佐藤雅幸_『悪い予感はなぜ当たる?』~思ってしまうのだから仕方がない
淡い期待ははかなく消えるが、嫌な予感ほど的中するのはなぜだろう。だったら思わなければいいのだが、それができれば苦労はしない。それは試合中、しかも大事な場面で襲ってくるか、やっかいなのだ。メンタル面が弱すぎるのか、それとも他に何か原因があるのか――佐藤雅幸教授のメンタルNOTEBOOK_第3回 /『悪い予感はなぜ当たる?』~思ってしまうのだから仕方がない』解説◎佐藤雅幸【テニスマガジン2013年5月号掲載記事】
予期不安のサイレン
誰でもあるのではないだろうか。ダブルフォールトの予感。打つ前から、そんな気がして、やっぱりそうなってしまう。予感ではなく確信と言ってもいい。「やるぞ、やるぞ、ほら、やった!」。みんなも、きっとそう思って見ていただろうと思うと、ダメージは深い。「どんまい」と駆け寄ってくるパートナーが怒っているようにも見える。
しかし、なぜだろう。悪い予感に限って、よく当たるのは……。「ここでサービスエースが決まるかも」という期待は100%当たらないのに、なぜ「ダブルフォールトをする」という予感は100%に近い確率で当たってしまうのか。そこで早速、佐藤先生に聞いてみた。
「それは予期不安というものですね。こういうことが起こるんじゃないかと思うと、それが起きやすいんです。それをイメージしてしまうし、イメージしやすい自分がいるから、そのような運動プログラムが作動してしまうのです」
なるほど。ダブルフォールトは常にしていても、サービスエースなんて1試合にあるかないかのレベル。自分の姿がイメージしやすいのは、どちらか。言うまでもない。
「人は行動を起こす直前に考え、イメージを想起させ、これからすべき運動のプログラムを作動させます。これを、プレ・モータプログラミングというのですが、実際の行動は、1回目にイメージしたプログラムを働かせていることがわかっています。例えば、小鳥をつかまえようとするとき、ギュッと強く握ってつぶしてしまうことはありません。それは、1回目のプログラムは脳で、その小鳥をつかむ予行演習を瞬時にしているからです。空間、力加減、距離といったものを考え、すでに小鳥をつかむイメージが出来上がっている。だから手を伸ばしたときに小鳥をそっと優しくつかめるのです」
セカンドサービスを打つ前に感じる不安の正体は、まさにこれだったのか。ダブルフォールトの予行演習をしながら打っていたというわけだ……入るはずがない。
だったら、そう思わなければいいのだが、思ってしまうのだから仕方がない。気持ちが弱いから、そういう不安が出てくるのだろうか。気持ちが強い人は出てこないのか。
「それは関係ありません。誰でも不安は出てきますから。間違えないでほしいのは、そういう不安が出てくることは決して悪いことではないということ。なぜなら危機を回避できるからです。言わば、SOSのサイレンが鳴っている状態。大切なのは、その対処法、引き出しを持っていること。そしてそこからが、気持ちが強い、弱いではなく、気持ちを自己コントロールできる、できないかの分かれ目になります」
不安は誰にでもある。そして不安は持っていてもいい。そのサイレンが鳴ったとき、何をすればよいか、どんなことに気をつけたらよいかを自分でわかっている人は、それを回避しやすいということだ。
ダブルフォールトを例にすれば、入らなくなるときはスイングが小さくなる傾向があるから大きくするとか、トスが低くなる傾向があるから少し高めに上げるようにするとか、自分なりの対処法を持っておく。もちろん、それでも入らないときはあるだろう。だが、対処法が安心につながり、やがて不安は小さくなっていくという。佐藤先生が続ける。
「気持ちが弱いといわれる人は、やっぱり対処法、引き出しがないのです。サイレンが鳴っているのに、どうしていいかわからず、それに怯えてばかりで何も考えずに打ってしまう。たぶん入らない。やっぱりダメだった。その繰り返しを延々に続けている。一種のゲームです。入らなかった理由を“メンタルが弱い”だけで片付けている。何の解決にもなっていない。トッププレーヤーだって不安や緊張は必ずあります。しかし、彼らなりにその対処法を持っているわけです」
自分なりの対処法があれば練習にもテーマができる。こういうときにダブルフォールトする傾向がある。だからここに注意する。あるいはこういう技術を取り入れる。そうして引き出しを増やしていく。それが自信につながっていくのだ。
「その人なりの不安が強い弱いなどの特性はあっても、生まれながらメンタル面、気持ちが強い人なんていません。逆に、弱い人もいません。プロ野球のイチロー選手は、生まれながらにしてメンタルが強かったと思いますか? 経験を積み重ね、修羅場をくぐり抜けてきたことで、気持ちも強くなり、大舞台でも動じない選手に成長したのだと思います。不安をそのままにしておくのではなく、不安があっても、こうすれば大丈夫、という考え方に変えていきましょう。自分なりの対処法があれば、予期不安というサイレンが鳴っても慌てることなく、危機を回避することが徐々に減ってくると思います」
