冬のテニスボールとローテンション
テニス好きは真夏だろうが真冬だろうがコートに立たずにはいられない。でも道具の状態は違うから、環境に適応しなければならない。真冬のテニスで「本当に違うのは何か?」を知って、その適応策を考えよう。ついでにローテンションについての情報も!文◎松尾高司(KAI project)【2019年3月掲載記事】
文・写真◎松尾高司(KAI project) イラスト◎もりおゆう
まつお・たかし◎1960年生まれ。『テニスジャーナル』で26年間、主にテニス道具の記事を担当。試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー
1st step|どうして冬にボールが飛ばないと感じるのか?
冬はストリングが硬くなる実は都市伝説・思い込み
冬のテニスでもっとも実感することは「身体が動きにくい」と「ボールが飛ばなくなる」という2つ。後者の「飛ばない問題」について、昔から伝説のように語り継がれているのが「冬はストリングが硬くなるから、打球感が硬くなって、飛ばなくなる」という話だ。
これは、いまだにテニスショップでまことしやかに説明されているのだが、親愛なるテニマガ読者には、現実がまるで違っていることを知っていてほしい。
今日のシンセティックストリングに使われているプラスティック素材というのは耐熱性も高く、物性的にも、気温レベルの温度差くらいで影響を受けるような物質ではない。
マイナス10〜20度となれば、それなりに影響を受けるだろうが、そもそもそんな低気温は、テニスをする環境としては考えにくい。
もはやこの言い伝えは都市伝説であると思い直さなければならない。テニスプレーヤーとして根本的に知っておくべきことは「インパクトというのは『足し算』だ」ということ。
ストリングの伸縮によって生まれる「ストリング面の弾力性」と、「ボールの弾力性」との2つが足されて、打球が飛んでいく。
もう少し細かく言うと、インパクトスピード(衝突速度)が遅いほどボールの弾力性が優り、速くなるにつれてストリング面の弾力性による影響が大きくなっていくのだ。
ボールの反発システム
ストリングよりもボールが飛ばなくなる!ゴムは硬く、内圧は低下
でも「ボールが飛ばないな」と感じるのは事実。インパクトの反発要素は2つあって、その片方がそれほど変化しないなら、現象を担うのはもう片方と考えるのが当然。
つまり、ストリングでないならば、ボールが原因と考えるしかないだろう。これを納得するために知っておいてほしいのが「ボールの反発性能も、2つの要素の足し算」。
そう、ここでも足し算が登場する。テニスボールの構造図を見てほしいのだが(上図)、一般的に使用される「プレッシャーライズドボール」は、主に3つの要素で構成される。
まず表面の黄色いモジャモジャで、これはウールとナイロンとによるメルトンというフェルト素材。その下に隠れているのが、コアボールと呼ばれるゴムの球で、その中は中空である。さらに目には見えないが、コアボールの中に1・3気圧の窒素ガスが密閉充塡されているのだ。
このうち、ボールの反発性を生むのが、「コアボール自体の弾力性」と、「密閉された窒素ガスの内圧」の両方の機能による。卓球の反発性はボール自体の弾力性だけで、内圧は大気と同じなので関係ない。逆にサッカーボールは内圧だけが反発の元である。
テニスボールは、その両方を使っていて、サッカーボールは空気が抜けてしまったらまるで弾まなくなるが、テニスボールは、ガスが抜けちゃっても弾むのは、二重の反発要素を持つおかげである。こうした反発システムを持つ球技用ボールはテニスボールだけである。
そして、この2つの要素の両方が、温度の影響を受けやすい。低温になればゴムは硬くなり、窒素ガスの内圧は低下する。だから、冬になってボールが飛ばなくなるのは、ストリングの影響がゼロとは言わないが、ボール自体が飛ばなくなる影響のほうがはるかに大きいのであった。
2nd step|冬にテンションを落とすって、どれくらい落としたらいいの?
