッチがベッカーを自分の陣営のヘッドコーチに招聘し、ベッカーがそれに応えたというニュースは、驚きを持って世界に伝えられた。それはジョコビッチとベッカーではプレースタイルが違い過ぎるという印象が強かったためなのだろうが、それも恐らくは正しい見方ではないのだろう。
ジョコビッチは自分のテニスを非常に緻密に、そして理論的に組み立てている選手で、今時のトップ選手にしては珍しく、練習を非公開にすることも少なくない。また、ベッカーは豪快なサービスのイメージに惑わされがちだが、彼もまた、現役時代を通じて考えに考え抜いて自分のテニスを作り上げてきた選手であり、ライバルたちにアドバイスになるようなコメントは絶対にしない職人肌の人物でもあった。
ドイツ育ちで、ジュニア時代にベッカーの全盛期をドイツの熱狂の中で見ていたジョコビッチにとって、ベッカーを自分の陣営に呼びたいというのは、自然なことでもあったはず。話し合ってみれば、お互いのテニス観にも共通する部分が多かったに違いない。
そして、今、両者はテニス界をまさに制覇する存在となっている。ベッカーが起こしたテニスの「アスリート化」は、ジョコビッチによって極められたと言える。2人が次に目指すのは、いったいどんなテニスなのだろうか。
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