接戦で勝てない理由
ダブルフォールトの予感と同じように、競り合いの試合の最中に「勝てる気がしない」と感じることはないだろうか。競ってはいる。どちらに転ぶかわからない展開。あきらめているわけではない。だけど、最後は勝てない。きっと負ける。佐藤選手が言う。
「これは非常にわかりやすいです。要は、どうやって勝っていいのか、わからないわけです。おそらく接戦で勝った経験がまったくない、あるいは極端に少なくて、イメージがわかないわけです」
では、どうすればいいのか。接戦に勝って、どんどんイメージができるように強くなってください……それができたら苦労はしない。
「競り合うシチュエーションをつくって練習することが大切です。一進一退の攻防で競っているのか、大量リードから追いつかれて競っているのか、いろんな状況を想定して練習する。その苦しい場面を乗り越えていく練習。また、これは指導者へのアドバイスですが、良い相手を選んであげる事です。例えば幼い子供が相手の時はその状況の中で相手に気づかれることなく、わざと負けてあげるのです。上手に負けてあげる。そうして、接戦から勝利をつかむ経験を与えていく。うまく引き出しをつくってあげるわけです」
でも、と佐藤先生。その前に、と言いたいようだ。
「やっぱり、練習のための練習ばかりやっていると、接戦で勝てないのも当たり前なんですよね。ストローク、ボレー、はい次はストレート、その次はクロス、次はサービス、はい、試合やります。こんなに一所懸命に練習しているのに、試合になると勝てないんです。接戦に弱いんですって、それはそうですよね。ショットの練習はしていても、ゲームの練習をしていない。いつ、どこで、どのようなショットを使ってポイントをとるのか、相手にミスをさせるのか、そういった練習をしていないのです。ですから、いきなり一面を使ってのサービスからのポイント練習などはお勧めです」
佐藤先生は、試合の序盤、中盤ばかりの練習をしている人が多いと指摘する。スコアで言えば、4-4までの流れだ。しかし、まさにここからが勝負という、クライマックスに向けての練習が決定的に不足している。だから接戦に弱い、勝てないのも当然だと考えている。必要なのは練習のための練習ではなく、より実践に近い練習なのだ。
負けた相手の負け試合
「あの選手には勝てる気がしない」
これもよく聞く台詞だろう。どんなに調子が良くても、あの選手だけには勝てる気がしない。相性とか、苦手意識とか、そういう問題ではない。勝てる気がしないのだ。
そんな話を振ると、佐藤先生がスケートのオリンピック選手を育てたコーチの話をしてくれた。
「そのコーチが学生のトップを集めて、世界のスケーターの滑りを間近で見せたのです。当然のように、みんな驚くわけです。ここがすごい、あそこがすごい、さすが、と絶賛の嵐。でも、そのコーチはこう言ったそうです。『ここが変、あそこが変、たいしたことないだろう?』。あとでコーチに話を聞くと、そうしないと勝ち切れないのだと言われました」
すごいことは素直に認めつつ、どこかで勝てるチャンスを探らないといけない。同じ人間、同じ選手ではないか。たいしたことはない。よく見れば弱点だってある……コーチの狙いはそこにあったのだろう。
「見る方向が変われば、また違った点が見えてくるということです。同じ方向ばかりから見ていると、考え方というのは変わりません」
佐藤先生が薦めてくれたのは、自分が負けた相手の負けた試合を見ることだ。
「自分が試合で負けたとしましょう。その相手とは、次に試合をしても何だか勝てる気がしない。であれば、無意味に練習に打ち込むよりは、その選手の次の試合、もっと言えば負ける試合を見た方が効果的だと思います。勝てる方法がわかるかもしれないし、少なくとも、そのヒントは見つかるはず。これはジュニア選手に強く言いたいですね。負けたら帰るのではなく、自分の負けた相手の試合を見ること。その選手が負ける試合を見れば、次に対戦したときの大きなヒントになると思います」
あの選手には勝てる気がしないと言うのなら、あの選手の負け試合を見ることに限る。あの選手の違った弱点、脆さが見えてくるはずだ。心の中に勝つイメージが少しでも湧き出し始めたら、勝つチャンスがグーンと広がってくる。
構成◎牧野 正 写真◎毛受亮介
佐藤雅幸|プロフィール
さとう・まさゆき◎1956年、山形県生まれ。82年日本体育大学大学院体育学科研究科修士課程修了。専修大学教授(スポーツ心理学)、同大学カレッジスポーツ戦略委員、同大学女子テニス部統括、同大学社会体育研究所所長。20年以上にわたり、同大学女子テニス部の監督を務め、92年は王座優勝を果たした
※トップ写真は、2018年USオープンの錦織圭(写真◎毛受亮介)
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