飛ばなくなるのは事実、ストリング対応しかない
とはいうものの、飛ばなくなった状態でプレーし続けるのは問題がある。何がいけないかというと、フォームが崩れ、身体にも悪い影響をもたらす危険があるのだ。
打球が飛ばなくて短くなると、プレーヤーの身体は無意識のうちに、飛びのマイナス分を補おうと、通常(寒くないとき)よりも強く打とうとしてしまう。
まずそれだけでフォームに無理が及んで、調子のいいときの身体の使い方ができなくなる。もちろん、同じだけの練習をしても、疲労は蓄積しやすくなり、筋肉や関節へのダメージも大きくなってしまう。
飛距離を伸ばそうとして、いつもよりボールを強く叩くことが身体にダメージを与える。さっきの話を思い出してほしい。ボールは寒さのせいで硬くなっているのである。それを余計に強く引っ叩くのであるから、どんどん衝撃が大きくなってしまう。肘へ悪影響を及ぼす危険も増すうえ、打球感も快適ではない。
では、どうしたらいいか?
飛ばないのはストリングのせいではなく、ボールのせいだとわかっても、ボールを替えるわけにはいかないので、結局は「ストリングで対応」するしかない。
まず考えてみたいのは「打球感が柔らかいストリングに張り替える」、つまり「ストリングの種類を替える」ことである。特にポリエステル系のストリングは衝突時の衝撃が強くなるので、なんとかしたいと考えるならば、思い切ってポリアミド(ナイロン)系ストリングに乗り換えてみるといいだろう。
ただ、それでは打球感が変わりすぎてしまってイヤだ! という方もいらっしゃるだろうから、そういう場合はもう少しマイルドな調整として、「同一モデルで、細いタイプに乗り換える」という方法だ。
まず同一モデルなので、打球性能についての大きな変化は起こりにくい。一般的には、太くなれば打球感は硬くなり、感触として鈍くなるが、そのかわり耐久性が増す。逆に、細くなるほど打球感はマイルドで、飛び性能が増して、敏感さが増す。
同一モデルのストリングで細いタイプに張り替える方法は、もしかしたら「張り上げテンションを落とす」よりも、違和感なく自然に飛びを伸ばす対策かもしれない。
5ポンド以下はわからない、極端な違和感がないくらい
とはいっても、昔から、もっとも多用されるのが「張り上げテンションを落として張り替える」方法である。実は、同モデルで同じ太さのストリングでも、新しく張り替えるだけでも冬対策としては有効なのである。新しく張り替えたばかりのストリングは伸縮性に富み、反発性能も高くて、若さ漲る元気さがある。
ただ、それを感じられるのは、張り上げ直後くらい。間もなく飛びの足りなさを感じるだろうから、やはりテンションでの調整は必要となろう。
さて、張り上げテンションを落とす場合には、5〜10ポンドで試してほしい。よく「3ポンドくらい落としてください」と注文する方がいるが、その程度の違いが影響するのはプロレベルの競技者で、一般プレーヤーには、ほぼわからない。
せっかく張り替えるのだから、まず5ポンド以上は落としてみて、自分にとって違和感が生じないテンションはどのくらいかを探ってほしい。
Matsuo’s Column|新しいボールとグリップで冬を快適に
冬のテニスでも快適なインパクトを保つ方法は「ストリングの張り替え」だけではない。意外にみんな意識していないのは『冬こそ新しいボールを使う』ということ。使い古したボールでは、「飛ばない季節×飛ばないボール」となってしまう。だから、ボールが飛ばなくなってきたなと感じたら、まずニューボールに交換しよう。できれば、冬の間は早めの買い替えを薦めたい。フレッシュボールの爽快な反発感が、冬のテニスを明るくしてくれるだろう。
もうひとつの裏技が『新しいグリップテープに巻き替える』ということ。長い間使って、潰れてしまったグリップテープは、薄くなって・硬くなって・汚くなって、打球感がとても硬くなってしまう。新しいグリップテープなら、クッション性もあるし、グリップが滑らないからガッツンと感じることも少なくなる。わずか300円程度で冬のテニスが快適になるのだから、ぜひ積極的に巻き替えを!
Extra Step|そもそもローテンションって、どのくらいまで下げられるの?
40ポンドと60ポンドのテンションの差を比較してみた!
40ポンドで張ったストリング面に130km/h の打球をぶつけたインパクトでは、ボールが当たっている周辺のストリング面の凹みが大きいが、60ポンドのほうは全体的にたわんでいる。これが「ローテンションはホールド感が高い」と言われる現象。さらに40ポンドのほうが、打球がストリング面から離れていくスピードが速い(薄い影が40ポンド。初速の差がこれだけある)。ざっくり言うと、ハイテンションのインパクトでは、ボールの潰れとスイングスピードに頼る要素が強く、ローテンションではストリングとボールの両方の反発力を活かしていると考えられる
ローテンションの違和感でも低衝撃のメリット大
冬はテンションを落とそうという話をしたが、そもそもローテンションになると何が変わるのだろう?
80年代、ジョン・マッケンローがローテンションで張っていることが話題になり、それを真似する一般プレーヤーがたくさん出現。当時のマッケンローは85平方インチの面に42ポンドで張っていたが、現代の電動マシンでは、だいたい30ポンドに相当し、100平方インチのサイズにしたら35ポンドくらいだろうか。でもかなりのローテンション。
マッケンローのテニスは、タッチテニスと呼ばれ、現代流行のプレースタイルとはまるで違うが、今のテニスには使えないのだろうか?
実はみなさんがとてもよく知っているトッププロでも40ポンド以下で張っている選手がいる。ローテンションは、決して非力なプレーヤーだけのものではなく、超高速テニスの世界でも用いられているのだ。
昔のウッドラケットは「しなり」が大きく、それ自体が衝撃緩和機能を持っていたが、現代のカーボン系ラケットはしなりが少なく、ローテンションのストリング面とのギャップが大きくなる。いきなり使うと、ほとんどのプレーヤーが違和感を訴えるが、フィーリングに慣れさえすれば、十分に使える設定である。
そのメリットは、インパクトの衝撃を抑える効果に加えて、反発性の向上に役立つ……と言われるが、本当にそうなのか?
10年ほど前に『トアルソン』の協力を得て、テンションによる反発性能の違いを超高速カメラで撮影・分析してみた(写真上)。
設定は、ストリングもラケットも完全に同一で、テンションだけが違うストリング面に、一般男子競技者の平均的インパクトスピードである時速130㎞でぶつけて計測。
すると60ポンドよりも40ポンドで張ったときのほうが、インパクト後の初速が速かった。
つまり、ローテンションはパワーアップをもたらしてくれる。強い選手、攻撃的なプレーヤーは「ハイテンションで張る」というのも都市伝説。完全な思い込み。いまやローテンションは現実的な可能性を持ち、それを理解すべきなのである。
極端に低すぎるのはNGでも、30ポンドまでは使える
ローテンションはどこまで使えるか、その昔、実験してみた。90平方インチの薄ラケに、60、50、40、30、20ポンドで試したことがある。現在の電動マシンではマイナス10ポンド程度だろうが(50〜10ポンドに相当)。
40ポンドくらいまではほぼイメージどおりに打てたが、30ポンドになると、打っているという手応え感がなく、自分のスイングでコントロールするのがむずかしく、ただ当てるだけか、よほどしっかり振って、飛びを押さえ込んで打つしかない。ただ微妙な違いが大きなズレとなる危険が高まる。きちんとコントロールするには、鋭敏な感覚が必要だ。
そして問題は20ポンド(現代ならば10ポンドくらい)。突然、ストリング面の大きな振動というか「ぐわんぐわん」という揺れを感じるようになる。フレームの振動とはまるで違う、ストリング面が大きく波打つ感覚で、明らかに不快な振動が発生した。
インパクトというのは、ストリング面の弾力性と、ボール自体の弾力性の足し算。ストリング面が硬ければ、ボールは大きく潰れ、逆にストリング面が柔らかければ、ボールの潰れは小さくなる。ストリング面が硬すぎると、ストリング面はコンクリートの壁のようになり、その反発機能は極端に小さくなる。それでもストリング面をたわませて弾力性を発揮させるには、プロのようにとんでもなく高速のインパクトが必要となってしまう。
打球感の好みに左右されず、ストリングが機能するテンションを客観的に判断すると「ストリング面の弾力性と、ボールの弾力性のそれぞれを活かしてバランスがとれるのは、100平方インチの面サイズで30〜60ポンドくらいの範囲内」と感じている。
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